第十五話 勇気への呼応
アナと逸れたアゼットたちは、罠を搔い潜りながら手慣れたように先へと足を進めていた。
「にしても、結構広いな~…このダンジョン」
「そうね、まあそれだけ古いということ…」
急にミルコが言葉を止めて制止を促す。
「…何かいる」
全員が最警戒態勢を取る。ミルコの言う何かは、彼らの目には映っていないが、ミルコが制止させたという事実が、そうするに値する情報だった。
「触れられるか…?」
「やってる…人型、魔力はかなり多いね、たぶん人間だ」
「先に入られてたのか…技術開発でも見抜けないカモフラージュとは、かなり注意が必要だな…」
アゼットが全体にハンドサインで前進を促すと、音を立てずに進み始めた。
「もう少し先、開けたところが岩の隙間から見えるはず」
「見えた、あれか…?」
アゼットが確認した先には、一人の人間らしき者が立っていた。
背丈は男にしては小さく、女にしては大きい方で、白いローブを羽織り深くフードを被って顔も体格も確認しづらい。ただ、少しだけ覗かせる手から肌は白いという事くらいしか分からない。
「…分かんねえな」
「そうね、でも…」
一層息を潜めて口を開く。
「たぶん、気づいてる」
アゼットは目を見張った。と同時に、総員に退避準備のハンドサインを送る。
「…どう出るか」
対象を見据える。動く気配もない其れは、どうにも不気味な雰囲気を放ちながらも立ち尽くしているだけだった。
ふと、小さく風が頬を撫でた。入口が一つしかない、殆ど外界と隔絶されたこの空間に、風が吹いたのだ。アゼットはその違和感を直ぐに察知したが、その一瞬が少し遅かった。振り返った時には、部隊は皆倒れていた。
「…な、なんだと」
そこには先程のローブの者が立っていた。
「君たち、どこの人?」
まるで死人のように生気の無い顔を覗かせ笑顔でアゼットとミルコに語り掛ける。その顔を見て、思わず目を見張った。
「…言う気はないな」
そう、と気にも留めない様子で二人に笑っている。
「こっちからも質問良いか?」
「もちろん、話し合いは大切だからね。そう教わってる」
「なんで、手を出した?」
「別に殺しちゃいないさ、話がしたいのは君たちだけだから、少し寝てもらっただけだよ。気に障ったかい?」
「…いや、不意を突かれて倒されて、それを非道だと貶すほど堕ちているつもりもねえよ。俺たちゃ戦闘やってんだ、文句なんかねえさ…ただ、理由が知りたくてな」
笑っている。
「もう一つ、お前は何者なんだ?」
目を見張ったまま笑っている。その顔がとても不気味で、それでいて狂おしいほどに優しい雰囲気を醸していた。
「何者、かあ。何者って言ったらいいんだろう」
考える素振りを見せた後、閃いたような顔をした。
「僕はヒラルス。何と呼んでくれても構わないよ」
「ヒラルス…お前、どっから来たんだ…?」
アゼットは警戒を解かないまま、質問を続ける。
「どこから、うーん。君たちの知らない所かな?」
「ふざけているのか?」
いいや、と肩をすくめておどける。
「まあ、どうでもいいんじゃない?というよりも、君たちも先を急がないといけないだろう?ほら」
と、ヒラルスが合図をしたかのように、ズズウン…と重い音が迷宮を揺らす。
「なんだ…!?」
「さっき、奥の方の扉に岩の子が居たからね、それが動いたんだと思うよ」
「岩の子…?」
アゼットは首をかしげる。
「君たちが狙うお宝を守ってるみたいだね、だれか、着いたんじゃない?」
そう言われてふと気がつく。
「お前の仲間か…!」
「違う違う、君たちと逸れた子がいるでしょ」
はっ、と呆気にとられる。
「なんで、アナのこと知ってんだ…?」
その言葉には答えることなく、静かに笑みを浮かべていた。
「何する気だ…!?」
「何でも、其れより急いだ方が良いよ。あの子、たぶん岩の子に勝てないだろうからさ。死んだらまずいでしょ?」
途端、不意を突きアゼットが魔力を纏わせた槍を初動無しで投げつける。しかし其れは空を切って対象に当たることは無かった。
「っ…!?」
「危ないじゃないか~、まあ、もう用は済んだし気をつけて帰ってね~」
どこからともなく声が響く。その姿を、再び捉える事はできない。アゼットとミルコはすぐさま部隊を起こし、最終地点へ向かった。
「避けて!ガルフ!!」
アナの声に反応してガルフが岩場を駆けていく。それを追って岩石種が振り上げた拳を下ろすと、激しい音と土煙が空間に広がった。
ガルフの上で常に集中を途切れさせず敵を見据える。
「こっちですよっ!!」
アナたちから注意を逸らさせるように、ディミが拳銃を撃ちつける。肩の岩に当たった弾がガキン、と音を立てて、それに反応した岩石種がディミの方へと向きを変える。
「速さで勝てると思わないでくださいね」
視線を取ったことを確認して足元へと跳び、凄まじい速度で攻撃をさせないように駆け回って銃を撃つ。
「速い…」
アナは一瞬、呆気にとられたものの、気を取り直して精霊に魔素を与える。構えた剣が淡い翡翠色に輝きだし、やがて風に包まれる。
「いくよ、ガルフ。あいつの肩を目指して!!」
キュー、と鳴き、全速力で駆け、岩場を器用に跳び渡り、岩石種の身体を上っていく。肩の位置まで来るとガルフから飛び立ち勢いのまま剣を斬りつけた。
「グオオオオオ!!!!」
左腕が崩れ落ち、大きな雄叫びが上がる。
「まだ…!!」
剣を振りかざし、岩の裂け目に連撃を放つと、左半分の岩が崩れ出す。岩石種の動きが鈍くなり、やがて停止した。
「やった!!!…って、わあぁあ!!」
崩落する岩に紛れてバランスを崩したアナも落ちていく。ガルフがアナを咥えてその位置から俊敏に逃げる。
「ありがと!ガルフ!」
キュー、と返事。その場にディミが飛び去って後退る。
「中々にお強いですね、アナ様」
「いや~、ガルフのおかげだよ」
照れた様子で頬を掻く。同時に集中の反動が身体に現れ、ガルフの身体に埋まるようへたり込む。
「ふふ、部屋の探索は休んでからにしますか?」
「…そうだねぇ~」
力なく答える。一種の柔らかな雰囲気が流れる。しかし、それは直ぐに消え去ることになった。岩石種の崩れ去った岩から、禍々しくも荒んだ黒いオーラが溢れ出していたのだ。
「な、なにあれ…!?」
「…さあ、分かりませんが…おそらくまだ来ますね」
そのオーラが自律的に動き出し、斬り落ちた身体を拾い上げるともう一度繋ぎ留めていく。そうして溢れ出したままに岩石種はまたアナたちヘ向かってきた。
「…きた!!」
アナの号令で散開する。
「こっちに…なっ!?」
ディミの方に狙いを定めて拳を勢いよく振り抜く。先程よりも数段速いその拳にディミは捉えられてしまう。
「ぐっ…あ…!!」
激しく振り抜かれた拳に打ち付けられ、壁へと飛ばされる。壁はめり込み、ディミは喀血する。
「ディミ!」
注意を逸らしたアナを逃さずに、さらに拳が振り抜かれる。
「あ、ぶない…!」
ガルフが背を逸らすようにしてアナを庇って拳を受け止める。しかし、勢いそのままにアナと共に吹き飛ばされてしまう。飛んで行った先には大きな扉があり、打ち付けられると同時に衝撃で扉が崩れ去り、内部に転がされる。
「…う、あ…」
中には金銀財宝が転がっている。山のように積み上げられたその財宝たちに、アナとガルフは勢いよくぶつかった。ガルフが受け止めたとはいえ、アナにも相応のダメージが入る。骨は軋み、身体に鈍痛が走る。山から落ち、地面に打ち伏す。
「ガルフ…!!」
目の前に元のサイズへと戻ったガルフが転がっていた。身体は傷だらけで、小さく息だけが聞こえてくる。
「あ、ああ…」
抱えて涙が頬を伝う。集中の反動と、先程の一撃による痛みで、もう動くことが出来ない。岩石種はその巨躯をアナへと向け、ズシン、ズシンと歩みを進める。
「こっちだって、言ってんでしょ!!」
銃声が鳴る。ディミが満身創痍ながらに岩石種の注意を引く。
「ディミ!!逃げて!!」
アナの声が届くよりも早く、拳に打ちつけられるディミ。そうして岩場へと飛ばされ倒れてしまった。
「…そん、な」
目の前の惨状で、アナに昔の記憶がフラッシュバックする。施設に居た頃、戦闘の訓練の際に、眼前の訓練兵が次々と倒れていく様。非力な自分は泣くことしかできずに、
「ッハァ…ッハァ…!!」
上手く息が出来ずに膝を折る。剣を握ることも、立つことすらもできない。彼女の心は、殆ど壊れてしまう寸前であった。
途端、彼女の前に一筋の光が現れる。淡く、小さく光る翡翠色の其れは、アナへと己を主張するかのようだった。
「…あんた、微精霊…?」
点滅で答える。そうして身体を動かしてアナを鼓舞しようとする。
「あ、アタシには、もう、何もできないよ…」
そんなことはないと言わんばかりにガルフへと近づき、身体を回転させ主張すると、立て続けにディミの居る方に目を向けるよう飛び、また主張する。
「アタシが、やらなきゃ、って…こと…?」
点滅で返す。
「でも、アタシには…」
言葉を遮るように一際大きく光を放つ。微細ながらも、それは気高く、そうして大きく自分を見せていた。
「あんたが、いるって、こと?」
点滅で返す。
「…そうだね、うん…そうだよね」
アナも、肯きで返す。
「覚悟を決める。結局、アタシがやらなきゃみんな死ぬんだ」
「何も出来なくたって、立ち向かわない理由にはならない…!!」
痛みを我慢して、震えながら身体を立たせる。限界を迎えていようとも、動けなくなったそこから、もう一つ。二の足で地面を踏みしめ、目の前にいる敵へと剣を突きつけた。
「アタシが、助けるんだ!!!」
アナの叫びに呼応するかのように微精霊が大きく光り出し、そうしてその部屋中を翡翠色の光で包み込んでいった。アナも岩石種も、その眩しさに目を瞑る。
光が収まりアナが目を開けると、そこには人の姿をした小さき者が飛んでいた。
「え…」
アナは思わず呆気にとられ、小さく声を漏らした。
「んぅ~!!!良く寝たぁ~!!!」
大きく伸びをすると、
「アナ!さあ、あいつを倒すわよ!!」
アナの肩の上に飛ぶと、指をさして対象を見据える。
「いや、誰!?!?」
当然の疑問が口から飛び出した。
「あら、この姿では初めましてかしら。どうも、私は貴女に付いていた微精霊よ。貴女の想いを受け取って、覚醒を果たしたの」
「微精霊って、あの!?」
小さな光のようなものを想起する。
「そう、そうよ。私も、貴女の力になりたいと思ったから」
「それはありがたいけど…って、危ない!」
眩しさに目が眩みながら岩石種が岩を飛ばしてくる。アナの声よりも先に、強い風が吹き岩を風化させる。
「え、なに!?」
「詳しい説明はまた後でしてあげるわ。とりあえずあのうるさいのをさっさと片付けてしまいましょう。私も長くは出ていられないし」
急に真面目な顔をする。どうにもやりにくい奴だと感じる。
「わかった、えーと…」
「どうしたの?」
「その、なんて呼べばいいかな…」
困ったような顔で問うアナに、思わず笑う。
「確かにそうね!名前なんて無いようなものだし、アナが決めてくれない?その方が私もとっても嬉しいわ!」
笑顔で返す妖精。
「…じゃあ、フィーネとか?」
おずおずと提案をするアナをよそに、少し考える様子を見せる。
「…いいわ!とってもいい!!貴女、素敵ね!!」
真正面からの褒め殺しに照れるアナ。照れ隠しをするように話題を戻す。
「うん、決まったことだし、行くよ!フィーネ!!」
対象を見定める。岩を飛ばしてきていた岩石種は、ようやく目が慣れた様子で、既に攻撃方法をシフトさせ、こちらへと突進してきていた。
「もちろん!風の精霊の力…その目に焼き付けなさい!!」
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