天使の瞳は欺けない ~監視対象の転校生は、異世界からの転生者でした~

響華

1. コードネーム:【天使の瞳】

 異才についての話をしましょう。


 蜘蛛の足が8本あるのを、多くて不便そうだと思ったことはあるでしょうか。

 ヒュドラの首が3つあるのは? サラマンドラが生まれた時から持つ炎が、生きてく上で邪魔そうだと思ったことは?


 持たない者から見れば、随分おかしな事のように思えるそれらは、彼らにとっては生まれた時から持っているもので。

 それがない自分なんて、想像したことがないくらい当たり前のものなのでしょう。


 異才というのは、そういうものです──


 常識とは異なった才能が自分にはある、だとか。

 自分が息を吸うように出来ることが他の人には出来ないかもしれない、だとか。


 そんなこと、幼い間に分かるはずなんてありません。だから私は、あの時。


「ねぇお母さん! 今日はサプライズケーキがあるの!?」

「……ジャスミン、それはお父さんから聞いたの?」

「ううん? だってお母さん、今『ケーキがあるって知ったら、どのくらい喜んでくれるかしら』ってから!」


 そんな、馬鹿みたいな会話をしたのです。

 それが、どういう結果を生み出すかなんて、考えることもしないで。



 ◇



 オフィシドム国立学院。

 総生徒数15名という少ない人数に不釣り合いなくらい大きな建物の、これまた複雑怪奇に入り組んだ迷子になりそうなほど長い廊下を、私たち生徒は畏怖の念を込めて迷宮と呼んでいます。


 身近にあるものとしては明らかに仰々しいあだ名をつけられているものですから、面白がった生徒たちから様々な話が付け足され。


 曰く、各階にある階段を下っていくと、その先には本物の地下迷宮が広がっているだとか。

 曰く、即死の魔法の異才を持っていた生徒が使っていた、入ってはいけない教室があるだとか。

 曰く、国の偉い人がどこかの空き教室で秘密の会議をしているだとか。


 卒業生の残していった噂話も合わせれば、突飛なものからありそうなものまで多種多様な話が転がっています。

 そして、下手な魔法も数打ちゃ当たると言いますか。当たらずとも遠からず、と言った噂も一部ありまして。


 もはや慣れ親しんだ廊下を曲がり、私は憂鬱な気持ちで足を進めていました。

 左右の壁に窓はありません、薄暗い廊下はとある曲がり角を境に、建物の外からは完全に区切られた空間に変わります。


 いかにも、と言った雰囲気を放っているように感じるのは、私がこの先に何度も足を踏み入れたことがあるからでしょうか。

 長く伸びた廊下の終着点、突き当たりには部屋のドアがあって。上には、会議室と書かれた無機質なプレートが飾ってありました。


「……面倒だなぁ」


 思わず零した本心を飲み込むように、深呼吸をひとつ。切り替えるように頭を振ったあと、私はそのドアを勢いよく開けます。

 ぱっと視界に入るソファに座るのは、勲章の着いた軍服を身に纏う男と、両隣を固める若い男女。


「ジャスミン・セラフィア。ご命令に応じて来てあげました……始業よりもだいぶ前に呼び出すなと、前にも言ったはずですが?」

「来たな【天使の瞳】。随分遅かったが、もう少し早く来れないのか?」


 私の抗議に対して一瞥もせず、文句すら言ってのけるこの男の名はアレイス。

 私をここに呼び出した張本人であり──オフィシドム連合国直属の諜報機関における、私のに位置する人です。


「……そちらの方は見ない顔ですが、新人ですか?」

「ああ、貴様ら異才持ちの化け物に対処出来る人材は、いくら育成しても足りんからな」

「そうですか」


 話題逸らしに大して真っ向からぶつけられるヘイト。殴りたくなる気持ちを私はぐっと堪えながら、私は正面のソファに座ります。

 今どき珍しい極度の異才嫌い、それがこのアレイスという男です。なんでも昔、幼馴染の異才持ちとゴタゴタあったのだとか……詳しい話を聞きたいとも思いませんが、私たちにまで攻撃してこないで欲しいんですけど。


 これ以上彼の顔を見ていても、おそらく気分が悪くなるだけなので、私は隣に座る女性に対して向きに直ります。


「初めまして、ここではコードネームとして【天使の瞳】と呼ばれています……私の魔法については、ご存知で?」


 私が声をかければ、彼女は少しの驚きを内心に隠しながら、立ち上がって頭を下げます。

 異才持ちとあまり会話をするな、と言い聞かされているはずですが、仕事上の質問に答えるくらいなら良いと判断した様子……敵意がないのは助かりますね。


「体が接触している間、目視した相手の思考が見える……既存のものとは異なる読心魔法だと、聞いています」

「よく言えました、優秀な後輩のようですね。どうです? 友好の印に握手でも」


 にこやかな顔で手を差し出すと、彼女は困惑しながら隣に顔を向けました。

 それとほぼ同時、私の手を目掛けてペンが振り下ろされます。不意打ち気味に放たれた一撃をすんでのところで躱すと、彼は少し怒ったように。


「……部下に笑えない冗談を飛ばして恐怖させるのは辞めてもらおうか」

「私だって部下のはずなんですけどね、アレイス殿」

「はぁ……無駄話はここまでだ、仕事の話に移ろう【天使の瞳】」


 あなたが無駄話を振ったのでは? という次の喧嘩を抑え込みながら話を待っていると、彼が一枚の紙を取り出して私の前に投げつけてきます。

 そこに載っていたのは顔写真と、人物の名前。そして──異才についての詳細書き。


「リファ・クリストロ……転校生ですか? 彼女」


 快活そうな笑顔を浮かべた、水色の髪をした少女です。所々逆立つようなくせっ毛の長髪は、おそらく相当に人目を引くことでしょう、一般的に可愛いと呼ばれる部類の印象です。


 そして、そんな顔写真の下に付いた異才についての記述。中身を見るまでもなく「異才を持っている」ということを示すその一文は、つまりこのリファという女性がここ──、オフィシドム国立学院の転校生であることを雄弁に語っています。


「ああ、その通りだ」

「異才持ちの監視なんて、私の基本業務じゃないですか。わざわざ呼び出す必要ありましたか?」

「特別な監視を頼みたいらしい」


 嫌いな異才持ちについての説明など、あまりしたくないのでしょう。あとは分かるだろうといった態度で溜息をつきます。

 面倒ですが、見るべきところはひとつでしょう。


 異才:物作りに対する既存の理論と異なる技術を持つ。

 補足:本人はあまり積極的に制作物を積極的に他者に見せない様子。


 そんなふうに書かれているのを見て、なるほど私は納得が行きました。


「つまり、本人が隠している制作物の役割と作り方を読心魔法で盗んでこい、と」

「そういうことだ、上層部曰く……接触しての聞き込みが不自然では無い程度に仲良くなってこい、との事だ。寮もお前と相部屋になっている」

「……仲良くなれって表現、笑えますね」


 貰った紙を返しながら、私が少し苦笑いを浮かべます。その様子を不快に感じたアレイスが何か言う前に、横の女性が一言、


「他の生徒と同じよう、【天使の瞳】殿の能力は手が触れ合っている時のみ発動すると伝えてあります」

「お気遣い、どうもありがとうございます……ところで、アレイス殿」


 説明をしてくれたこと……と言うよりも、暴言を吐かれる前に話題を逸らしてくれたことに感謝しながら……それはそれとして大事なことを話すため、私は彼の名前を呼びます。


「なんだ」

「これ、既存の仕事に付け足しでやることになると思うんですけど……当然、給料が上がるって考えていいんですよね?」

「……守銭奴が」


 それ以上の皮肉を吐かれなかったので、そういう事としていいんでしょう。

 他に話はないようなので、私は立ち上がると三人に頭を下げてこの場を後に。


 来た道を、少し駆け足で引き返します。

 廊下は走ってはダメ、なんてルールは無視しながら、向かうのは私の学生寮。


 仕事自体は乗り気では無いですが、給料が増えるなら話は別。さっさと挨拶でも済ませて、仕事開始といきましょう!


 そう意気込みながら、辿り着いた私の寮室。今日から相部屋になるらしい私の部屋からは、確かに人の気配を感じます。

 少し呼吸を整えて、軽く扉をノックします。中から返ってきたのは、写真で感じたのと同じような明るさの「はーい!」という声。


「元気そうでいいな」


 なんて一言零したあと、私は扉をぐっと開いて。


「初めまして! 私はリファ・クリストロ! あなたが、同室の子だよね!?」


 青色の髪を揺らしながら、標的の少女が顔を見せました。身長は、私より結構低いですね……にこやかな笑顔は、好奇心の表れ……でしょうか。


「ええ、初めまして。私の名前はジャスミン・セラフィア、普段は生徒のまとめ役……みたいなことを、しています」


 そう返した私の声は……恐らく、震えていなかったはず。どんな状態の時でも、平時のように喋れるよう諜報機関で教わってきましたから。


 そう、どんな状態の時でも。この時私は、いつになく動揺していました。



 ──さて、私の異才についての話をしましょう。

 私はずっと、周りに大事な隠し事をしています。端的に言えば、魔法の発動条件について嘘をついてます。


 だって、対策がはっきりしていた方が、周りから『これなら安心して利用出来る』と思ってもらえるじゃないですか。

 なんて知られたら、危険なやつとして処分されるかもしれません。


 だから、私はその時。

 触れずとも、目を合わせただけで、はっきりと聞こえてきたのです。


『心を読む魔法……だったよね? 異世界から転生してきたってこと、バレないようにしないと……!』


 という、彼女の心の声が。


「これからよろしくね、ジャスミンさん!」

「……ええ、こちらこそ」


 つまり、私の調査する転校生は。

 異世界の住人だったと、そういうことのようなのです。

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