第二十二話 壮大なる自然の目覚め

 ダンジョン攻略から二週間ほど経ったある日、アナは朝食を済ませた後に図書館を訪れていた。


「最近は前よりも難しいものも読めるようになったんじゃない?」

 笑いながらマナリアがアナへと問いかける。

「確かに、簡単なミステリくらいなら読めるようになったから、そうかも。普段からマナリアが読み書きを教えてくれてるおかげだよ」

 その言葉にご満悦の様子を見せる。


「それは良かったわ」

 紅茶を一口運び、ふと思い出したように喋る。

「ところで、軍の者たちとは上手くやれているの?」

「どうしたの、急に」

 笑って魔女の方を見る。

「みんな優しい奴らだから、上手くやれてるとは思うよ。此間のダンジョンの時にも色々と世話になったし」

 アナの答えに、そう、と微笑む。


「給仕の奴ら……特にマカロンなんか、部屋によく遊びに来るんだよね。あいつ、ちゃんと働いてんのかわかんないや」

「マカロンは……まあ、あの子のダメな所が移っちゃった子だから」

 仕方ないのよねぇ……と呆れた顔をする。

「あの子って、ムルーム?」

 ええ、と返事をする。


 ムルーム、給仕部隊の祖である者。四天王の一人として度々名は出てくるが、アナはその姿を、まだ見たことが無かった。

「そっか、マカロンもムルームから生まれたんだっけ」

「ええ、リセたちとはまた違っているけれど、立派なムルームの子よ」


 違っているとは、おそらく分体かそうでないかの違いだろう。そんな思考がアナの頭に浮かぶ。その中で一つ、疑問があらわれた。

「ハーヴェから、部隊長たちは分体?って聞いてて、他は派生だって聞いてるんだけど、分体と派生ってどう違うの?」

「それは、分かれ方よ」

「分かれ方?」

 そう、と言ってマナリアはいつもアナに教えているような口調で話し始めた。


「派生の仕方については聞いたかしら?」

 うん、と返事。

「単為生殖とか、単為発生がどうとか言ってた」

「それなら話が早いわね。嚙み砕いて言うと、派生はムルームのコピーみたいなもの。これは分かるでしょう。ムルームから分かたれたのが部隊長たち、それ以外の子たちはムルームが作り出したってところね」

「うん……」

 と、少し考えまた疑問を投げる。

「じゃあ、派生は全員ムルームと同じってこと?みんな違う顔だったり体格だったりするけど……」


「それはムルームの趣味ね」

 趣味?と首をかしげる。


「自分と同じ顔じゃつまんないってね。あの子、一人一人をメイキングしているの。顔と体格を作って、自我を与えるだなんて、不思議な子よ」

「だからみんな、あんなに違うんだ……」

 知り合った給仕部隊の者たちを思い出す。面白いほどに個性的な面々に、アナは思わずクスリ、と笑った。


「楽しそうね」

 アナの笑顔を見て、つられて楽しそうに笑うマナリア。

「フフッ、ちょっと面白くって。いろんな話を聞いてるけど、やっぱり面白い奴なんだね。ムルームって」

「そうね。まあ少し自分勝手な気概もあるけれど、それもまた彼女の魅力なのよね」

 呆れた様子で言うマナリアに、アナはぽそりと呟いた。


「やっぱり会ってみたいなあ」

「私は反対だけれどね。竜種なんてあんな危ない奴ら」

 アナの首元から光が飛び出し、やがてポンッと姿を変える。

「フィーネ」


 アナに呼ばれた妖精は、アナに朝の挨拶をして図書館の管理者へと言葉を向ける。

「竜種、それも栄華竜なんて。私からしてみれば、危険そのものだわ」

「そんなに嫌わなくたっていいじゃない。それに貴女、昔は……」

 マナリアの言葉を遮るかのように、突如として大きな地震が起こる。城全体を倒壊させようかと感じられる程の大きな揺れに、アナは思わず座り込んで自身の身を守る。しかしその体勢とは裏腹に、図書館の本は微塵も動く様子を見せなかった。


「な、なに……!?」

「あら、今年は少し早いわね」

 動揺するアナをよそに少し弾んだ声を出す。


「早いって、何が!?」

 まだ落ち着かないながら疑問をぶつけるアナに、マナリアは落ち着くよう宥めた後に告げる。

「そうねぇ。行ってみた方が早いかも」

 そう言って、外庭に出るよう促した。





「な、なにあれ……」

 門から飛び出したアナは自身の目を疑った。外庭の中心部、集落から少し外れたところに大きな山が出来ている。

 本来、森があるはずの場所であるが、城のある山より少し低いほど隆起しており、森の原型は既に消失していた。高く、高くそびえる其れから、同様の地質をもった大地が長く、長く南北に伸びており、特に北側に伸びた方は太く、そうして城の方を向いていた。そこには顔があった。

 トカゲのような顔をしているが、気品の漂った美しい眼からは、麗しさの気を感じられる。


「あれが、地震の原因……?」

 そうよ、と後方から声がかかる。振り向くとマナリアが大きな水晶玉に乗ってアナの方へと近づいていた。

「あの竜こそが、この繫栄した外庭の管理者、四天王のいち……大いなる栄華竜。ムルーム、その者よ」

 アナはそれを聞いて息を呑んだ。あれが生物であるものか、と頭の中で否定する。しかし、その考えを正すかのように、山から南に伸びた土地は自由に振られ、風を切っている。それは尻尾だった。であれば、あの北に伸びたものはやはり首なのだろう。その存在をアナへと知らしめるかのように天に伸びをしていた。


「いつもよりも起きるのが早かったわぁ。まあ、元気ならそれでいいのだけれど」

「竜、あれが、竜……」

 あの巨大な存在が生物であるのなら、アタシはどれほど物を知らないのだろう。そんな考えがアナの頭を埋め尽くした時、天へと伸びた其れは城の方へと今一度首を向け、そうして大きく伸びていった。

 その巨大な首はアナたちを翳し陰で覆うと、山へと巻き付くように回り、やがて一点に目が来るよう止まった。


「なにしてるの、あれ」

「アルに挨拶してるんでしょうね。あの子、アルの事大好きだから」

 可笑しそうに笑うマナリアの方を、向くことなくアナは其れを見上げていた。

「こんなに大きな生き物が、居るんだ……」

 圧倒される、というのはこういう事を言うのだろう。その首は門から出て目に入った時から、常にアナの心を奪っていた。


 途端、大きな咆哮が上がる。何ものよりも大きな音で大気を震わし、アナは思わず耳を塞いだ、が、どうやら耳は無事のようだ。かすかな物音はあまり聞こえない。ただ大きな音は聞こえている。

「え、耳がやられた……?」

(違うわよ~)

 アナの耳に聞き馴染みのある声が響く。内側から聞こえるようなそれに不思議な感覚を覚えながらマナリアの方を見ると、少し笑っていた。

(私の魔法で耳を防護したわ。軍の者たちはあの子が起きた時の対処法を知っているから心配ないけれど、あなたは違うものね。聞こえているのも魔法よ、私の声を直接あなたの頭に送っているわ)

 口パクしながら説明した後に目くばせをする。


「なんかよく分かんないけど、ありがと」

 アナが礼を言うと同時に、また一つ大きな咆哮が上がり、そしてその竜が身体を振るわせ始めた。

「え、ど、どうしたの!?」

(アナ、私の近くに居なさい。少し危ないから)

 手招きをしてアナを傍らに寄せた後、魔方陣を足元に展開すると、水色の光が半球状に広がり、二人を包み込んでいった。


「これ何……うわっ!!」

 上から岩肌や樹木が落ちてくる。アナは身をかがめ防ごうとしたが、水色の光にそれが触れると霧散した。

(大丈夫よ、アナ。この中なら当たらないから)

「そう、なんだ…よかった……」

 大きすぎるそれに心をやるのが疲れたのか、アナは返事に気力がなくなっていた。岩や樹はパラパラと音を立てて崩れ去っていく。

「やっぱり危険じゃないのよ!!」

 怒った様子のフィーネをよそに、アナはなぜ急にそれが落ちてきたのかを考えていたが、その疑問も山の方を見ると解消された。


「……縮んでる?」

 竜の身体と思しき山はずるずると首に向けて縮んでいた。それほどの時間もかけずにその体躯はうねりを見せ、そうして首の先まで小さくなってしまった。

「あれ、って……」

 縮み切った竜は人の子の形を成し、窓の淵に立ち、魔王と一言二言交わした様子を見せた後、アナへと一瞥をし、書斎へと消えていった。アナはその笑顔に思わず見とれていた。


「では、向かいましょうか」

 魔法を解くと門の方へ向かっていくマナリア。

「どこに行くの?」

 問いかけるアナにキョトンとした顔を見せる。

「どこって、書斎に決まってるじゃない」





 マナリアの後についてきたアナは、書斎へと赴いた。

「……ちょっと、アナ、先に入っていいわよ」

 何やら怪訝そうな表情を浮かべるマナリアに促され、半ば怪しみながらもアナが扉を開くと、


「どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!!!!!!!!!」


 大きな声を上げながら、勢いよく何かがアナの体へと飛んでぶつかった。

「ぐはぁ!!!」

 急なことにアナは受け身の体勢を構えることが出来ずに、その勢いに押され対面のガラス戸へと叩きつけられた。


「わっほーい!!マナリア姉ちゃ、おっはよ~う!!!!」

 飛び込んできた何かは笑顔で起き上がり、挨拶をするも、自分の下に居る痛がっている者が、見知らぬ顔であることに困惑を見せる。

「あっれぇ!?マナリア姉ちゃじゃ、ない!?!?!?」


「ハァ……こんなことだろうと思った」

 呆れた様子のマナリアが歩み寄り、その者へと顔を翳すと、満面の笑みを相手へと向けた。

「ああ!!マナリア姉ちゃ~!!!!おっはよ~う!!!!」

「おはよう、とりあえず退いてあげなさい」

 その言葉で下のアナを思い出した様子を見せ、

「あ!!ごめんなさい!!!」

 と、大きな声で飛び出した。


「うぅ……」

 腹に突っ込まれたからか、まだ腰に痛みが残るアナが唸り声を上げる。

「大丈夫かしら」

 少し笑いながらマナリアが心配の様子を見せる。

「分かっててアタシにやらせたんでしょ!!ひどい!!」

「ふふ、ごめんなさいね」

 うー、と吠えて怒るアナに笑いながら詫びを入れる。


「それで、この子は……もしかして……」

 自慢げな様子でアナの方を見ている幼女に目を向ける。

「ええ、そうよ。彼女が」

「待って待ってぇ~!!!!」

 幼女がマナリアの言葉を制止する。


「自己紹介くらい、自分でさせて!!!」

 ものすごく大きな声に、アナは圧される。

「そうね、じゃあお願い」

 宥めるように語りかけ、そうして促した。


 コホン、と一つ息をつく。

「私こそ!この北国アガピトスにおける、四天王の一にして!!最高の栄華竜!!!ムルーム・ヴァーミリオンだぁ~!!!!!!」

 ノータイムの音圧が城中へと響き渡り、いくつか窓ガラスの割れる音が微かに聞こえてきた。


「崇めなくていいよ!若き少女!!仲良くしよ!!」

 屈託のない笑顔をアナの方へと向ける。その眩しさは、真正面から受けると思わず目が眩んでしまうほどだった。

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