勇者は自由奔放に憧れている

斎藤 正

第1話 異世界はクソ

 異世界はクソだ。

 俺もまでは「退屈な日常を吹き飛ばすような出来事とか起こらねぇかな」とか思ってたけど、いざ自分がそういう体験に巻き込まれるとクソって感想しか出てこない。

 ネットが繋がってないとか、コンビニがないとか、スマホがないとか、そんなことではなく……そもそも住民の倫理観がイカレてる。ちょっと街から離れたら命の奪い合いなんて日常茶飯事みたいな地獄が広がっているし、他種族との対立も深くて人間ってだけで襲われるのは当たり前。その癖に人間同士の国でもいがみ合ってんだから争いなんてなくなる訳もなく……やっぱり異世界ってクソだわ。


 俺は3年前、大学に向かってだらだらと歩いてたらいきなり魔法でこの世界に拉致されて、勇者とかいう意味わからない役目を与えられ、言われるがままに敵……魔王を倒したら「お前の力は我が王位を揺るがすかもしれぬ」とか言って国王が俺のことを追放しやがった。いや、表向きは品行方正な勇者が国からの褒美を断り、華麗に人助けの旅に出たのであってみたいなことにされてるけど、実際には勇者なんだから品行方正にとか俺に言いながら自分は酒池肉林の毎日を送っているカスどもに顎で使われてただけだからな。

 純粋で人のことをちゃんと信じていた好青年の「山本勇人」くんは、国王に3年間も戦争に利用されて褒美も与えられずにポイ捨てされたせいで、24歳職歴無しの人間不信「ハヤト・ヤマモト」くんに大変身ですよくそったれ。


「レイズ」

「っ!?」


 勇者として3年間も働かされた挙句、報酬も無しに追放された俺が今、どこで何をしているのかと言うと、煌びやかな外観を持つ建物……つまり隣国のカジノで無謀な賭けをして遊んでいる。

 この世界にもポーカーと呼ばれるものがあったので、その通りに遊んでいるのだ。ちなみに、専門用語とかは殆どにわか知識なので知らない。ただ……なんとなくその場の、賭けの雰囲気とでも言えばいいのか……それに乗っかってギャンブルってものがしたかっただけだ。


「……降りる」

「おぉ……勝ったぞ」

「何者だ?」


 俺、実は1対1で遊ぶポーカーしかしたことなかったから、周囲の人が何に驚いているのか全くわからないんだけど……なんかいっぱい金を貰った。てか、ギャンブルって無茶な賭け方したら金が吹き飛ぶって聞いたんだけど……なんで俺は入店した時より所持金が増えているのかな?


 わざわざ隣国にまでやってきてギャンブルをしているのは、悪い大人らしいことってなんだろうと思ったときに、真っ先に思い浮かんだものがギャンブルだったからだ。それ以外の理由はない。


「ここまでだな」


 なんか、やってても所持金減らないし、終わろうか。


「待てっ! 勝ち逃げするつもりか!? この俺様のプライドをここまでズタボロにしておいて、このまま逃がすと思ってるのか!?」


 いや、俺様とか言われても分からないし。

 全てを現金に換金してからカジノを出る。煌びやかな光を放つ建物の外観……これを見た時は「ついに俺も悪い大人の仲間入り!」って思ってたのに……なんか思ってたのと違ったんだよなぁ。


「ようやく見つけましたよ」

「待ちやがれクソったれ!」

「んあ?」


 なんだよ……急に2人も同時に話しかけてくるなよ。

 顔を上げた先にいたのは軽装の鎧と高そうな服が融合した感じの装いをしたすっごい美人で、そこから180度振り向いた先にあったのはさっき俺に負けていた小太りのおっさんと、そのおっさんに付き従うようにしている明らかにカタギの人間ではないような感じの黒服のおっさん数人。


「このまま逃がすと思ってんのか? もう1回、今度は命かけて勝負しやがれ」

「……で? そっちのお姉さんの用事は?」

「私? 私は──」

「──捕まえろ!」


 うるさいな……こっちと喋ってる最中だろうが。

 俺に負けたおっさんの命令と同時に突っ込んできた黒服の腕を掴んで、そのまま建物に向かって投げつける。風に吹かれる紙屑のように飛んでいった同僚を見て怖気づいたのか、黒服たちはそこで足を止めた。


「な、なんなんだよお前はっ!」

「俺か? そうだな……悪い大人を目指している男、なんてどうだ?」

「勇者ハヤト・ヤマモト、ですよね」


 おい、なんで俺のことを知ってんだよ。


「ゆ、勇者っ!? アルブレム王国の秘密兵器じゃねぇかっ!? 逃げろ!」

「誰が秘密兵器だ! 俺はガンガン表に出てただろうが!」


 秘密兵器なんて言われるぐらいに隠蔽されてたら、勇者なんて言葉を聞いただけで逃げ出すことなんてねぇだろうが。全く……自分から絡んできておいて、敵が強いとわかるだけで逃げいていくなんてとんでもない腰抜けだな。俺があのカジノで注目されていたのは、きっとさっき逃げていったあいつがここら辺で有名だったんだろうな……こういう手段を取るってことで。


「で、そっちは俺になにか用か? 俺の名前と正体を知ってるってことは……王国から差し向けられてきた刺客か、あるいは追手かな?」

「っ!? そ、そんなんじゃないですよ!」


 人差し指と中指をくっつけて他の指を折り畳んだ瞬間に、美人さんは慌てたように両手を胸の前で振って無力なことをアピールしてきた。しかし……俺が指をちょっと動かしただけでそんな反応をしてくるってことは、俺の手の内を知っているってことだ……やはりアルブレム王国からやってきた人間であることは間違いない。それも、かなりの権力者だ。

 まぁ、無害なのは本当のようなので手を緩めて元に戻す。明らかに安堵したような表情になっているのを見ると、やはり俺があの指から何をしてくるのか察しがついていたのだろう。


「貴方が指を振っていたら私の首がおさらばしていましたよ?」

「そこまでわかってるなら避けられるだろ」

「いや、貴方……自分が大戦の英雄だって理解してますか?」

「英雄、ね」


 作られた英雄なんて本当に英雄と呼べるのかな……民衆はきっと喜んで英雄として受け入れてくれるだろうが、実際はただがむしゃらに敵を殺しただけの男だ。日常で人を殺したら犯罪者として処罰されるのに、戦場で人を殺せば英雄扱い……兵士って職業の人間が精神を病むのもわかるってものだ。俺はそんなこと、経験したくなかったんだけどな。


「はぁ……パリス辺境伯爵の1人娘、ヴィオラ・パリスです!」

「……パリス辺境伯爵? パリスってあのパリス要塞のパリスか? あそこの伯爵って……あの白髪のおっさんか」


 戦争の終盤、少数精鋭で敵の本拠である魔王の城へと向かう途中で良くしてくれた国境沿いのおっさんだよな。あの人はいい人だったな……アルブレム王国の貴族なことが信じられないぐらいにいい人だった。しかし、あのおっさんの娘って言うと……あっ!


「魔族に誘拐されて涙目になってた高慢女!」

「覚え方が嫌ですね! でもあってます!」


 え、あの傲慢を形にしたような女が……これ?


「……人って、性格が変わると骨格も変わるのか?」

「変わってません。言いたいことはわかりますが、女性にはもう少し手加減してくださいませんか?」


 あの時は随分と不細工なことばかり言っている女だと思ったんだが、こうして久しぶりに顔を見ると随分とまぁ……美人になりましたね。いや、元から顔は良かったんだけど、性格が変わると見た目も激変したように見えるんだなって。


「髪切ったんだ。前は床につくんじゃないかってぐらい長かったのに」

「はい……剣を振るうには邪魔でしたので」

「剣を振るのにはね……剣?」

「はい。貴方様に憧れて、私は勇者を目指すことにしたんです」

「やめとけ」


 自分でもわかるぐらい冷たい言葉が口から反射的に飛び出した。呆けたような彼女の顔を見て「しまった」と思ったが、口から出た言葉を引っ込めることはできないので、俺はため息をついてから後頭部に触れる。


「あー……憧れるのは勝手だけど、勇者なんていいことないぞ。名乗るためには品行方正で欲望を全て我慢しなくちゃいけないし、民衆から勝手に期待を背負わされて失敗すれば死刑囚みたいに言われたい放題だし、望んでもない戦場に連行されて殺し合いをさせられたり……普通の生活をしていたのにいきなり知らない世界に飛ばされて天涯孤独になったりとか、平和な生活を送ってたのにいきなり血なまぐさい世界に飛ばされたりとかな」


 最初は冗談のつもりだったけど、段々と口から漏れ出る言葉に呪詛が乗っかっている感覚がした。やはり……俺は勇者に向いていない。滅私奉公なんて俺の柄じゃないし……あまりにも失ったものが多すぎる。


「そう……ですか。貴方は失ったものを指折り数えてしまう性格なんですね」

「人間そんなもんだと思うぞ。勇者なんて言われたって……所詮は人間だし」


 この世界の人間は、勇者のことをボタン一つで魔族を殲滅してくれる兵器かなにかだと思っている奴は多いが、実際にはこうして人並みに悩んだりするようなただの人間だ。確かに、凡人と比べたら意味わからない力を持たされたりしてるからそう思いたくなる気持ちもわかるが……俺だって悩んだり悲しんだりすることはある。この世界に来てから喜んだことはあんまりないけどな!


「貴方のお悩みは理解しました! ですが、私はやはり勇者に憧れています! 実情がどうであれ私は、私が憧れた者へと少しでも近づきたいと思っているのです!」


 大きいとも、慎ましやかとも言えない胸を張って言葉を紡ぐヴィオラを見て……俺はなんとなく羨ましいな、と思った。深海のように暗く、それでいて美しかった青色の髪もばっさりと肩ぐらいまでに切ってしまって、深緑の瞳を煌めかせながら夢を語る彼女の姿は……今の俺には眩しすぎる。


「はぁ……そう言えば、なにも聞いてなかったんだけど、君は結局俺に会ってなにがしたかったの? 勇者に憧れて勇者になります宣言するためだけに会いに来たの? 暇なんだな……家で剣の練習でもしてたら?」

「やさぐれすぎではありませんか!?」


 うるせー。


「私が貴方に会いに来たのは……勇者である貴方に私の師匠になって欲しいと思ったからです!」

「断る。実家に帰れ」

「え? えぇ!?」


 くそくだらない話だったので速攻で断って背中を向けて歩き出したら、速攻で腕を掴まれて後ろに引っ張られた。


「なんだよ?」

「今の一瞬で納得できる訳ないじゃないですか!?」

「俺の方が納得できる訳ねぇだろ。なんで俺が大嫌いな勇者の師匠なんてならなきゃいけないんだよ。わかる? 俺はもう勇者じゃないの……国だって追放されたようなもんなんだから──」

「──はい?」


 俺の口から追放って言葉が出てきた瞬間に、周囲の温度が下がった。先ほどまできゃいきゃいと騒がしく喚いていたヴィオラが閉口し、冷酷な……高慢だった頃の雰囲気に戻っていた。


「今、なんとおっしゃいましたか?」

「……国だって追放されたようなもんって所か?」

「追放? 貴方は国王からの褒賞を断り、人助けの旅に出かけたと聞きましたが?」

「んな訳ねぇだろ。俺の力は国王の王位と権威を揺るがすかもしれないから厄介払いされただけだよ。品行方正な勇者って名目の為に俺は聖人みたいに人助けの旅に出かけたんだとさ……笑える話だろ?」

「全く笑えませんね」


 どうやら、本当に知らなかったらしい。

 ヴィオラは一応貴族なのだから裏事情まで知っているのかと思ったが、娘に対して甘い伯爵のおっさんは真実を伝えていなかったらしい。まぁ、勇者に憧れて剣を振り始めた愛娘に、うちの国はその勇者を好き放題に使った挙句に怖くなったから国から追放したぞなんて言える訳ないか。


「な? 勇者って憧れるようなもんじゃないだろ?」

「いえ、それは全て我が国……アルブレム王国が全て悪いのです。勇者である貴方は、人々の希望に応えて戦っただけです」


 なんでさっきから俺に対して異様なほど憧れを持っているのか意味がわからない。彼女と関わったのは、それこそ彼女が魔族に誘拐された時に助けた時ぐらいなもんだが……不思議だな。


「……ん? と言うことは、貴方はアルブレム王国に所属している人間と言う訳ではないのですね?」

「まぁ、そうだな」

「では何の問題もありませんね! 私の師匠になってください!」

「えぇ……だから嫌だって。じゃあな……あの、腕が離れないんだけど、てか力強いなっ!?」


 ちょっと、俺の腕からギリギリって音が鳴ってるんですけど!? なんだこのゴリラ令嬢!?

 絶対に逃がさないと言わんばかりに腕を握られてしまって、完全に逃げ道を塞がれてしまっている。にっこりとした笑顔のまま、腕を掴んでいるヴィオラの顔を見て……俺は結局溜息をつくことしかできなかった。

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