第6話 情けは不要

 「いい経験だった」と自分に言い訳しておこう。やはり、俺のような異世界から来た、身寄りもなく責任もない根無し草のような人間が、まともに誰かを育てるなど考えること自体が間違いだったのだろう。

 ヴィオラは戦うことに向いていない。それに加えて、俺は人を教え導くような人間ではないことを痛感させられた。だからヴィオラをさっさと家に帰すべきだし、俺はこのまま孤独に放浪の旅を続けるべきだった。どこかで野垂れ死にする方が、きっと世界のためだろう。


「……なんのつもりだ?」

「私は、帰りません」


 俺はヴィオラを家に帰そうとしていた。だが目の前にいるのは、剣を突き付けるヴィオラだった。

 アルバートの死体を引き渡した翌日、どうして彼女がいきなり剣を向けてくるのか、その理由がわからない。おそらく、その原因は俺が彼女に家に帰れと言ったことだろう。しかし、それが原因でなぜ俺が剣を突き付けられなければならないのか、全く理解できなかった。


「決闘を申し込むつもりなんてありません。戦えば間違いなく私は負ける……負けることを前提に戦うほど、私も愚かではありません。でも、それでも、私は貴方と戦いたい……今から手合わせをして、実力を見てください」

「断る。実力がどうとか、才能がないとかではなく、お前には戦う者としての覚悟がない。人を傷つけることに抵抗感のある剣士がなんの役に立つ? 勇者ごっこがしたいなら冒険者を続けてモンスターを狩ればいい。人の役に立ちたいんだろう?」

「違います! 私は……貴方の後継者になりたいのです!」


 理解不能だ。

 国王にいいように使われて、ただひたすらに魔族を敵と断定して切り捨て続けた精神破綻者の後継者になりたいなどと、貴族の娘が血迷ったことを言っている。こんな人間は……俺には全く理解できない。

 俺の経験則に全く当てはまらない理解不能な人間だが……わかっていることが2つある。まず、ヴィオラは俺が何を言っても絶対に退かないだろうと言うこと。そしてもう1つは……彼女が既に精神のイカレている人間だということだ。


「わかった」

「え?」

「手合わせすればいいんだろ?」


 こういう精神がイカレた人間はこちらの経験則に当てはめて対応することなどできない。戦争でもこういう奴は敵味方含めて何人か見てきたが、どいつもこいつも人の予測を嘲笑うような馬鹿みたいな行動ばかりする奴らだった。だから、ヴィオラに対して俺が考察してわかることなどない。だったら、最初からシンプルに力で叩き潰すのがいい。



 街の外へと出て人が近寄ってこない場所へと移動する。人間によってある程度の整備がされている道には、モンスターは多くないので、人間が近寄りやすい状態と言える。逆に言えば、整備されていない土地にはモンスターが多く、一般人がやってくることのない場所になっている。

 ヴィオラとの戦闘がそんなに手間取るとは思っていないが、念のために周囲に人がいないところで戦うようにして街から離れているのだが……ヴィオラは怪訝な顔でこちらの背中を追いかけていた。


「ここら辺でいいか」

「……お願いします」


 よくわかってないけど戦えるならそれでいいやって感じの顔だな、あれは。

 さて……今回の戦闘の目的はヴィオラが勇者として活動することのできない人間であると自覚させることにある。つまり、戦いの勝敗は全く関係が無い。

 俺が剣を抜いたのを確認してから、ヴィオラも剣を抜く。貴族の令嬢が使っているとは思えないほどに無駄が省かれた無骨な剣だ……安いものでもないだろうが、特別に高い剣を使っているようにも見えない。まぁ、俺の剣も装飾がない無骨な剣なんだけども。


「いきます!」


 互いの準備ができたとわかると、ヴィオラが突っ込んできた。素の身体能力は、俺よりヴィオラの方が上だというのはここまで見ていてわかっていたことなんだが、こうしてしっかりと相対して見ると、想像以上だ。踏み込んだ瞬間に地面が爆発したように割れているなんて、とんでもない脚力だ。

 俺とヴィオラの間にあった距離は一瞬で縮まり、剣の先が俺の胸へと吸い込まれるように近づいてきて……突き刺さる直前で止まった。酷く困惑したような顔のヴィオラと目が合う。


「あ、あの」

「温い」

「あぐっ!?」


 戸惑うような表情のまま固まったヴィオラが反応するよりも早く、剣を握っていなかった左手で首に手刀を叩きこみ、痛みを堪えながら崩れ落ちそうに膝をついた彼女の腹に蹴りをいれる。

 ゴムボールのように地面を跳ねながら吹き飛んでいくヴィオラを見て、つい溜息が口から漏れた。


「う……な、なんで……」

「やっぱり勇者向いてないよ、お前」


 戦いは既に始まっていたのに、動きを止めているだけで困惑して攻撃もできなくなる奴が勇者なんてできるわけが無い。彼女は勇者だけではなく、戦いを美化している。決闘は美しいものであり、戦いとは戦士にとって誉となるべきものだと。しかし、戦いとはどこまでも醜く、陰惨でなければならないと俺は考える。戦いとは、常に勝者と敗者が生まれるものであり、勝者とは即ち生き残る者で敗者とは即ち死ぬ者のことだ。戦いに流儀やルールなんてものを持ってくるのは、自らの命を捨てる行為と同レベル……戦士以前の問題だ。


「くっ!?」


 立ち上がったヴィオラが怒りの感情を滲ませながら再びこちらに突進してくるのだが……再び俺は立ったままだ。人間を殺すことに対して抵抗感の強いヴィオラは、無防備に立っている俺を攻撃することができない。


「うっ!?」

「はぁ……やる気あるのか?」

「こちらのセリフです!」

「あるだろ、こうして効率的な戦い方してるんだから」


 立っているだけで攻撃してくることができないとわかっているのならば、避けたり防いだりするのはただの無駄だ。突っ立ったままぼけーっとして、攻撃を止めた瞬間に反撃すれば、実に効率よくヴィオラを倒すことができる。なんて簡単な戦い方なんだろうか……あほくさ。


「もういいって。2回でわかったから、もう終わろう……さっさと実家に帰って、嫁ぎ先でも決めた方がいいな」

「馬鹿言わないでください!」

「あ、そうだな。1人娘なんだから嫁ぐんじゃなくて婿を貰うのか」

「そういうことではありません!」


 戦う人間としてあり得ない欠点でしかないのだが、どうもそれだけでは諦められないらしい。仕方がない……しっかりと教育してやるか。

 無駄だと知りながら再び俺の胸に剣を突き立てようと走ってきたヴィオラを見て、俺は体内の魔力を循環させ……左手に集中させる。


「はぁっ!」


 突き出された剣は、俺が無防備立っている姿を見て再び鈍り、それを見てから俺は手のひら出して、


「……え?」

「悪いことは言わない。平和な場所に戻るんだな」


 俺の手を貫通することも無く、半ばから粉々に砕け散った剣を呆然と見つめているヴィオラに対して、俺は容赦なく剣を振り下ろした。

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