第2話 師匠

 師匠、と言われて最初にどんなものが思い浮かぶか。

 俺が最初に思い浮かぶのは、将棋かな? プロ棋士になるには師弟関係を持たなければならないと言うのは将棋界の慣例だし。他に思い浮かぶのは……やっぱりアニメとか漫画でよくある、主人公に戦うための技術を教えてくれる存在。作中で最強だったり、強キャラとして名前が知れ渡っていたり、時には主人公を守る為に死んでしまったりするキャラだったりする。

 で、いきなり師匠になってくださいと実際に言われたら普通の人はどんな風な反応をするだろうか。俺は……断った。


「なんで俺なんだよ」

「だってこの空の下で、勇者を名乗っているのは貴方だけなんですよ?」

「もう名乗ってないから」

「名乗っていたじゃないですか」


 整備された道を歩きながら、俺は適当な言葉を返していた。


 アルブレム王国の隣国は2つあり、その片方が戦争をしていたパンデモニウム魔国……魔族が支配するアルブレム王国の南に存在する国。そして、俺とヴィオラが歩いているこの国が、もう1つの隣国であるカールス共和国。

 カールス共和国の歴史は浅く、共和国としてしっかりとした形に統一されたのはつい30年ほど前らしい。アルブレム王国の西に位置するこのカールス共和国は、過去に小さな国が幾つも乱立していた所を、全て1つにしてしまおうぜって結束したのができた経緯らしい。1つにまとまった理由は……共通の敵を前にしたからである。人間とは全く違う種族である魔族が率いるパンデモニウム魔国と、長い歴史の中で戦争ばかりしてきて何処にでも侵略の手を伸ばそうとするアルブレム王国、2つの敵を前にして小国は1つに纏まったのだ。様々な国が纏まってできただけあり国王は存在せず、それぞれの小国を支配していた諸侯がそのまま円卓につくことで対等な政治をしている。盟主カールス公の名前を関して敵を前に纏まった国が、カールス共和国って訳だ。

 国が纏まった経緯だけに、国内の防衛戦力は充実している。国を守る為の兵士は勿論、民間の傭兵たちも国でかなりの数を雇っているし、なにより……冒険者という仕組みが滅茶苦茶有利に働いている。


「勇者として実力が欲しいなら、それこそ冒険者にでもなればいいだろ。腕だって磨けるし、知名度だって上がるぞ? そこで勇者名乗ればいいじゃん」

「私の目指している勇者はそんな小さなものではないんです! もっと広く人々に知られ、誰からも頼られる……強きを挫き弱きを助ける、そんな正義の味方なんです!」

「勇者は別に正義の味方じゃないけどな」


 勇者だった俺が言うんだから間違いない。


「ところで、私ってどうですか?」

「……? 普通に美人で可愛いと思うぞ?」

「なっ!? ち、違います! 勇者になれそうですかってことです!」


 なんだ、そっちか……俺はてっきり女として綺麗でしょうって自慢かと思ったわ。

 ふむ……勇者になれそうかって質問の意味はわからないが、言いたいことのニュアンスは大体伝わってきた。要するに、彼女は自分が1人の剣士として戦えるレベルにあるかどうかを聞いてきているのだと思う。冷静に彼女の肉体を観察してみればそれくらいなら推測できるかもしれない。


「……まぁ、辺境の村の警備ぐらいならできるんじゃないか?」

「思ったより低評価!? さ、参考までにどこが駄目なんですか?」

「まず、魔力の制御が下手」

「み、見ただけでわかるんですか?」

「勿論」


 魔力の制御ってのは別に魔法を使用する時だけの問題ではない。魔力ってのは身体の内側から絶えず生成されている不思議パワーなので、身体から噴出している魔力の揺らめき方や量、その質で相手の力量なんかが大体わかる。

 ヴィオラをじーっと数秒間見つめた感想としては……才能の無駄。


「貴族の出身なだけあって魔力量は大したものなんだろうけど、余りにも扱いが雑。身体から無駄に魔力を漏らしてるし、そのせいで隠れていてもすぐにわかるぐらいに存在感がある。魔力がこんだけダダ漏れしてる奴が戦場で敵にいても「あ、こいつ雑魚だな」ぐらいにしか思わん」

「う……酷い言い方ですけれど、貴方が言うなら、そうなんでしょう」


 実際、人間を舐め腐っていた偉そうな魔族と似たような感じだ。生まれつき人間より魔力を操る能力が高いはずなのに、それに慢心して人間を下に見ていたその魔族は出会って数秒で命を散らした……それくらいに、魔力の制御ってのは大事だ。


「次に、筋肉のバランスが悪い」

「き、筋肉ですか?」

「お前の怪力は生まれつきなんだろうが……剣を振るうにはあまりにも筋肉の付き方が悪い。お前、大剣でもブンブン振ってんのか?」

「トレーニングでは、振ってます」

「やめとけ」


 マラソン選手が短距離走でも強い訳ではないように、短距離走が得意な選手がそのスピードでそのままマラソンを走れないように、筋肉の育て方にも色々とあるのだ。

 ガチガチに筋肉を全身につけて剣を振るうのはそれはそれでありなんだが、それだったら別に片手剣に拘る必要はない。ヴィオラを手を見ればわかる……右手の皮が厚く、左手の皮はそこまで厚くなっていないのを見るに、彼女は右手だけで剣を振っているのだから、過剰な筋肉は邪魔になるだけだ。


「で、その次に」

「まだあるんですか?」

「当たり前だろ。で、更に言うなら……警戒心が無さすぎる」

「警戒心、ですか?」

「あぁ……たとえば」


 すっと、俺が視線を彼女の右側に移動させると同時に、左側に回り込むように移動して指先を首筋にあてがう。何度か瞬きしてから、自分の状況を理解したらしいヴィオラの顔が引き攣っていた。


「あっさり視線誘導に引っかかるし、余りにも警戒心が薄い。そんなんじゃ戦場で簡単に殺されるぞ」

「こ、ここは戦場ではないですし」

「馬鹿だな……整備された街道だって、異種族や盗賊、モンスターと出会うことだってあるんだからそこら辺を警戒していない時点でお前は駄目なんだよ」


 これくらいかな。

 そもそも、ちょっと横を飛んでいた大きな鳥に視線誘導されただけで簡単に引っかかるんだから、見ているこっちの方が怖いわ。


「結論、勇者なんて無理」

「なるほど、今の部分を気を付ければいいんですね!」

「俺の話、聞いてた?」


 結構きついこと言ってたつもりなんだけど。


「やはり貴方に師事して正解でした! これからも未熟な私に色々と教えてください!」


 駄目だこいつ……早くなんとかしないと。



 あれだけ駄目出ししたのに、何もなかったように普通に背中を追いかけて歩いてくるヴィオラがちょっと怖くなってきた。そもそも、何故彼女は勇者にそこまで憧れるようになったのだろうか。原因として考えられるのは、魔族に誘拐されたから助けに来た俺たちの姿を見て、女児が絵本の中の王子様に憧れるように助けてくれた俺たちに憧れを抱いてしまったってパターン。まぁ……ありがちな話ではあるのだが、俺としては複雑な気分だ。


「ん、また来たぞ」

「お任せください!」


 あれから、街道を歩いていても何度かモンスターと遭遇した。滅茶苦茶弱いモンスターなのでそこまで問題にはならないと思いながらも、勇者になりたいと宣うヴィオラの実力を見たいと思ったので、俺は全てを彼女に任せて後ろから観察している。

 今回、俺たちに向かって来たのは狼の群れ。牙を剥き出しにしてこちらの命を狙って噛みついてくる狼の群れを……彼女は腰に差していた剣で蹴散らしていく。

 単純に強い。最初に彼女の動きを見て、俺が思ったことはそれだった。

 俺がこの異世界に無理やり連れてこられた時はまぁ……随分とへぼな動きをしていたものだ。そもそも命の取り合いってものに慣れていなかった俺は、剣を握って振るうだけでも精一杯だった。召喚された勇者ということで、謎の力が働いて通常の人間を遥かに凌駕する身体能力を授けられていたのだが、逆にそれが足を引っ張っていた。身体はプロアスリートも真っ青なコンディションなのに、精神も脳も俺のままなのだ……当然ながら身体を扱いきれずに何度も王国の騎士に馬鹿にされた。


「あ、すいません!」


 1匹こちらに突っ込んできたので適当に蹴り飛ばして顎を砕く。

 かつての俺に比べると、ヴィオラ・パリスの動きは素晴らしいものだ。魔力制御がド素人以下、筋肉の付き方も鍛え方がおかしくてちぐはぐ、剣術だってお世辞にも上手とは言えないものだし、さっきみたいに戦っている最中の敵が抜けてこちらに突っ込んでくるぐらいに集中力も戦いの基礎もできていない。にもかかわらず、彼女はその類稀な身体能力だけでモンスターと渡り合っている。

 街道に現れる滅茶苦茶弱いモンスターと言っても、それはあくまでも戦いに慣れている人間にとっては、の話だ。こんな狼の群れだってただの商人にとっては脅威だし、剣のド素人なら速攻で殺されてしまうだろう。


「ふぅ……終わりました!」

「そう、だな」


 彼女の力は「才能」という言葉で片付けられないぐらいのものがある。少し前までまともに剣を振ることすらしていなかった貴族の令嬢が、勇者に憧れただけでここまでの戦闘能力を身につけることができるものなのだろうか……俺には理解できない。しかし、鍛えがいのある人間ではありそうだ。柄ではないが……そう思ってしまった。


「どうしました?」


 剣についた血を拭いながら、こちらを見つめ返してきたヴィオラの顔を見て俺は無意識のうちに笑ってしまっていた。


「なぁ、俺が師匠になっても教えられることなんて殆どないぞ?」

「え?」

「剣術は独学だし、魔法は特殊なものしか使えない。おまけに貴族が好むような正々堂々とした騎士みたいな戦い方じゃなくて、暗殺闇討ち騙し討ち不意打ち、なんでもありの戦争向きの戦い方だけ……それでもいいのか?」

「は……はい!」


 俺の言葉の意味をしっかりと理解したらしいヴィオラは破顔した。

 まぁ……このままカールス共和国を歩いて旅していても、暇なことは事実なので時間潰しにもなるだろうと思ったからだ。勿論、今まで勇者として品行方正を求められた反動で遊びまくるってのは前提として、空き時間にちょっと指導してやるぐらいだ。

 しかし……ギャンブルは俺には合わなかったし、次はなにしようかな。酒は別に遊んでいるってイメージないし、犯罪は基本的にやりたいくないから義賊みたいなのも嫌い。そうなると後は……女遊びぐらいじゃないか? でも、生まれてから彼女なんて存在ができたこともなければ、異世界に転移して人間としての強さを手にしても女と遊んだことがない、非モテの極みみたいな俺が、果たして女遊びなんてできるだろうか。いや、金を払ってしまえば別に娼館遊ぶぐらい余裕なんだろうけどさ……でも? やっぱりそういう行為は? 好きな人同士でやりたいって言う童貞特有の拗らせ方があるだろ? そうするとなぁ……いや、そもそも好きな人同士でやることを前提にしてたら女遊びはできないのでは?

 マジか……悪い大人になるって難しいんだな。


「なんでそんな絶望したみたいな顔してるんですか? もしかして、私の師匠を引き受けたこと、一瞬で後悔したんですか?」

「いや、してないけど……ちょっと俺の将来を考えて絶望的な未来しか見えなかったから、いっそのこと自殺もありかなって」

「悲観的すぎる!? ど、どんな未来を思い浮かべてるんですか! 魔族も大人しくなって、これから人間はぱーっと楽になるって時に!」

「馬鹿だなぁ……どうせすぐに人間同士の戦争が始まるぞ。俺は人間のことを信じているからな」

「ネガティブな方向に信頼が振り切れてる!?」


 共通の敵を前にして団結した集団が、共通の敵を排除した後にやることなんてわかりきっているだろう?

 ま、今から未来のことをガチャガチャと考えていても仕方がないので、この辺で終わりにしておこう。俺みたいにただ力を持っているだけの凡人にはどうしようもない世界の流れ、うねりと言うものがあるのだ……だから考えるだけ無駄だと割り切って目の前のことに集中した方がいい。


「俺、戦闘技術は実戦と組手でしか学んでないから口で教えるなんてことはできないからな……だから、これから冒険者登録しにいこう」

「え」

「魔族が大人しくなって、近くで戦争も起きていない現状で……簡単に実戦経験を積む方法なんてモンスターとひたすら戦うしかない。そんでもって、モンスターと戦うのが目的だったら一緒に金が稼げる方がいい……ほら、完璧」

「あ、あはは……大丈夫かな?」


 今更になって俺がまともな師匠じゃないことに気が付いても遅い。俺を師匠と呼んだのならば、泣いても絶対に修行は辞めないからな……だって俺はそれしか知らないから!

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