02 これは現実?②
入学に必要な手続きは通う予定だった学校が引き継ぐ。それでも、水城家側でもやらなければならないことが沢山ある。
佑希がすぐに当たった壁は富士山より遥かに高いエベレスト級のもの。それは、スカートを履くことである。さらに、最初に履くのが女子校の制服というのが背徳感を強くさせる。しかも、調べてみるとこの辺りの人々の中では憧れの眼差しで見られることがあるようだ。
デザインはブラウン系のセーラーワンピースで、胸元に赤い紐リボンを結んでいる。
「試着、嫌がっちゃだめだからね」
佑希の返答はない。
制服売り場には事情が伝わっているようで、採寸と試着のスピード感は凄まじいものだった。最後の防波堤だと思っていた『スカートを履く』という行為はあっさりと崩壊してしまった。
「どっ、どう……?」
少女は蚊の鳴くような声でスカート部分の裾を握る。
「可愛いじゃん。よく似合ってるよ」
「かっ……可愛いなんて──」
頬を赤く染めて困惑する少女の姿を見て店員も微笑んでいる。ボーイッシュな雰囲気でもこの制服が似合うことはわかりきっていることなのだが、こんなにいじらしい反応を見せることは少ない。
「キツかったりする?」
「しっ、しない……」
「じゃあ、このサイズで」
「かしこまりました〜」
地下駐車場を出る時には佑希の不機嫌は最高潮に達した。未だに制服を着ているような感覚が残っているのは気分が悪い。
「なんで、性別変わっているのにそんなに普通なんだよ? もっと、普通、病院行ったりとか役所行ったりとかしない?」
「はぁ……っ。なっちゃったんだから、仕方がないことじゃん。それに、ここが普通じゃないのはちょっと外を見ればわかることでしょ?」
母は首をくいっと助手席側に向けた。促されるまま外を見ると信号待ちをしているのは人間だけではなく、手足の生えたマシュマロの親子やエルフのカップルなど、前住んでいた所ではあり得ない人々が立っている。
「でも、それとこれとは──」
「あんたのことなんて、小さな問題だってこと」
「んなこと言われても……」
この街にとっては小さなことなのは事実だろうが、それと自分の問題を比べるのは話のすり替えだ。もやもやとした気持ちが寝るまで消えなかった。
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あの出来事は全て悪い夢。目覚めれば元の身体に戻って何事もなかったようにあの学校の入学式に行ける。そう信じていたが、現実は無情だった。
「佑希ー? 起きてる? 行く学校間違えないでよ?」
「……はいはい」
起きて身支度をしても女のまま。鏡に映っている自分の姿は本当に自分なのか釈然としない。
制服に袖を通してタイツを履く。この街の春はまだまだ冷えるようなので着ろとのお達しだ。
スースーとする生足も変な感じだったが、タイツの足にへばり付く感覚が気持ち悪い。ブラに縛られた胸の上に少し重い制服が乗っかって肩が重く感じる。
半分上げていた背中のジッパーを首元まで閉じて紐リボンを結ぶ。ひっくり返った襟と絡まった髪をぱさりと掻き分ける。試しに鏡の前に立つと、自分の美少女っぷりに言葉を奪われてしまった。
「わぁ……」
我に返ってアイデンティティの消失の危機を免れた。
それでも、せっかく可愛い女の子になったのに何もしないのも勿体無い。試しに首を傾けて人差し指を唇に当てる。
「こんにちは〜、シュールストレミング伯爵。私のパーティーに出席して頂き光栄ですわ〜」
プリーツを自由に広げられるのは女子の特権だ。規則的な折り目が広がった布から真っ黒な綺麗な足が伸びているのに慣れる日が来るのだろうか。
「シュールストレミング伯爵は破廉恥なお方なのね」
「うわーっ!」
「『うわーっ!』じゃないよ。そんなご令嬢ごっこしているしてる時間…… あ、ちょっと待って。紡?! ちょっと来て」
紡の部屋は向かいにあるので佑希が何をしているのか筒抜けなのだが、邪魔をするのは無粋だ。自分に見つかるより母に見つかった時の反応の方が遥かに面白い。
「どれどれ……? よく似合ってるじゃん」
「あう……」
姉があまりにも似合っているのでだんだんムカついてくる。ここで何かギャフンと言わせる手段を取ることにした。体を半分部屋の方に入れて、机上にあるスマホを持ち出す。
「あっ……! ちょっ! 撮るなよ。消して!」
「可愛いお姉の姿を記録に残しておこうかと」
「嘘つけ! 絶対どっかに載せるつもりじゃん!」
ぷんすかと怒る姉をニヤニヤと見つめる。作戦は大成功した。
「ほら、行くよ! 紡はお金置いとくから、お昼は適当に食べて。夜は街中でみんなと食べるから食べすぎないでね!」
「うん。いってらっしゃい」
今日から通学路で通うことになるので、車ではなく電車で学校へ向かう。起伏の激しい土地をガタゴトと走る姿は以前住んでいたところを思い起こさせる。
学校の最寄り駅に到着すると新入生と親の列が出入り口に向かっていた。この人波に続いていけば迷うことはない。
新入生の中にも角が生えている者や動物のような耳が生えている者など、自分の悩みを矮小化してしまいそうな人物が多く見られた。正直なところ『不気味』の3文字が脳裏に浮かんでしまうが、そういうことを考えるのは良くないはずだ。
「保護者は右で──」
「俺らは左……」
「みんなあんたのことなんて知らないんだし、うまいことやりなさいよ? 覚悟があるなら別だけど」
「うっ、うん……」
いよいよ始まる佑希の高校生活。全く見ず知らずの土地で性別まで変わってしまった彼女に待ち受けているのはどのようなことだろうか。
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