最終話 退治。

 どういうことだよってツッコミたくなったが、俺は久遠寺のいうとおり、それを上に向かって投げ飛ばした。

 

 体は動けて、いいシュートができたと思う。高く高く飛んでいく。

 

 すると、なんということか、ボールが上に行った瞬間に赤黒い雲が出現した。

 

 赤黒い雲にボールが触れた瞬間、言葉で表現できない悲鳴が聞こえ、そして、

 

 ケリケリケリケリケリケリ!

 

 先ほどよりもさらに鳴き声が高くなっている。出現した雨雲は不明生物ショゴスを産み落とした。滑った水音が周囲を轟かすが、粘液まみれで土煙は立たなかった。


「なるほど、水道管を伝わる他に、雲に隠れていたのか。樋野くん、後は僕に任せてくれ!」


「気をつけろよ!」


「大丈夫、——だ、ぐはぁッッ!」


 久遠寺はアメフラシの不明生物ショゴスの触手により、胴体に風穴を開けられた。赤黒い触手は、先端が鋭利だった。


 赤黒さはさらに鮮明な赤へ染まる。


「久遠寺ィッ!!」


 そのまま彼の体を持ち上げる。しかも黒いやつと異なり、とても胴体が大きい。


 やばいやばいやばいやばい!


 呻きながら久遠寺は腹に刺さった触手を左手で掴んでいるが、貫通するほど深々と刺さっているので、抜けるはずがない。


 また頭部に穴が出現する。あいつも飲み込まれる!!


 どうする、どうすればいいんだ!


 その時、彼の学ランのポケットから何かが落ちた。


「樋野くん!、それを、ネクロノミコンを僕の方へ投げてくれ、たの……む、ぐは!」


 吐血しながら彼は最後の力を振り絞るように俺にそれを渡すように声をはった。


「どれだよ!」


「蒼いやつ……だ、早く……! 」


 草原の中に微かに青く光るものが。しかし不明生物ショゴスのそばに落ちている。


「急いで……く、れ!」


 俺は覚悟を決めた。


 雄叫びをあげて、そいつの胴体へと忍び込むように蒼いものを手にとった。


 それは、蒼く輝くアンモナイトの化石。


 しかし俺の元へ触手がシュルシュルと忍び込む。


「掴め! 久遠寺!!」


 蒼い化石は綺麗な放物線を描き、久遠寺は右手を伸ばし、強く掴んだ。


「我は身を捧げる、主、イタカに!!!」


 全身に冷気を纏い、さらに、先ほど粉々に砕けた仮面は、右手の中で、爆発を逆再生したように集結した。


 不明生物ショゴスは悲鳴をあげ、体を捩らせ、暴れ回る。そして久遠寺を手放した。


 久遠寺は落下しながら、アイスマスクの仮面を被る。


 久遠寺は真っ白な触手に全身を絡まれていたが、先ほどの傷は跡形もなく治っていた。変身完了したのか、大量の触手はアンモナイトの化石みたいな石に収納された。


「変身の仕方、キモすぎだろ!」


「それやめてよ、仕様だよ、もう! じゃ、形勢逆転、といきますか!」


 仮面を被り、こもった声だが、彼はハキハキと歯切れよく元気になっていた。


 そして、地面につくと、跪く体制になる、学ランの上着の上から、また鮮やかな蒼い液体の入ったコルク瓶を右手で握り、拳の中で潰した。


 そして、また彼は流血しながら、凍てつく槍を右腕に形成させた。


 白い槍を携えた仮面の騎士は、飛び跳ねて、何度も、何度も、空中で回転して高度が上がる。


 そして、右手を掲げて、真っ逆さまに落下する。そして不明生物ショゴスの頭部脳天に突き刺した。


 キシャアァアアァアァアアアア!!!


 苦しんでいる。散々人間を貪り食った奴が、赤黒いネバネバした体液を撒き散らす。ざまあみろだ。


「トドメだ!!」


 そして彼は、上着に右手を忍びかせ、少し大きなコルク瓶取り出し、それを両手で割った。


 槍が砕けて、露呈した元の右手は、彼は地面に向けて冷気を発射した。


 原っぱに剣山にような鋭い氷山が出現した。先端は冷気を放って輝く。


 さらに彼は白く煌めく触手も左手から生み出すと、それを鞭のように扱い、巨大なアメフラシの胴体を掴む。あんな巨体が軽々しく上空に打ち上げられる。


 先に地面についた久遠寺アイスマスクは、全身の力を振り絞り、それを引っ張った。


「久遠寺、あいつ、サッカー的な必殺技かと思ったけど、綱引きかよ!?」


 ショゴスはアイスマスクの触手に身動きつけれず、徐々に鋭い剣山へ——!!


 ギャァああああアァァア!!!!


 まるで人間のような断末魔を上げて、ショゴスは絶命した。というより、ドロドロに溶けて形が消滅したと言うのが早いだろう。


「ありがとう。僕のようなネクロノミコン使うものはショゴスは警戒するからね。君のような持たない人のおかげで注意を逸せたってわけさ」


 かっこよかった。久遠寺あいつ伊達にヒーローをやっていない。必ず仕留めた歴戦の貫禄がある。


 しかし久遠寺は、拗ねたように、


「でもさ、サッカーのシュート的な必殺技期待してたのかい……。ごめん、とちょっとショックだね……」


「ご、ごめん……、ヒーローってのはそういうキックとかさ、なんだっけ、え、あ」


 妙にその例えが浮かばない。なんだったんあろうそのイメージが段々脳内から消失して言った。あれ、すぐに出てくる単語が出てこない。なぜだ?


「あはは」


 俺は苦笑いするしかなかった。


 すると久遠寺は何も言わず、俺に向かってきた。


「おい、怒ってるのか。悪かったよ、それに例えどうであれ俺は絶対、言わねえからさ」


「……」


「なんだよ、ヒャ!」


 冷たい両手が俺の両耳を塞いだ。


「なんだよ、恥ずか、う、ぬ、へ」


 耳の穴から、何か入って、う、なんだ、これ……。


「樋野くん悪いけど、君の脳をいじって、このことは忘れてもらう。ごめんね。ミハル姉さんとの約束なんだ」


 ぬるぬるしたもの、は、おれ、の、のうみそを、いじくって………………。




 樋野は白目を剥くように、ぐりんと黒目が上に向き、脱力すると、瞼を閉じて気を失った。 


「ごめんよ」


 すると、久遠寺はペトリ皿を取り出すと、彼の両耳から垂れている蒼いネバネバした液体を指を使って丁寧に回収した。


「樋野くんダメだよ。こんなもんを持ってくたら……」


 彼は倒れた直後に財布を落としていた。


 やれやれというように、久遠寺はため息をつきながら、財布を彼のポケットに入れた。

「こんな夜遅くに大金入れちゃ……」


 福沢諭吉が5枚が入っていたのも彼は見逃さなかった。


 うぅアアアウゥゥあああ……


 どこかで赤子のような声がする。その音の元は溶けかかっている氷山からだった。


 久遠寺は樋野の体を抱えた。樋野いびきを

たてて、脱力してくの字になっている。久遠寺は優しく、樋野を木のそばに置いた。今からする行動で、樋野を遠ざけるように。


  ああぅぅううううう……


 ショゴスの死体。とは言っても体液だが、

その中にあってはならないものがあった。


 それは人間の胎児だった。丸まって、泣き声を出して呼吸している。だがただの胎児ではなく、決定的に異常さを表している点がある。


 頭部が赤子ではなく、ある程度成長した、いや老けた中年男性の頭部が胎児の未熟な体にくっついているではないか。糖だけ大人のサイズなので、体が比重でさらに小さく、あまりにもアンバランスである。


「また、コアがあるショゴスか……」


 彼は息を整えた。覚悟をできるように。


 その顔は久遠寺の記憶にある。行方不明になったジャーナリスト伊藤という男とそっくりだった。ほうれい線の深く、眉間に深い皺のある白髪混じりの初老の男。


 ああぁあうぅぅぅ……


 彼は拳をつくり、大きくいくをはいた。そして——、無言でコアを殴り潰した。


 ギャ!


 という断末魔は非常に短かったが、ずっと彼の脳裏に焼き付くだろう。核は白い泡をたてて、そして全て弾けると遺るモノは何もなく完全に消滅した。


「最近のショゴスの食人行為も、コアにされた人間が保とうとするための生存行動か。こんな恐ろしいことをするのも。だな」


 伊藤は「この世の中は操られている!!」と支離滅裂なことを言い出し、メディア界から姿を消した。久遠寺がSNSで調べ物をしているときにそれを知ったのは、彼がその後行方不明になってからである。


 そしてあろうことかこのような体にされて、人間を貪り食っていた。生きるために食人を続けていたのだろう。久遠寺はゆっくり息を吐いた。まるで胸に抱えた様々な感情を出して、冷静さを保とうとしたのだろう。


「ショゴスと人間の合成か。恐ろしい時代になったもんだ」


 彼は俯き、人へならざるものへ冥福を祈った。

 

 

 


「遅かったなぁ、忍! 姉ちゃん嫌われたのかと思った、ぞ」


「ねえさ——、ミハルさん!! ちゃんとパジャマ着てくださいよ」


 久遠寺が帰宅したのは夜の1時。ネクロノミコンの力を樋野を何事もなく彼を家に帰らすために行使し、かなり時間がかかったのだ。


 久遠寺深遙クオンジミハルは風呂上がりで、湯気が立ち込めていたが、タンクトップ姿。


 しかも調、まだまだ多感な時期である忍は目線を反らせることに必死だった。


 忍はとてもと二人きりで住んでいる。


「キミも男の子だね、感心感心」


「ちゃんと服着てくださいよね。頼みますよぉ」


「何気にしてんのさ。あたし達はもうすでに家族でしょ。そんな水臭いことは言わないお約束よ」


 凛々しく、彼女は忍よりも身長が高く鍛え抜かれた素晴らしい肉体である。そのため少し腹筋もある。黒髪で、長いポニーテールが凛々しさをさらに強調させる。


「でさ、今日の投稿。なんなの? いいねが少なかったぞ!」


 時間もなく満月の写真を投稿したが、深遙は自身のスマホで、彼の投稿に落胆したコメントを見せつける。


「それに、何かあったみたいだな。姉ちゃんに隠しごと通そうだなんて無理だぞ」


「……バレた」


「あぁ?」


 久遠寺はリビングへ向かう途中先ほどの威勢は何処へやら、萎縮しまくりであった。


「ネクロノミコンのエネルギーが弱まって素顔がバレた。でも!深遙さんの忘却の方法使って記憶消したからやることはやったよ!!」


 息継ぎもなく一気に早口で状況を説明した。ここまで忍が動揺しているのをである深遙は眉を顰めだが、「ふううん」というと、突如忍の頭を撫で始めた。


「急にやめてくださいよ、心臓に悪い……」

 


「おじさん臭いことは言わねぇの!さすが、姉ちゃんが見込んだ子よ!! いい子いい子」


「やめてくれ、僕は16だぞ」


「でも、あの時初めて会ったのが10歳じゃん。あたしから見ればまだ6歳だよ!」


「どういう計算方法だよ!?」


「そんなことより、お風呂沸いてるよ、ってなんで姉ちゃんが学ラン脱がすのを、へ、キャ!」


 そこには血痕が黒く変色し穴があいたシャツがあらわになった。


「忍……。これって」


 深遙は言葉を失った。

「しくじったんだよ! これは僕の未熟さが原因なんだ。深遙ミハルさん……」


「へ!?」


「明日、学校もないし、きつい鍛錬メニュー出してくれないかな」


「いいけど、やめてよね……、マジで!? あんたがからね!」


 悲痛の表情を浮かべる深遙は言葉が震えていた。忍は小さく、


「ごめんなさい……」


「わかった……、もうあたしも、これ以上言わない。あんたは、ヒーロー、だもんね……。しっかり鍛えるから今日はちゃんと体癒すこと。いいね!?」


 深遙は自分に言い聞かすようなトーンだった。


 忍はゆっくりと深遙が準備してくれた風呂に、傷ついた体をゆっくり癒してた。


 みるみると赤い瘡蓋や切り傷、そして腹の大きな傷は癒えて元の美しいきめ細やかな肌へ戻った。


 彼は湯船の中で、足を伸ばしたり、自信お体をまじまじと眺めた。鍛え抜いた細く、脂肪も少ない美しい肉体は、闘うためだけにあ

る。


 ボディービルダーというより、ギリシア彫刻のような肉体を、ゆっくりと湯船に浸けて束の間の休息をとった。しかし、彼は改めて今日の非力さにため息をつく。


 遅めの晩御飯を食べた。今日は彼のためにと深遙が大きなハンバーグを作ってくれたが、先ほどの戦闘のせいか、ペロリと平らげた。


「忍、ゆっくり寝るんだよ……」


深遥ミハルさんこそだよ」


 彼女ちゃんとパジャマに着替えてはタコのぬいぐるみを抱えて、大きくあくびをした。


 解いた長い髪と同じように脱力した深遙は妹のような愛らしさがある。


 忍はまた恥ずかしそうに頬を赤らめたが、彼女は真っ先に2階の寝室へ向かった。


 久遠寺も同じようにリビングの電気を消すと、彼の自室へ入った。


 そして、彼は椅子に腰掛け、勉強机の上に修復した仮面と、渦巻くアンモナイト状のネクロノミコンを置いた。


 そして、彼はペトリ皿を取り出すと、卓上ライトの光に当てた。


 ちょうど樋野の記憶をいじった際のものだが、蒼い液体の中に、トパーズのような透き通ったものがあることに気づいた。


「樋野凪斗、彼は要注意人物だ」


 彼は顔を顰めた。その黄色いものが何を示しているのか、彼にも分からなかったが、


「何か嫌な予感がする」


 ペトリ皿に蓋をして、机の中にしまった。


 彼の自室は研究室のように、シリンダーやチューブが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。しかも災害時のブレーカーのようなサイズが大きいいものが置いてある。赤いランプや青いランプが光っている。


 忍はネクロノミコンをその機械から伸びるケーブルに刺した。充電しているのか一定間隔で石もゆっくり青く点滅する。


 その機械には「疾風派」の教団のマークが側面にプリントされている。


 しかも基盤などが出ており、元の機械に手を加えたようだ。


「これも、の置き土産か……」


 今日はあまりいいねがつかなかった、今日の投稿に対するコメントを見通した。そして、部屋の電気を消し、最後に卓上ライトを消し、ベッドに寝転がり、瞼を閉じた。


 次の闘いに備えて——。



 

 ラブクラフトは短い生涯の中、幻想で怪奇なクトゥルー神話を築き上げた。


 この物語はそのクトゥルー神話を破壊する物語である。

 

 第一章 完

 

 

 続ク——————————————

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る