突然の推し!? 視点――石川滋瑠


 あたしの通う飛竜部学園高等部の制服は葡萄酒色ワインレッドの上着と灰色多めな朱と白混じりなタータンチェックのスカートorスラックスである。他校ではあまり見ないシックな上着の色合いは学生に人気らしくこの制服を目当てに我が校を志望する受験生諸君も少なくは無いようだ。あたしのような中坊からエスカレーター式に陰キャJKへとアイテムも使わずクラスチェンジした者にとっては仕方なく着ている標準装備なのだが、着る者が違えば特殊効果付与装備なのだろう。似合う人には絵になる程に似合う制服だが、あたしには当然まるで似合ってないというのは他人でも分かるはずだ。


「いや、シゲチーは似合ってると思うよ」


 なぞと、あたしの思考に割り入ってきた他人様は同A組クラスメイト「青山小南あおやまこなみ」さんである。特に同じ部活というわけでは無いのによく休み時間にあたしに声を掛けてくる奇特な人だ。

 水泳部で鍛えたガッチリ肩幅に某国民的日曜アニメ女児のような刈り上げベリーショートテクノカットに太眉と黒縁眼鏡という属性モリモリでありながら全てを己の魅力に昇華せし自信溢れる存在感の塊なイケメン女子があたしに絡んでくるのは飛竜部学園高等部七不思議のひとつだ(あたしの中ではだが)

 シゲチーというジョジョったあだ名もいつの間にか自然と言われるようになった。訂正させる気も無いし、青山さんに言われれば不思議とまぁいいかなと思えるからそのままにしている。あたし、ジョジョは一時期ハマってたお姉ちゃんの影響で実は嫌いじゃあないんだ。一番好きなのは第三部スターダストクルセイダースだけど、第四部ダイヤモンドは砕けないも超名作エピソードだよね。と、勝手に熱くなっていると話が逸れてゆく。青山さんに応えを返そう。


「に、似合わな、いんじゃないか……な」


 しかし、心の中ではペラペラスイスイと言葉を並べたてられても真実の声帯はどもりどもりなコレである。こんなあたしに絡む事は青山さんにとってはやはりマイナスにしかならないと思うのだけれども、彼女はまるでそんな事は気にしないだろう。なんだ、あたしの周りの眼鏡女子柴崎&青山は物好きなのか?


「そうかな? シゲチーは見た目クール系だからこういう落ち着いた色合いが似合うと思うのだけれど?」


 そら、あたしに対してもサラッと掠れた低音アルトイケメンボイスで人生トップスリーに入りそうな世辞を言ってくるんだもの。王子に出会った人魚のように貴女へと恋に落とされてる女子は多いのでは無いだろうかと本気で思います。

 まぁ、あたしは身の程をわきまえた自己肯定感マイナスエネルギーを生み出す生物であるから、こんな砂糖のようにサラリと甘いイケメン台詞にはグラリともクラリとも来ないのであるが。いや、水泳部的に人魚は青山さんの方だろうか。人魚王子プリンス・オブ・マーメイド。うむ、まったくキザにも思えず似合って感じるのはイケメン青山さんだからだろうな。


「それじゃ、おじゃましたね」


 あたしの心内のお褒めの言葉を知ってか知らずか、あっさりとした言葉と星を飛ばしそうなウインクと共に青山さんは去っていった。まったく、クールなのはどちらかという話だ。彼女のほうがよほどクールでしたたかである。あたしはごくふつうと内気が良い方だろう。まぁ、パワフルなプロ野球ゲーム的にはこっち二つの性格の方が強いんだけど。て、分からない人に言っても意味不だろうが、別に心の声は誰にも聞かれないけど、フフ。


「……ふぅ」


 あたしは周りに誰もいなくなった己のテリトリーである机の上で頬杖を突いて窓から空を見上げた。自然と溜め息のようなものが漏れる。あたしじゃなかったら絵になる所だろうが残念ながらここにいるのはあたしだ。と、卑屈な思考はそばに置いてたまには物憂げに浸らせて貰いたい。


(昨日の放課後は幸せな時間だった。たまには居残り練習もいい事を呼んでくれる)


 イヤイヤと残った部活練習の合間に訪れた押しとの遭遇。練習試合ではない、たまたま見かけた遠目からではない、真正面から見つめてくる至近距離での対面だ。こんなサプライズなイベントは未来永劫訪れないだろう。あちらにとってはメインではないサブイベだろうが、こっちにとっては突然に天空の装備を一式いただけたような特イベである。


(願わくばもう一度くらいは……)


 いや、何を考えているあたし。高望みをしてはいけない。モブはモブらしく身の程を知らねば、太陽に近づき過ぎるのはリスキースタイルなイカロスだ。何度も言うが推しは近すぎず遠くから見守るのが良いのだ。お手に触れるのは御法度タブー。このあたしに許されるのは、空浮かぶ雲に篠宮さん推しの顔を思い浮かべるだけである。

 これくらいは神さまだってチョッピリは許してくれる。不思議と推しが近づいてくるような……妄想をしてしまう事も許され――。


「――……ぇ?」


 フワッと軽い妄想をしながら不意に誰かが近づいてくるような気配に目を向けると。


(……っッ!!?)


 そこに推し篠宮さんが立っていた。あたしは太陽に見守られる旅人のような心境で丸い眼を更にまあるくさせた推しの見下ろしくてくる視線から逃れる事もできず、ただその眩しすぎる瞳を見つめ返す事しかできない。


「あなた『石川さん』だよね?」

「?……????」


 ちょっと待って、ちょっと待って今あたしは篠宮さんから名前を呼ばれたのか。ぇ、推しがあたしを認識している? いやいや自惚れるのはよくない石川なんて性は幾らでもいるきっと違う石川――て、いいやこちらを見つめながら言ってるんだからあたしのことを言ってるのは間違いないのではなかろうか。マズイ、推しがこちらの応えを待っている。お待たせしてはいけない、自惚れでもいいから応えを返そう。落ち着け、ちゃんと返すんだぞあたし。


「ん……石川」


 おい、なんだよこの失礼な返しは。しっかりしてくれよ我が声帯。コレでは聞き取れなかったかも知れないじゃないか。違います、しっかりと応えますのでお待たせせずとも応えますのでッ。


「石川で……いい」


 こら、なんだその生意気な返しはッ。しっかりしてくれよ陰キャ精神スピリッツッ。しかし、なんで、どうして昨日からこんな神イベを引き当ててるんだ。あたし、死んじゃいそうなんですけど。てか、篠宮さんは何があってあたしの前に現れてくれているんだろうか。


「……なんで?」

「ぇ?」

「用事……?」


 まて、あたしいま特に何も考えないで口走ってるよな。おい、だから失礼なんだって考えを纏めて喋ってくれよ現実のあたしッ。


「私、B組の篠宮美緖しのみやよしおです」


 ジッと黙ってあたしを見つめていた篠宮さんが突然に綺麗なお顔を指差して自己紹介をしてくれた。はい、もちろんご存知です。勝手ながら一年の頃からずっと貴女はあたしの推しですもの。漢字の読みも絶対に間違いません。あたしと違って凄くピッタリな素敵な名前だなて溜め息でるほどに思いますとも、ええ。


 あたしのキモメな思考回路なんて見えやしないけど、篠宮さんはあたしの顔をなぜだか分からないが真剣に見つめてきてくれるようで、あたしの脳髄は正直スパーク寸前である。


「私、あなたに興味があるのだよん」

「……ㇵ?」


 突然、篠宮さんが妙な語尾であたしに『興味がある』と言ってきたので、あたしは思わず変な声を出して聞き返してしまった。興味あるという言葉よりも『だよん』が予想外過ぎてヤバい。これがギャップというやつでしょうか、ダメだ可愛すぎてあたしが死ぬ。尊いてこういうことなんですかね。


「その私、名前が美緖よしおていうのッ」

「……知ってる」


 篠宮さんは何故かちょっと前のめりになって再度の自己紹介をするので、尊さに天登な最中だったあたしは不意打ちくらいに「もちろん知ってます」の意味で返した言葉はやはり陰を踏んで簡略化して口から出てしまった。絶妙にタメ語で生意気でいっそ◯してくれという恥ずかしさだ。篠宮さんも不意打ちを食らったように困った顔をしていて、すみませんと言いたくなるというか言え、陰な声帯でも困らせてる推しを助けろッ。心の中のあたしはあたしの背中をビシッと叩き全力で押し込んだ。


 自分に背中を押されたあたしは激弱声帯を振り絞って声を上げようとした瞬間。


「そう、凄く男の子っぽい名前なんだけど石川さんもそうなんでしょ?」

「……ㇺ」


 篠宮さんが同じタイミングで喋ったのであたしの陰キャベーター声帯は声を発さず空気と一緒に丸呑みしてしまって変な声のみが出た。空気の呑み込みが変なとこに入ってちょっと苦しくなって顔が険しくなってしまった。

 いけない、何か篠宮さんが更に困った顔をし始めている。何とか、何とかしなければッ。


「おーいシゲチー、お話中悪いのだけれどちょっとよろしいかい?」


 急に青山さんがあたしを呼ぶ声がする。いや、今はそれどころではないんですけど。ど、どうしよう、呼んでるならば行かねばとも思うのだけれど。


「ん……その」

「あ、いいのいいの、ゴメンね変なこと言って」


 あたしがマゴマゴと決めあぐねていると気を使ってくれたのか篠宮さんは何だか少し淋しげに見える笑顔で両手をフワフワと振る。正直超絶可愛いが限界突破してるんですけど。ちょっと「変なこと」て言ってるのが気になるけど、ここは青山さんの用事を済ませてくるか。一応、訂正だけは先にしておこう。


 えと、「変なことは無いです。今日はあたしなんかに会いに来てくれてありがとうございます」よし、これで行こう。


「その、変……『来――くれ――い』……だから」


 緊張しすぎてめちゃくちゃ噛んでしまった。なんだ最後の「だから」て、もう恥ずかしすぎるからサッサと青山さんの元に行こう。




「あ、青山さ……な、なに?」


 速歩きで近づくと青山さんは顎に手を添える様になるカッコいい考えるポーズでスラッと立っている。冗談でなくカッコいいなまったく。まぁそこは横に置かせてもらって、とりあえず急いで用事を聞こう。


「いや、特に用事があるわけでは無いのだけれど?」

「な、無いなら……呼ば、な」

「あぁ、失礼失礼、ちょっとアップアップに溺れてしまいそうに見えたんで助けたつもりだったのだけど、余計な事をしちゃったようだね」


 助けたって、あたし傍から見たらそんなドザえもんて感じにいっぱいいっぱい溺れそうに見えていたんだろうか。いや、助けてくれたんだったら怒れはしないし。最初から怒りもしないけど。


「しかし、篠宮美緖しのみやよしおさんに対するアレはあぁ、どう言う意味だい?」

「い、いみ?……て、てか、篠宮さんの名は、し、知ってるの?」

「??、そりゃあね、このボクが素敵な女の子の名前を覚えないわけは無いじゃないか。もちろん、君も含めてね」


 また星屑イケメンウインクを眼鏡越しから散りばめてくるけどそんな誰にでも言ってそうなお世辞には興味は無いけど、気になるのは「アレ」とか「どういう意味だい?」てところだ。まるで意味がわからないんですけど。


「な、何か、あたし……変なこと、言って――」

「――いや、ボクの地獄耳Dイヤーが確かならば君、篠宮嬢に『嫌い』だからと言った気がしてね?」


 ???……ㇵ?


 あたしが、推しにて言ったって?


「そ、そんなこ、言って、な、ない……ないよ」

「落ち着きたまえ、発音的に少しおかしいとは思ったし、君がそんな事を面と向かって言う女の子では無いと知っている」


 青山さんは慌てるあたしの唇に人差し指を押し当てて暴走しそうなあたしを落ち着かせてくれようとするが、あたしの心はまだ乱れたまま篠宮さんのいるはずのあたしの席へと目を向ける。


「……グ」


 そこには立ち尽くす彼女を慰めるように肩に手を置く同じクラスのストーン六海むつみさんの姿が見えた。彼女と篠宮さんは同じ女バスの仲間だ。特別仲が良い事も知っている。あの輪の中に、部外者のあたしが弁明いいわけしに行くなんて……ダメだ。


「難儀な性格だねぇ、君も」


 なぜだか、青山さんが優しく頭を撫でてくれたようだけど、あたしは前髪で視界が完全に見えなくなるくらいに俯いて、教室から出ていった。


 ちゃんと違うて言いにいけば解決するかも知れないのに、それができないあたしは、とんでもなくバカなんだろうけど、推しの輪を崩してまでする事じゃないんだ。たとえ、嫌われてるて勘違いさせちゃったとしても、言い訳は今じゃない。

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