第9話:天使長の寝室

 BLゲームおそるべし。


 人間が持つ五感が備わったフルダイブ型ゲームのキャラクターには、現実世界とほぼ変わらぬ感覚がある。

 そのキャラクターが愛撫されたらどうなるか?

 ご想像の通りだ。


「よしよし、いつものヒロと同じ感度だね」


 ニコニコしながら俺を抱いている、そこの天使長(中の人:広瀬ケイ)。

 久しぶり(といっても現実世界では3日ぶり)だからか、いつもより多く可愛がってくれちゃって。

 おかげでこっちは息切れして喋る余裕が無いぞ。


「さすがに果てたかな?」


 無防備に胸を晒していたら、特に感度のいいところを知るケイにチュッと口付けられた。

 身体が反応してビクッとなるけど、起き上がれない。


 もう無理。

 動けません。

 勘弁して下さい。


 ほとんど放心状態の僕を見て、ケイは満足そうに微笑んでいる。


「汗を洗い流した方がいいけど、動けなさそうだね」


 クターッとしていたら、横抱きに抱えられて浴室へ連れて行かれた。

 服は既に全部脱いでいる。

 そのまま身体を洗われて、バスタオルで拭き拭きされて、バスローブを着せられた。


 これは、現実世界でも時々あること。

 ケイは隠れ世話焼き属性だ。


 僕が寝落ちたり、今回みたいに愛撫で果てて動けないときは、こうしてお世話してくれるよ。

 それは「しょうがないなぁ」という感じではなく、「よしよし任せておけ」という感じで、なんだか楽しそうにやってくれる。

 そのまなざしは慈愛に満ちていて、ケイが僕を大切にしてくれているって感じるんだ。

 こういう優しいところが、僕がケイに惚れた最大の理由かもしれない。


 僕は実の父や母から優しくされた記憶が無い。

 父の彼女に至っては言葉の暴力を受けた記憶だけだ。

 多分あの人たちは、僕なんかいない方がいいって思っていたんだろう。


 ケイだけが、僕に優しくしてくれた。

 僕を必要だと言ってくれた。

 だから僕は、ケイのためなら何だってできる。


「俺もシャワーを済ませてくるよ」


 そう言いながら僕をベッドに戻すと、ケイもシャワーを浴びに行った。

 しばらくするとバスローブを着て戻ってきて、僕の隣で横になる。

 いつものように片腕を差し出して、腕枕してくれた。

 子供の頃から続く腕枕を嬉しく思いつつ、僕はケイとこれからの予定を打ち合わせた。



「ゲームの進行状況は、俺がヒロをお持ち帰りしたからシナリオ中盤に入ったかもしれない」

「主人公が天界へ行って勇者か聖者になるんだよね」

「ヒロは根性値が高いから、勇者になるとAIの情報に入っているよ」

「うん、そのつもり。ルウ攻略エピソードは戦闘が多いから」

「耐えられるからって、闇魔法の直撃を受けるのはもうやめてくれよ?」

「直撃食らわないように気を付ける。でも、ケイが傷つくくらいなら、僕が攻撃を受ける方がいい」

「その台詞、そのまんまヒロに返しておくよ。俺だってヒロが傷つくくらいなら自分がって思うぞ」


 話しながら僕を抱き締めるルウの身体つきやぬくもりは、現実世界のケイとそっくり。

 ルウの容姿はケイがモデルになっている。

 細身で長身の手足が長いイケメンに、6対の白い翼がはえた姿が天使長ルウ・シフェル。

 翼は力を行使するときや空を飛ぶときだけ現れる仕様だ。


「主人公は死なないから大丈夫だよ」


 ケイが心配してくれるのは嬉しい。

 けど、僕は大丈夫。

 このゲーム、主人公には「死」が無いからね。

 戦闘などで一定ダメージを受けると「瀕死」になって動けなくなるけど、天使のキスで回復できる。


「それに、さっきのイベント戦闘で【不屈の反撃】ってパッシブスキルを覚えたから、タダでは倒れないよ」


 神殿での暗殺者イベント、反撃に成功した僕のステータスには新たなスキルが増えていた。

【不屈の反撃】は、敵から攻撃を受けたら自動的に反撃する便利なスキルだ。

 反撃によるダメージは、敵から受けた攻撃によって変わる。

 敵の攻撃力が高いほど役立つというわけ。


「だから盾役は僕に……」


 言いかけたところで、キスで口を塞がれてしまった。

 ケイは黙って僕を強く抱き締めている。

 それ以上言うなって意味だと理解して僕も喋るのやめ、2人でそのままディープキスに移行した。



【天使と珈琲を】の攻略対象たちのAIは、声を担当する声優たちがプログラムにアクセスして思考パターンを登録したもの。

 そのため、人間に近い会話や行動が出来るようになっている。

 ケイ曰く、ルウというキャラクターのAIは、生身の人間であるケイの精神を取り込んだことにより、他のキャラクターよりも多くのシナリオ分岐が出来ているらしい。


 台本には無い展開が増えているのは不安だけど、ケイがルウを動かせるようになったのは助かる。

 それに、こうしてゲームの中で話したり触れ合ったりできるのも嬉しい。



 僕はステータスを開いてプレイタイムを確認した。

 思ったより時間は経ってなくて、現在のプレイタイムはログイン時間50分ほど経過した程度。

 ルウの部屋に来てからの時間はカウントされていないようだ。

 つまり、本来のシナリオに無いシーンは現実世界の時間が経過しないってことかな?

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