第40話:沙希
九条氏の逮捕と罪状はマスコミに報道され、余罪もバレて大きなニュースになった。
証拠として提供した動画はネット上で拡散され、犯人逮捕に至る動画は特に注目の的になり、不本意ながら僕はすっかり有名人だ。
「弘樹くん、あの護身術うちの流派だよね? ぜひ大会に出てみない?」
「動画見たよ~、君かっこいいね。アクションスターを目指してみない?」
……なんか、いろいろなところからスカウト増えちゃったよ。
アイドルじゃないのに、街へ買い物に出ると通行人にめっちゃ見られるし。
【天使と珈琲を】の制作会社も有名になっちゃったから主人公のCV明らかにしちゃおうってなって、エンドロールや公式ガイドに僕の名前が追加された。
おかげでゲーム発売前の予約が殺到しているらしい。
アニメ化の話も出ているよ。
広瀬家の庭園、バーベQ広場。
四大天使と天使長と主人公……の、声優たちが揃ってバーベQを楽しんでいる。
「まさか九条さんがそんなことするとは。災難だったな2人とも」
「ヒロくん大活躍だったね。動画かっこよかったよ」
鉄串に刺した肉を炙りながら、言うのはTERUさん。
その横で、焼けた肉を串からはずして皿に盛っているのは絵美さん。
「この細い身体のどこから九条氏をブッ飛ばす力が出るんだ?」
「あ~翔太、俺のヒロにお触り禁止な」
翔太さんは僕の腕や足の筋肉を確かめるようにポンポン叩く。
そこへ後ろからやってきたケイが、翔太さんの首の後ろ辺りを掴んで引き離した。
そんないつもの賑やかさの中、1人テンション低い人がいる。
みんなから離れて、スマホを見つめながら浮かない顔をしているのは、コージさん。
「コージさんどうしたの? 元気ないね」
「え?! ……あ、うん」
僕が声をかけたらコージさんは驚き、慌ててスマホをポケットに入れた。
一瞬チラッと見えた画像は、女の子……かな?
慌てて隠していたから、見なかったことにしておこう。
僕はゲーム世界で気になったことを聞いてみた。
「そういえば、サキの思考パターン、コージさんどうやって構築したの?」
「えっ?! な、なんで?」
あれ?
コージさん、また慌ててる?
「オネエキャラはコージさんの十八番なのは知ってるけど、サキはオネエというより乙女っぽいから」
「んなっ?! ……そ、そうか?」
コージさん、焦りまくってるような?
こんなに狼狽するなんて珍しいなぁ。
「あ、もしかしてコージさん、実は乙女だったり?」
「ちゃうわっ!」
クスッと笑って言ってみたら、ツッコミがきたぞ。
否定した後、コージさんはポケットをチラッと見て、さっき隠したスマホを取り出した。
「こいつを参考にしたんだよ」
見せてくれたスマホには、さっきチラッと見えた女の子が映っている。
よく見るとコージさんに目元とか似ていて、コージさんよりもサキの顔にそっくり。
「こんにちは。あなたはだぁれ?」
女の子が話しかけてくる。
コージさんの妹かな?
「こんにちは。僕はヒロ、君の名前は?」
「ヒロくん、よろしくね。私は
女の子が微笑んで名乗る。
同じ名前。
声はサキよりも高く澄んでいて女の子らしい。
「沙希ちゃん、よろしくね。コージさんと一緒に今度遊びにおいでよ」
「行きたいけど、私は身体が無いから行けないよ」
「え?!」
「ヒロくん私好みだから、身体があれば抱いてもらうのにね」
「まって、それ女の子が言うの?」
可愛い容姿に似合わず、沙希はサキそっくりな性格だった。
コージさんがサキの演技の参考にしたというのも納得だ。
っていうか、「身体が無い」とは?!
「沙希、兄ちゃんが説明するから、ちょっとログアウトするぞ」
「はーい」
僕が困惑していたら、コージさんが沙希との通話アプリを終了させた。
どうやら本人には聞かせたくないらしい。
それから話してくれた内容は、無邪気な沙希からは想像もつかない悲惨な過去だった。
「沙希は、俺の妹だよ。本物は既に亡くなっていて、これは生前に保存しておいた人格コピーAIだけどな」
コージさんがスマホを見つめて言う。
沙希はコージさんの妹で、ジュネスのアイドル養成スクールに通っていた女の子。
九条氏に気に入られ、自宅でレッスンを受けたりしていたという。
「多分、沙希も被害に遭った1人なんだ」
コージさんは辛そうに語る。
沙希はレッスン中に意識を失い、目覚めることなく衰弱死した。
家族は、貧血で倒れて打ちどころが悪かったんだろうと言われ、それを信じていたらしい。
沙希は九条氏が病院に運び、倒れたときの様子を説明したり何度も見舞いに来たりしていたので、家族は誰も九条氏を疑わなかったという。
今回の逮捕でコージさんは沙希にも同じことをしたのかもと疑ったけれど、被害者本人が亡くなっている上に遺体は火葬済みなので証拠は何も見つけられなかった。
「サキの思考パターン構築に沙希を参考にしたのは性格が似ているからだけど、まさか同じことをされていたなんて……」
コージさんの言う「同じこと」は、レビヤタのエピソードのことだろう。
もしもあれと同じことをしていたのなら……。あの変態、もっと殴っておけばよかった。
「AIの沙希には言わないでくれよ」
「うん」
コージさんに頼まれなくても、言うつもりはない。
ゲーム世界のサキみたいに正気を失ったら大変だからね。
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