第25話:堕天使と庭師(R-15)

 海が見える丘に建つ、西洋風の古城。

 血のように紅い薔薇が咲き乱れる庭園で、庭師と思われる青年を相手に情事に耽っている黒髪の青年レビヤタ。

 男女問わず美しければ性欲の対象にするという水の四天王は、人を魅了する美貌の持ち主でもある。

 半裸の青年は抵抗するどころか嬉しそうに蕩けた笑みを浮かべているので、その行為は同意のもとに行われているのだろう。

 他には誰もいない筈の庭園で聞こえるのは、愛撫を受ける青年の声だけ。

 そこに、カサッという落ち葉を踏むような音が入り込んだ。


「来ると思っていたよ」


 驚いた様子もなく、レビヤタは青年の足の間から顔を上げて振り返る。

 ペロリと舌なめずりするのは、口の周りを濡らしたモノを拭き取るためか。

 強い快感の後の余韻で震える青年は気付いていないのか、恍惚とした顔でレビヤタしか見ていない。


「魔界の四天王がこんなところに住んでいるのが不思議だったけど、があるんだね」


 僕は冷ややかな目でレビヤタを見る。

 こいつ、人間との情事が目的で人界に住んでいるのか。

 サキを辱めた寝室は、おそらくこの城にあるんだろう。


「魔界へ天使や人間を連れ込むと色々問題があるのさ。どう? 君も抱かれてみる?」


 とろんとした顔で仰向けになったままの青年をその場に置いて、レビヤタが微笑みながら歩み寄ってくる。

 武器などは持たず、戦う気は全く無い様子だ。


「断る!」


 見た目はいいがこんな奴は好みじゃない。

 僕は剣を鞘から抜き放って構える。


「おやおや、丸腰の相手に剣を向けるなんて勇者らしくないな」


 クスッと笑ってそう言うと、レビヤタの姿がその場から消えた。

 ……直後、僕は背後から抱き締められた。


 ゾワッと鳥肌が立つ。

 生理的に嫌いなタイプだこいつ。


「傷つけるつもりはないから安心するといい。快楽をプレゼントするだけさ」

「お・こ・と・わ・り・だ!」


 耳に息を吹きかけながら囁く男に、僕はファーから貰った短刀を突き刺した。

 腕の力が緩んだ隙に振りほどいて突き飛ばした後、地面に落ちた剣を拾って構えなおす。

 短刀が脇腹に刺さったまま倒れたレビヤタの胸に、深々と剣を突き刺してやった。


「う……ゴホッ!」


 呻いた後に喀血したレビヤタがしばらく痙攣した後、目を見開いたまま力尽きたように沈黙する。

 火葬代わりに【浄化の炎龍(改)】て燃やしておこう。

 刺さっていた短刀と剣を引き抜いて血を振り落とした後、僕が放った炎龍に巻き付かれた堕天使は炭と化して消え去った。


 ところであの人、なんで騒がないんだろう?


 僕はチラリと青年の方を見た。

 こんな惨劇が起きているのも気付かない様子で、半裸の青年は仰向けに横たわったまま虚ろな目をしている。


 催淫剤でも盛られたんだろうか?


 敵である可能性を考えて様子を見ていたけど、特に変化は無い。

 しばらく様子を見ても襲ってくる様子が無いので、僕は彼に近付いてみた。


「あの、起きてますか?」

「はい」

「え?!」


 声をかけてはみたけど、まさか普通に返事されるとは思わなくてビックリした。

 薬とかで正気を失っているわけではないのかな?


「起き上がれますか?」

「いいえ」


 なんか返事する様子が機械的で変な感じ。

 モブNPCだから会話するAIが雑なのかな?


「じゃあ、起こしてあげましょうか?」

「はい」


 近付いて抱き起こしてあげたけど、立ち上がりはせずにそのまま座っている。

 手を引いて立ち上がらせたら、その場に突っ立ったままボーッとしている。


 これ、どうしよう?

 庭師っぽいから、この城の人だよね?

 ここに置いて帰ってもいい?


「じゃあ、用が済んだので僕は帰りますね」


 城主を殺しといて何だけど、庭師が騒いでないから普通の訪問客っぽく帰ろう。

 立ち去りかけた僕の腕を、青年が掴んで引き留めた。


「え? 何?」

「まだ用事は済んでませんよ」


 またゾワッと鳥肌が立った。

 ホラー映画でも見てる感じ?


「これをどうぞ」


 今まで無表情だったのが嘘みたいに、青年が微笑みながら真紅の薔薇を1輪差し出す。


 っていうか、どっから出したそれ?


 薔薇も青年も綺麗だけど、なんかヤバイ感じがして思わず後ずさってしまう。

 それを追うように、青年がズイッと距離を詰めてきた。


「い、いや結構です」

「そう言わずに。良い香りですよ、ほら」


 クスッと笑う青年が、薔薇を僕の顔に近付ける。

 途端に、甘い香りがして身体の力が抜けた。

 フラッと倒れかかるのを、誰かの腕が支える。


 薔薇を持つ青年とは違う誰かが、僕を軽々と抱き上げる。

 その顔を見て、僕はギョッとした。


「ふふっ、油断したね」


 愉しそうに笑うその顔は、レビヤタそのもの。

 斃したと思ったあれは、何か違うものなのか。


「やっと手に入れた」


 そう言って微笑む顔は綺麗だけど、僕の好みじゃない。

 抵抗しようとしたけど、身体がほとんど動かなかった。

 弱々しくもがく僕を抱えたまま、レビヤタは薔薇園の中心へ進んでいく。


 甘い薔薇の香り。

 多分それが身体の自由を奪うんだろう。


「私はね、ずっと君を狙っていたんだよ」


 柔らかい草の上に僕を横たわらせて、レビヤタがまた微笑む。

 その手が服の胸元に伸びて、シャツのボタンをはずし始めた。

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