1-10:「旅路の案内人と王女の覚悟」

「ところで。私はまだ貴方方を信用したわけではありませんの」


 気を取り直し。しかし未だに腕中で抱き寄せたクユリフの身を尻尾で舐り堪能しながら。エンペラルは芭文始め隊員各々へ向けてそんな言葉を発する。


「いつまでやってんの」


 エンペラルの行為にミューヘルマが突っ込む言葉を飛ばしたが、エンペラルは取り合わずに自身の言葉を続ける。


「指揮官様?貴方方がその最中であるという作戦とやら。濁されましたが、そここそ大事なのでは無くて?」

「っ!エンペラル……!」


 そしてダイレクトに言及するエンペラルの言葉。それにミューヘルマは今度は真剣な口調でその無礼を咎める。


「――いえ、そうですね」


 しかしそれに同意の言葉を示したのは芭文だ。


「安全保安上一度は伏せさせていただきましたが。ミューヘルマさんは助けを求める上で、リスクを承知でご自身の身分を明かし、可能な限りの対価を提供しようとした。それと対等であろうとするのなら、我々も情報を開示する必要がある」


 そしてそう己が考え判断を紡ぐ芭文。


「明かしましょう、皆さん。我々のこの車両編成は、現在ある〝装置〟を運んでいます。我々の目的はその装置を線路軌道の導く先、ミューヘルマさんの奥にであるミュロンクフォング王国の領地内に在るらしき、ある〝施設〟へ運び届ける事です――」



 芭文は一連の説明をできる限り簡潔に紡いだ。

 明かせば、ここで出てくるのがまた件の作業服と白衣の人物。

 日本と異世界とを紡ぐトンネルが出現すると同時に。自衛隊建設隊の車両基地の整備補給倉庫にはまた異質な装置が出現し置かれていた。数は7つ。

 そして作業服と白衣の人物と異質な空間で相対した人々が、また告げられた内容はこうだ。


 ガリバンデュル大帝国は『邪法』を見つけ、その影響で強大な力を手に入れ、侵略に乗り出したと言う。この力によっていずれは異世界を完全に支配下に置き、そしてこちらの宇宙、地球、日本にもその手を伸ばすだろうと。

 その作業服と白衣の人物が教え渡したのは、それを無力化する術。

 異世界には〝聖堂〟あるいは〝神殿〟などの名で呼ばれる施設建造物が各地に計7か所ある。この施設の特性を利用し、預けられた装置を運び設置、起動する事で、その大帝国の『邪法』を完全に消滅無力化することができるのだとか。

 そして異世界の地に敷かれた線路軌道は、その各地の聖堂に向けて続いていると言う。


 眉唾極まりない話ではあったが、異世界と繋がるという異常現象が現実に起こった今、無視もできず。

 各地へ建設隊の編制隊、装甲列車が装置を乗せて発し向けられたのであった。



「……聖堂……それが、ハフミ様方の目的……」

「なんだか、胡散臭さを多分に感じる話ですわね」


 芭文より一連の説明、自衛隊の目的を聞き受け。ミューヘルマは小さくそれを反芻するように紡ぎ、エンペラルは訝しむ色を隠す事無く浮かべてそんな言葉を零す。


「漠然としたお話で申し訳ありません。これにあっては、我々も未確認の部分が多いのです」


 それに対して、芭文は説明と合わせての詫びる言葉を紡ぎ返す。


「芭文三佐」


 そこへ。無線機器に向かい合っていた祀が、芭文に呼びかける声を掛ける。


「来たか?」


 ここまでの一連の内容は群本部及び建設隊司令部に打電され。芭文の説明の間にいくらかの時間が経っていた。その間に司令部は決定を下し、そこからの指示指令が返されて来たのだ。


「はい。群本部経由で司令部から認可、および行動指令来ました。――《第701編制隊は当初の作戦計画を継続し目的地へ進行、合わせて保護要の該当国家地域へ先行調査向かへ》――です」


 返し聞いた芭文に、祀はそのような内容の指令文章であるそれを告げる。

 それはミューヘルマの救援要請が司令部に受領され、それに対する救援行動が決定された事。また、それに伴う第701編制隊への任務行動を指示するものであった。


「受け取った――ミューヘルマさん、司令部より行動が認可されました」

「ほ……本当ですか……!」


 芭文の伝えた言葉に、ミューヘルマは先以上の驚きの色で発する。


「はい。我々は、今よりあなたのお国を救うために行動を開始します」


 それに芭文は、また確たる意思を込めた色で答えた。


「ぁぁ……感謝を……!芭文様、皆様、我が国の代表として感謝を申し上げます……っ!」


 それにミューヘルマは、まるで感涙の域で祈りを捧げるかのように。隊員各々へ向けてそんな感謝の言葉を紡いだ。


「三佐。合わせて、12旅の12ヘリ隊からミューヘルマさん達の迎えが準備中との連絡です。第1戦闘ヘリコプター隊のアパッチ一機を護衛に伴い、こちらへ発するそうです」

「了解――ミューヘルマさん、合わせてですが。ミューへルマさん達お三方には我々の基地へ移動していただきたく思います」


 そんなミューへルマへ。祀から続けての報告を受け取った芭文が、さらに伝える言葉を紡いだのは直後。


「……え?」


 しかしそれには。ミューヘルマは思いがけない事を聞いた様子で、そんな呆けた声を発し返した。


「ヘリコプター――いえ、飛行する乗り物が迎えとしてこちらに来て合流します。それに移乗し、安全な所まで避難してもらいたいです」


 それを気付いてか否か、芭文は続けての詳細を伝える台詞を紡ぐ。


「空を?」

「飛竜か鳥獣か何かですの?」


 それにクユリフとエンペラルにあっては、不思議そうな及び訝しむ色でそれぞれ一言を零す。


「えっと……あ、あの……!」


 しかしミューヘルマが、何か思うところある様子で、また声を張ったのはその次だ。


「?、どうかされましたか?」

「いえ、あの……また厚かましい事とは存じておりますが……私を、皆様と一緒に。この鋼鉄の要塞と一緒に同行させていただくことはできないのでしょうか……!?」


 そして尋ねた芭文に、そして隊員各員へ向けて。ミューヘルマは懇願にも似たそんな求める言葉を発し訴えた。


「ミューヘルマさんを……同行ですか?」


 しかし。


「あぁ」

「ッー……」


 芭文や、周りの寺院に祀等も。それを聞いた直後には、それまでに無かった難しく険しい顔を作った。


「ぁ……も、申し訳ありません!何かご気分を害される事を……!?」

「あぁ、いえ違います。誤解なさらないでくださいミューヘルマさん。そうではないんです」


 各々の反応を見たミューヘルマが臆した様子を見せ。芭文は少し慌てそれを弁明し誤解を解く言葉を紡ぐ。

 しかしその顔は難しいままだ。


「ミューヘルマさん、大変申し訳ないのですが、その要請を承諾する事は難しいです。これは、押しつけがましい事と承知していますが、あなたの身の安全を懸念しての事です」


 そして芭文は説明の言葉を紡ぐ。


「我々としては、保護したミューヘルマさん達には安全な場所へ避難していただきたいと言う要望があります。いえ、これは我々の義務と言ってもいい。ましてあなたは国の要人、そしてこれから向かう先は、聞く限りは戦いと混乱の最中です。そこへあなた達をお連れする事は、はっきり言ってしまえばできません」


 紡ぎ、そして最後に芭文ははっきりと告げて見せた。


「……」


 それに、ミューヘルマは一度俯き何かを考える様子を見せる。


「行きずりの最中に拾ったも同然のわたくし共に、そこまでのご配慮……皆様には感謝が尽きません」


 そして静かに紡ぎ感謝の意を伝え。しかし。


「ですが皆様、私から一つだけ……提供、と言えば言い過ぎですがお伝えする事があります。


 そしてミューヘルマはその顔を起こし、言葉を紡ぎ始める。


「皆様が目指されていると言う〝聖堂〟。それは我が国の領内にあります、〝凛音の聖堂〟の事でしょう」


 ミューヘルマが言及し始めたのは、第701編制隊の目指す施設、〝聖堂〟の所在に関わる事柄。


「聖堂は我が国の王室がその護りを預かっています。そして、聖堂はその立ち入りを封印魔法の結界により普段は封じております。これを解くことを可能とするのは私共、ミュロンクフォングの王族のみ……」


 ミューヘルマはそこまでの説明を紡ぎ切ると、一度一呼吸を置き。


「私を同行させることは、皆様にとってもその目的の阻害要因を排する利があると見ます……」


 合わせて付け加える一言を静かな口調で添え、そして。


「皆様……ご無礼と傲慢を承知の上で申し上げます。……私は卑しくも王女の立場を頂く身。それが国が、民達が帝国の魔の手に侵されているというのにそこに共にあらずして、何が王族でしょうか!」


 次にはその顔を起こし、続く言葉をこれまでとは反した強いそれで発した。


「こんな木っ端の小娘が、それも一度は逃げ出した臆病者が何を戯言をと思われるでしょう……ですが、やはり国に戻る事こそこの私の義務と考えております!これこそ一番のご無礼厚顔とは重々承知の上。芭文様、皆様、どうかこの願い、お聞き届け願いませんでしょうかっ!」


 さらに続け畳みかけるように、芭文始め隊員各員へ伝え訴えかける言葉を紡ぎ発したミューへルマ。

 その顔には、彼女の提示できる、伝えられる全ての手札を吐き出し切ったという色が。

 そして何より、ここまでの少し怯えた姿の少女の様子を消し。その顔には、その姿には。義務と責を負い、それを果たさんとする者の覚悟の色と姿勢があった。

 指揮所内に、一瞬の沈黙が訪れる。


「……貴方方。もしも封印を解く術を持たないまま、聖堂にたどり着いた場合はどうするつもりですの?」


 それを破ったのはエンペラル。彼女は探るような色でそんな問いかけを隊員等に向ける。


「いかなる手段をもってしても、突き崩し押し通すつもりだ」


 それに、回答を紡いだのは会生だ。

 そしてそれは、いかなる手段も辞さず任務を完遂する意思を告げるもの。


「っ……」


 また少し威圧感あるそれに、ミューヘルマはその真剣な顔こそなんとか保つも、若干のその身を固くする。


「会生ッ」


 それに芭文が、こちらもまた少し圧を込めた声で、振り向いて会生に咎め注意する言葉を飛ばす。

 しかし会生は気に留める様子も無く、まっすぐミューヘルマをと視線を合わせている。

 そして次に紡がれる言葉がそこでまた切れ。指揮所内に、また静寂沈黙が訪れる。


「――いいじゃないか」


 それを割る様に。何か透る高い声で、そんな言葉が飛び込み聞こえたのはその時であった。

 それは指揮所内に今いる各々とはまた別。指揮所空間から伸びる通路の奥より届いたもの。


「ッ?」


 芭文を筆頭に、その場の全ての者が声を辿り、通路の奥へと視線を向ける。その向こうのデッキ空間より、歩み来る二つの人影が見えた。

 それはそれぞれ反する、少し小柄な姿と、あまりにも大きな姿。


 内の一つ。ただでさえ狭い指揮車輛内の通路を、苦労する様子で抜けて来るあまりにも大きな姿体。その身長は有に2mを越え、宿った強靭な筋肉体躯がありありと分かり見える。

 そして一際目を引くは、顔から体までその全身を緑色で染める肌色。さらに人とは少し造形の異なる厳つい顔。

 そしてその体に合わせて誂えられた、実用性重視の軽防具を伴う服を纏っている。

 それはこの異世界で、オークと呼ばれる亜人の種族の男性であった。


 そしてもう一人。そのオークとはまるで異なる、少し小柄な人物がその後ろに見える。

 その人物にあっては肌色容姿は人間のそれ。

 それも、切り揃えられた黒く麗美な長い髪に飾られ。その元に色白の小顔が映え、釣り上がった目尻の目元が主張する、それはそれは可憐な美少女。

 ――いや、違った。

 その可憐な人物の体を見れば、そこにあるは細く華奢ながらも少し角ばった固さを主張する身体。

 その身は競泳水着を思わせる特異なスーツに纏い覆われ、その胸元は三角形状に切り欠かれ露出し、そこから仄かな胸筋が作る谷間が覗き。その体は妖しい魅力と色気を醸し出している。

 ニーソックスや長手袋を履き覆われる手足もまた細くも角ばったそれ。

 可憐なその人物の、しかし性別は男性であった。

 その美少女改め美少年は、肩には短いローブを纏い。競泳水着のようなスーツの腰回りには、丈の短いスカート状の覆いが飾っている。

 極めつけにその頭には、『魔女』を表すお手本のようなトンガリ帽子がある。

 まさに何かの魔女、いや魔法使いのキャラクターのような風体の美少年であった。


「すまない、遅くなった」

「旅路にクォース・ダークエルフの姫君が加わるのも、また何かの運命だろう」


 その現れた二名は通路を抜け来て並び立つと。

 オークの男性はその特有の重低音の声で、しかし反した流量な言葉づかいで詫びる言葉を紡ぎ。

 美少年にあってはそんな語り紡ぐ台詞を、透る声色で寄こして見せた。


「ストゥルさん、レーシェクトさん」


 それに芭文は振り向き、二人のそれぞれのものであろう名前を口にする。


「あら、私たちの世界の同胞(はらから)ですわね」


 続け、二人の姿を見止めそう発したのはエンペラル。

 彼女の言葉通り、そして自衛隊員とは明らかに異なるその姿容姿から見て取れるように。そのオークと美少年の二人はこの異世界の民であった。


「お初にお目にかかります、ミュロンクフォングの王女殿下始めお三方。ボクはルフォイン公国、クユンレウン領都の民にして魔法使い。レーシェクト・クエル・ティテルヘニア、お見知りおきを」


 内の美少年が、丁寧な。と言うよりもいささか芝居がかったような台詞立ち振る舞いで、そんな自己紹介と挨拶の言葉をミューヘルマ達に向ける。


「同じく公国領都の、都警(とけい)員をやってるストゥル・アイダペンダートです」


 続けオークの彼は、反した礼節を重んじる姿勢ながらもシンプルなそれで。己の身分を名乗り告げて見せた。


「お二人は、我々に案内助言人としてご協力をしていただいている方々です。最初の接触以来お世話になっていまして、今回の作戦行程にも我々からの要請で同行していただいております――」

 そして芭文は、二人の今の身の上状況を説明紹介。さらに言葉を続ける。



 二つの世界を繋いだトンネルを抜けての、この異世界への最初の一歩を踏んだのは自衛隊の建設隊幹部であったが。――実はその幹部隊員こそ、その時に急遽調査隊の長を務める事となった芭文なのであった。

 そしてその芭文とファーストコンタクトを果たしたのが。そこへ箒に跨り飛んで通りがかった、美少年魔法使いのレーシェクトなのであった。

 そして次に接触したのが、近隣に存在したコミュニティ――ルフォイン公国という国の一領地、その中心であるクユンレウン領都だ。

 そこは人間と多種の魔者魔族亜人が混在して住まい栄える地であり。

 オークのストゥルにあってはその警察ないし自警団組織である〝都警隊〟の一部隊の隊長であった。

 そして最初及び初期段階以来、レーシェクトとストゥルの両名は自衛隊に各面で協力している身なのであった。

 そんな二名と自衛隊の関係敬意を芭文は、時折二人の補足も挟みつつ、掻い摘んで説明して見せた。



「――でだ、ハフミ殿。貴方方は、すでにこうしてボク達を同行させているじゃないか。それに、驕るつもりはないけどボクも一応は爵位を頂く身の上。そこにまた王女様方が旅路の同胞として加わる事は、そこまで難しいことだろうか?」


 それが一段落した所で、レーシェクトは先の一声の続きを。ミューヘルマの同行を希望する意思を、後押しする言葉を紡いで見せた。


「レーシェクトさん、いえそれは……」


 しかしそれを受けた芭文は、その顔を少し顰め渋い顔色を作る。

 詳細の所を言えば。自衛隊は確かに装甲列車編制の各地への発出に当たって、その地域事情の知識情報を有する異世界の人々を、案内助言を提供する同行者として募った。

 しかし。その条件は軍人警察に値する、心得を有する役職の者という前提が在った。

 その志願者かつ該当者の一人であり、第701編制隊に同行する事となったのがオークの都警員であるストゥルであったのだが。

 その彼の友人であることも一因とし。そして何より接触以来自衛隊の存在行動に強い興味をもったためか、今回〝勝手〟に着いて来たのがレーシェクトなのであった。

 自衛隊側は当然、自分等の目指す先が動乱の地である情報から危険性を説き、レーシェクトには期間を求めたが。

 レーシェクトは持ち前の舌先三寸で説得のようなそれを紡ぎ説き。少し芭文等を、そして司令部をウンザリさせる形で承諾を取り。戦闘行動等発生時には安全な場所への避難待機の厳守を条件に、現在少し無理やりな形で第701編制隊に同行している身なのであった。

 もっとも先の戦闘でもレーシェクトは前に出て行き魔法で戦い舞う姿を見せ、それはまるで守られていなかったが。


「同行してもらうのはストゥルの兄ちゃんだけで良かったんだが」


 その旨を突っ込む言葉を、寺院が呆れた色を隠さぬ言葉で紡ぐ。

 その近くではストゥルが、おそらくレーシェクトの〝そういう〟気質に覚えがあるのだろう。友人の美少年を庇い盾する事も無く、そのオーク特有の厳つい顔に、しかし困ったような渋い様子を浮かべている。


「それにね、ハフミ殿。時に思い違いをされるが、王女とは何も硝子細工のように唯飾られそこにあるばかりではないよ」


 しかしそんな言葉視線はどこ吹く風と、レーシェクトは言葉を続ける。


「今に王女殿下が申された通り、王族には王族の責と義務がある。殿下のお国が帝国の魔の手に堕ち、しかし殿下がそれを逃れ残された身であるのならば。殿下はお国に残されたの希望にして御旗。失礼ながら異界の軍である貴方方に全てを委ねてしまう事は、矜持あるならば認められない。そして殿下にはその矜持と覚悟がおありのようだ」


 その伝え紡ぐ言葉に合わせて、レーシェクトはミューヘルマへ視線を送る。ミューへルマは唐突に現れた人物による己が心情考えの代弁に少し驚いていたが、次にはその顔を毅然としたものに取り直し、紡がれた説明が自分の抱くものと相違ない事を態度で示す。


「さて。王女殿下の背負う物の存在、その責と義務を鑑みた上で。貴方方ジエイタイはいかなる決定を下すんだい?」


 そして問いかけられるレーシェクトの言葉。それはミューヘルマの背を後押しするものながらも、ただ純粋に自衛隊のその選択を興味深く観察する色のそれ。


「――我々が第一に考えるは、救助保護した方の身の安全です」


 それを受けた芭文は。また確たる意思の表情で、静かに言葉を紡ぎ出す。


「我々組織の行動指針の上で、最優先案件とされる一つ。それを完遂するためならば、時にお立場の抱えるそれを切り捨てていただく要請も辞さない」


 さらに、芭文は冷酷とも取れる色と言葉で告げる。

 それにミューヘルマは少し身を固くし。レーシェクトは責めるでも無く、「ほう」とそれもまた選択だとでも評すように、再び興味深げに言葉を零す。


「ですが――我々も武を携える者。ミューヘルマさんの立場からの確たるお覚悟、それを蔑ろにすることもまた、決して良しとする身ではありません」

「……!」


 しかし。続け告げられた言葉に、そして芭文の言葉のその色にわずかだが柔らかさを見たミューヘルマは。その内の意思に気付き目を見開く。


「我々は大きな組織、申し訳なく私も大変に歯がゆく思いますが、上に一度上げて慎重な判断の上で決定させていただきます。お約束できるのは――私の立場からはミューヘルマさんの意思を尊重し、上を説くべく尽くさせていただくことだけです」


 そして芭文が紡いだのは、己ができる限りを詫びると同時に伝える台詞。

 いやしかし、それは返せば芭文個人にあっては。ミューヘルマの意思懇願を受け入れ、最善の尽くすことを約束するものであった。


「ハフミさま……!」

「まだご期待は高く持たないでください、私は幹部と言えど末端に過ぎません――二尉、再度群本部に連絡を」


 ミューヘルマの希望が開けた事に気付いての言葉に、対して芭文は釘を刺すようにそう静かに告げ。そして祀に指示の言葉を送る。


「ぁ……ありがとうございますっ!」


 しかしミューヘルマはそれに高らかなまでの声を、礼の言葉を紡ぎ。そしてバネ仕掛けのようにやりすぎなお辞儀をして見せた。



 それから。その内容案件から流石に今度は、群本部そして司令部からの返信にはいささかの時間を要したが。

 結論から言えば。ミューヘルマ達の第701編制隊への同行は、司令部より認可された。


「……良く許可が来ましたね」


 それを通信により受け取った祀は。その内容を芭文に伝えた後に、そんな言葉を少し難しい色で発する。


「事態終息後の、その国の再建に関わる所の配慮か。他に外交に関わる諸々もあるか――何にせよ群長、あの人が何かの企みを回してそうだな」


 それに対して芭文も思い当たる所は限られ。大雑把な考察を巡らせ、最期に己の直接の上司――第7建設群群長の男の姿を脳裏に浮かべる。


「何にせよ、我々は指令を遂行するまでだ」


 括る様に芭文は発すると。少しの間待たされていたミューヘルマにまた向き直り相対。


「ミューヘルマさん。司令部より、あなたの我が編制隊への同行が認可されました」

「!」


 そして煩わしい前置きなどは除いての、芭文の端的な結論を伝える言葉。それに、ミューヘルマはまた少しの驚きの色を作る。


「ただし条件として、その上では我々の指示案内に従い、安全を第一に行動していただきます。そして我々が危険と判断した場合には、回収部隊を要請して安全な後方へ直ちに避難退避していただきます。多々の窮屈を強いますが、あなたのご身分から絶対の安全保安を考えての事。これはお約束いただきます」


 芭文は続け、同行の上での条件。守ってもらう要項を並べ告げる。


「はい。この身の立場の特性、重々承知しております。すべてお従いいたします」


 それにミューヘルマも毅然とした態度で、その全てを受け入れる言葉を紡ぎ答える。


「ありがとうございます。それでは――」


 そこで芭文は一度言葉を切ると。


「――ミューヘルマ王女殿下。旅路の同胞として、あなたを歓迎いたします」


 そして、芭文はその顔に笑みを作り。ミューヘルマを迎える言葉を紡ぐ。


「――はい!」


 それにミューヘルマは、高く透る声で返した。

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