凍星の魔法使い
レオナールD
プロローグ 裏切られた英雄
『
『
『
『
四人の冒険者が人類の宿敵である魔王を討ち滅ぼしたのは一年前のことである。
魔王と呼ばれる怪物が現れたのはさらに五年前まで遡る。
知恵を持った魔物である魔族の王の降臨により、人類は破滅の危機を迎えていた。
いくつもの村が焼かれて、町が壊され、国が滅び……人類の生存圏が大陸の半分まで狭められたタイミングで彼らは現れた。
冒険者パーティー『
一騎当千の力を持った四人の冒険者は次々と魔族を打ち倒し、奪われた大地を取り戻していった。
彼らの快進撃は留まることはなく、とうとう魔王の討伐まで成し遂げる。
指導者を失ったことで魔族は勢いを失い、反対に駆逐される存在と成り果てた。
人類は命が吹き込まれたように勢いを取り戻し、再び繁栄の時代を迎えることになったのである。
だが……物語はここで終わらない。
これが子供に読み聞かせる絵本の出来事であったのならば、四人の冒険者が英雄として祭り上げられて『めでたし、めでたし』で終わったものを。
現実は違う。戦いが終わっても彼らの人生は続いていく。
そして……英雄を迎える未来が必ずしも、幸福に満たされたものとは限らないのである。
〇 〇 〇
「ハア……ハア……」
「どうやら、ここまでのようだな……『凍星』」
とある森の中。
一人の男性が複数の騎士によって取り囲まれている。
追い詰められた男は二十代前半ほどの年齢の青年だった。
白銀色の髪と琥珀の瞳。体型は細身でやや小柄。顔立ちはクールに整っており、見ようによっては女性のようにも見える中性的な美貌の持ち主である。
男は全身に傷を負っており、右手に黒曜石のナイフを持っていた。木の幹に背中を預けて荒い呼吸を繰り返している。
「正直……貴様の力量には感服するぞ」
男を追い詰めている騎士の一人が口を開いた。
「魔力を奪われた魔術師がここまで戦うことができるとは思わなかった……だが、その傷ではもう戦えまい。抵抗をやめて首を差し出せ」
騎士が男の奮闘を称賛しつつ、問答無用で『死』を要求した。
そんな残酷な宣告に、男はわずかに口角を持ち上げ、呼吸を整えながら言葉をつむぐ。
「ハア、ハア……誰か、他の奴と間違えてないか? 俺は生まれ故郷の騎士に命を狙われる覚えはないのだが?」
「お前には無くとも我らにはある。これも王命だ、悪く思うなよ……『凍星』」
『凍星』
その男はそんな二つ名で呼ばれている冒険者だった。
一年ほど前に魔王を討伐して、人類を救った英雄のうちの一人である。
「ハア……ハア……」
しかし……そんな英雄であるはずの『凍星』が追い詰められていた。
宿敵であるはずの魔族ではなく、救ったはずの人類の手によって。
生まれ故郷の騎士達が『凍星』の命を奪わんとして、彼を取り囲んでいたのである。
(皮肉だな。悲劇……いや、いっそ喜劇とでも呼ぶべきか。この状況は)
「……王命と言ったな? 国王が俺を殺せと命じたのか?」
「その通りだ」
状況からして明白だったが念のため確認すると、拍子抜けなほどあっさりと肯定の答えが返ってきた。
「お前達、『新星の騎士団』はあまりに強すぎるのだ。民からの信望も厚く、他国とのつながりもある。もしもお前達が玉座を手に入れようとしたのであれば、容易く国を奪い取ってしまうだろう」
「……俺達にそんな野心はないが?」
「口先ではどうとでもいえる。問題は……王家を超える力を一個人が持っていることなのだ」
騎士が溜息混じりに説明した。
それはどこか覇気の欠ける口調である。
もしかすると、『英雄殺し』という忌むべき任務は彼らにとっても不本意なのかもしれない。
「百歩譲って、お前達が権力に従順な人間であれば良かったのだ。しかし、『新星の騎士団』のメンバー全員が仕官の打診を断り、王族や高位貴族との婚姻も跳ね除けた。制御することができない獣が巨大な力を持っている……放置など、できるものか」
「だから、処分か……文明人のやることとは思えない野蛮な判断だな……」
「言っておくが……仲間の助けは期待するなよ。お前以外の三人はすでに殺している」
騎士が淡々とした口調で、『凍星』を除いた三名の死を告げた。
「『雷霆』は大酒を飲んで眠っているところを斬殺した。『鉄破』は美女の暗殺者に一服盛らせて毒殺した。『昇竜』は妻子を人質に取って自死に追いやった……残すはお前だけだ」
「……そうか」
『凍星』は否定することなく、仲間が死んだ事実を受け止める。
そのやり方だったら、無双の強さを持った彼らを殺すことができると思ったからだ。
『新星の騎士団』は一人一人がデタラメな力を持った戦士と魔術師だったが……それでも、ただの人間でしかない。
心の弱さもあれば、油断することだってある。騙し討ちされることもあるだろう。
「……そうか、みんなもう逝ったか」
「我らとて甚振るのは本意ではない。もう、抵抗するな」
「…………」
『凍星』は身体にいくつも傷を負っており、そのいくつかは内臓にまで達している。もはや長くはないだろう。
頼みの綱の魔法は使えない。騎士達に襲われると同時に、未知の魔道具によって魔力を奪われてしまったからだ。
「わかった……降参する」
『凍星』がナイフを投げ捨てると、彼を取り囲んでいた騎士達に安堵の空気が広がる。
あからさまに緊張が緩んだ騎士達を『凍星』が内心で嘲笑った。
「冥途の土産に教えて欲しいんだが……俺の魔力を奪ったのは何らかのマジックアイテムの力か?」
「ああ……王家秘蔵のアーティファクトだ」
『凍星』が気になっていたことを訊ねると、騎士が律義に説明をしてくれた。
「一定範囲内にいる全ての人間の魔力を奪い取る効果がある。一度きりしか使えない物のため、ずっと王家の宝物庫に安置されていたようだな」
「……魔王軍との戦いでも温存していた貴重な品を、魔王を倒した俺を殺すために使うのかよ」
つくづく、皮肉な話である。
どれだけ自分達のことを殺したいのだと呆れてしまう。
魔族よりも、魔王よりも、人類を救ったはずの英雄を殺すことに力を入れるというのか。
「もういいだろう? 約束通り……苦しまずに殺してやる」
騎士が鈍色の剣を手にして『凍星』に近づいてくる。
そんな騎士を見つめながら……『凍星』が「フッ」と失笑した。
「魔法を発動させるためには魔力が必要だ」
「…………?」
騎士が足を止めて、怪訝そうな顔をする。
「……何を言っている」
「魔力とは生命力の余剰分から生じるものとされている。要するに……命の燃えカスだな。魔力をいくら使ったとしても生命力が減るわけでもないし、寿命が縮むことはない……通常の運用ならばな」
「ッ……!?」
『凍星』の身体から莫大なエネルギーが湧き上がる。
有り得ない。魔力はすでにアーティファクトによって奪われているはずなのに。
「馬鹿な……何だ、この力は!」
「魔力が生命力の燃えカスである以上……例えば、命を強引に燃焼させれば、限界以上の魔力を意図的に生成することができるわけだ。もちろん、そんな無茶なやり方をすれば寿命を削ることになるけどな」
「貴様っ……!」
騎士が慌てた様子で地面を蹴り、『凍星』にトドメを刺そうとする。
「もう遅い。すでに準備は終わっている」
騎士が飛び込んでくる姿が『凍星』にはスローモーションのように見えた。
会話をしている間に生命力を魔力に変換し、魔法式の構築も終わっている。
今さら、『凍星』を殺したとしても魔法の発動は止まらない。
「覚悟はできているよな? 俺はいつでも構わないぜ」
「クソッ……!」
騎士の剣の切っ先が『凍星』の胸に吸い込まれるのと、今際の際の魔法が発動するのは同時だった。
「【
「…………!」
その瞬間、氷河期が訪れたかのように莫大な冷気が発生した。
『凍星』の身体を中心に生まれた冷気が騎士達を飲み込み、森の木々を凍らせ、それでも勢いを緩めることなく広がっていった。
『凍星』の全生命力から作られた冷気によって森は氷の世界に閉ざされ、どんな魔法や魔道具を用いても溶かすことができなくなった。
永久凍土となった森は何人も足を踏み入れることができない魔境となり、そして……長い年月が経ったのである。
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