8.願う弓矢が夜空を切る

 召喚術、死霊術。あるいは魔核を用いたゴーレムの生成。


 思考をする生き物を作る方法は、概ねこの三つです。そしてその全てが、当然ながら魔法を使用してのもの。

 つまり魔力を感知する警報というのは、そういった生き物を使う潜入なども見抜くことが出来る、簡潔かつ強固な防犯対策ということですね。


「──と、いうわけで」


 いくつかの金属製素材に、なんのために使うかわからない魔物由来の素材。そして電気系の効力を持つ魔鉱石。

 紙にびっしりと書かれたそれらの文字を見せながら、私は少し引き攣った笑顔で言いました。


「既存の魔法を使わない、未知の手段でを作るらしく……これらの素材が欲しいと、リファ・クリストロが言っていましたが……どうします?」


 リファはロムと一緒に運動場へ置いてきました。

 二人を連れてくれば、多少の無理は通るでしょうが……なにせ、物作りのためには初めての交渉ですし。それに、素直な事情を話せば、上司に断られるでしょうし。


「うーん、ちょっと多いねぇ」

「ある程度は、私のお金から出しますので……調達難度の話であれば、申し訳ないのですが」

「それなら問題ないけど……いいのかい? 【獅子の剣】殿からは、君がお金を貯めるのが好きと聞いているけど」

「貯めるのも使うのも、同じくらい好きなんですよ。アレイス殿は理解してくれないでしょうが」


 私が乾いた笑みで言うと、目の前の彼──先生として生徒の監視を行っている諜報機関の仲間は、ふぅんと一言漏らしました。

『【天使の瞳】も【獅子の剣】殿もいい人なのに、どうしてこう仲が悪いんだろうね』と聞こえる心の声からは、アレイスが異才持ち以外とは上手く付き合っていることが窺えます。


 やや暫く、私が笑顔で次の言葉を待っていると、先生は要求の書かれた紙を手に取ります。取り出した判子を一つ、これはつまり承認の証。


「いいよ、負担はこっちで受け持ってあげる。君も普段から大変だろうし、お金は好きな本に使いなよ」

「いいんですか? ……ありがとうございます」

「これも仕事だからねぇ、ところで、その鳥というのは。なんのために作るんだい?」


『鳥の観察とかに使ってくれるなら、平和的でいいんだけどねぇ』


「──こちらの生態系が珍しかったようで。生き物の観察がしたいから、とのことでしたよ」


 自然に作った笑顔を見せて、私は職員室を後にしました。



 ◇



 材料が届いてから、実際に作成するまでの時間。リファには「一人の方が集中できるから」と言われ、作業に没頭できるであろう個室だけ教えました。なので、制作過程はまだ見ていません。


 完成したのは、それから数日後。別に期限があるわけではないですが、行動は早いうちの方がいいという意見の元……動作確認とセットで、決行は本日の夜。

 リファが隠れながらその作品を持ってくるまでの間、私はロムと二人で個室待機です。


「……不安そうですね」


 夜の静寂が部屋を包む中、私は彼女に声をかけます……不安そう、とは聞きましたが、実際私には心の声が見えているので。彼女が本当に不安がっているのはわかっていますが。


「お姉ちゃんから、届いた手紙のこと……考えてて……」


 たどたどしく、言葉を選ぶ彼女の話の続きを。私は聞くことが出来ます。

 お姉さんから届く、体調を気遣う優しい手紙。そこに書かれている「今度また、二人で弓が打てたらいいね」の文字。


「お母さんとお父さんは、お姉ちゃんとわたしのことを比較してたから……わたしはお姉ちゃんから、色んな賞賛を奪ったと思うの……」


 だから、本当にお姉さんに自分が受け入れられているか不安なのでしょう。

 彼女の思考は読めても、手紙の中の心を読むことは出来ません。だから、私はどう思われているかについては言えなくて。


「それに、両親二人に嫌われてるのに、本当にこんなことしていいのかなって──」

「いいに決まってるよ!」


 大きな音を立てて、扉が開かれます。

 少し汚れた服装のリファは、手持ちのなにかを床に起きながら言葉を続けます。


「ロムさんは悪いことしたわけじゃないし……今、悪いことをしようとしてるわけじゃない。なら、遠慮なんてしなくていい!」


 強い語気で言い切った彼女に、思わず縮こまるロム。言ってることには同意ですが、このままの勢いだと泣き出してしまいそうなので、私はリファが床に置いたものへと話題をそらします。


「これが、制作物ですか……本当に飛ぶんですか? そういう美術品としては、とても出来のいい作品だと思いますが」


 ……そこにあるのは、それこそ本物の鳥の剥製のような物でした。確かにただならぬ存在感、今にも飛び立ちそうな見た目をしていますが……飛ばないのであれば、剥製と大差はありません。


「それは大丈夫! 実際に試運転したもの以外、表舞台には出さないよ」


 自信満々の表情と、成功を全く疑わない心の声を見るに、喋っている言葉の通りだと思うのですが。

 まじまじと見つめても、どうやって動くのかわかりません……触れてみれば、金属の冷たい感触。少なくとも生きてはいないようですが。


「素材に魔鉱石を要求してましたが、魔力は発してないんですか?」

「もちろん! そもそも鉱石を使ったのは、こっちのパーツだしね」


 言いながら、彼女は懐からなにかを取り出しました。大きさや形、そしてその、なにやら色んな棒が付いてるその形状に、何となく見覚えが。


「……魔道列車の、操縦席に似ていますね。なんですかこれ」

「そこまで分かるなら話が早いね、その通り! この鳥の、操縦ハンドルだよ」


 そう言って、彼女は棒のひとつを動かします。

 瞬間、鳥が両翼を勢いよく開きました。思わず甲高い声を上げるロムに対し、リファが得意げに微笑みます。


「魔鉱石から出したエネルギーから魔力を取り除く部品だけ、ほんっとうに苦労したけどねっ! それ以外は結構上手く作れたかなって」

「これ、誰でも動かせるんですか?」

「練習は必要だけどね、今度作ってあげよっか?」


『視覚の共有機能とかは、みんなには使えないけど……まあ、言わなきゃばれないだろうし、いいよね……!』

 なんて言う心の声に、私も内心で、どうやって部屋の位置を伝える気なのか質問されたらどう答える気なんでしょう。なんてツッコミを入れますが……とりあえず、ロムが気づかなければ良いでしょう。

 詳しい仕組みについては、後で聞いておかないといけませんね。


「……では、これでひとまずこちらの準備は終わりですが」

「ロムさん、伝えたいことと来て欲しい場所、ちゃんと手紙に書いた? ……準備は、出来てる?」


 私たち二人が、同時にロムの方を見ます。

 悩み、混乱、恐怖、憧憬。いくつかの思いと一緒に、見えてくるのはひとつの光景。彼女が、心の中で思い描く──こうありたいと願う、未来の光景。


 お姉さんと、二人でお茶会をする姿。


「……うん、わたし……やるよ、やらせて」



 ◇



 夜の空を、一羽の鳥が飛んでいる。

 もう遠くまで飛んで行って、その姿を目視をすることは出来ないけれど。この鳥と繋がっている私の視界は、上空からの景色を正確に捉えていた。


「誰も来ないところを見るに、魔力結界は無反応のようですね」

「だね、理論上は大丈夫だったけど……肩の荷が降りた気分」


 操縦ハンドルを動かしながら、思わず笑みを零してしまう。

 ……楽しい! を用いた物作りは久々だから、随分と胸が高鳴るのを感じる……魔力は、私には使えない技術だったしなぁ。


「それで、見つかりそうです?」

「んー……ちょっと待ってね、とりあえず外側の窓からは見えないけど……」

「不意に弓で射抜かれて、バレるなんてことはないようにお願いしますよ」

「その場合は自爆機能があるから大丈夫だよー」


 あっけらかんと嘘を言い放ったら、後ろからジャスミンに頭を小突かれた。相変わらず、嘘を見抜くのが早すぎる……。


「危ない橋なんですから、おふざけは少なめにしてくださいね」

「見抜くの早いなぁ……」


 口頭では遊びながらも、手は動かし続けているから。セーフじゃないかな、セーフだと思う!

 と、そんな余計なことを考えていた私の視界に、ふと人影が一つ。


「……お姉ちゃん、ドーヴァさんだっけ? 見つけたかも」

「……! ど、どこですか……!?」


 ロムのものよりも少し青みがかった髪色と、整った鋭い目つき。確かに貰った情報と一致する……けれど、ここは。


「屋敷の内側……中庭があって、吹き抜けになってる側の窓! ここからじゃ狙えなさそうだけど、反対側に行く?」

「反対側は山なんですよね……登るのは危険でしょう。角度をずらすにしても、少し厳しいような」


 私が位置を伝えれば、ジャスミンが地図を広げて返事を。弓矢で狙うのも想定済みって感じの位置かな、どうしようもなければ鳥に手紙を持たせて渡すことも出来るけれど、バレるリスクが。


「──位置は、どこですか……?」

「え、だから中庭側の、ここからは見えない窓で」

「窓は剥き出しなんですよね……? 位置を、教えてください。ここから狙います」


 視界の端で、ロムが弓を構える。


 運動場で見せたものとも違う。真剣さではなく……圧、あるいは殺気のような。本気だ、と。見ずともわかるような、そんな気配。


「いま、光らせるところの……上から二番目の窓!」


 鳥──偵察ちゃん一号に何となくつけていた発光機能が、こんな所で役に立つなんて。

 いや、役に立つかは分からないけど。とにかく私はその機能を作動して。


 ばんっ、と。何かが近くで爆発したような音と共に、

 遠くに居る鳥の視点からの方が、その光景をよく見れる。ロムが居た場所から、上向きに落ちていく流星。やがて、重力に負けるようにその軌道を下に落として。


「そ……それじゃあ今日は帰って、その……手紙の返事を、待とう……!」


 彼女がそう言って、場を去ろうとするのと同時。

 落下してきたその矢が、何も無い空中で不可解に軌道を変える。まるで月を描くように、内側に曲がった矢が──壊すことも、落ちることもない絶妙な威力で、窓枠へと突き刺さった。


「……当たった」

「そりゃあ、もう」


 少し呆然としていた私に、ジャスミンがニッコリと微笑んでいる。そうして楽しそうに一言……なんだ、以前あんなこと言って。


「ロム・ラグニティの放つ弓ですよ? 当たらないわけが無い」


 上手くいって嬉しいと、助かって欲しいとは……思ってて、くれてるんだろうな。

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