第5話(3)
電話をしてから走ってきたのか、美嶋は肩を上下に揺らして息をしていた。
「……君たち。僕の親友に何をしてるのかな?」
美嶋はドスの利いた声でそう言いながら、男たちを睨みつける。
男たちは突然の美嶋の乱入に驚きを見せていたが、美嶋の容姿――特に胸のふくらみを見るや否やニヤリと笑みを浮かべた。
金髪の方に関してはサングラス越しからでも分かるくらいに、美嶋の胸部を直視している。
「そんなに怒らないでよ。俺たちは彼女に少しお話しないかって聞いてただけなんだよ」
「お姉さんも一緒にどおー?せっかくなんだからさ、俺たちと楽しいことしようぜー?」
「悪いけど、僕の大切な人を泣かせるような奴と一緒に遊ぶ気にはなれないよ。異性と遊びたいのなら、他を当たってくれ」
「そんなこと言わずに――」
「僕の言うことが理解できなかったのかな?さっさと僕たちの前から消えろって言ったんだ、このクソナンパども!」
美嶋の怒鳴り声に、強気だった男たちは遂にたじろいだ。
そして、逃げるようにこよりたちの前から離れ、人混みの中へと消えていった。
「行ったか。こより、もう大丈夫だよ」
「こ、こっち見ないで!」
「え……?」
振り返ろうとした美嶋に向かって、こよりは慌てて声を張り上げる。
けれど、美嶋がその言葉の意味を理解する時にはもう彼女は振り返ってしまっていた。
「こより……?」
美嶋が目にしたのは、頬を真っ赤に染め上げてトロンと緩んだ表情を浮かべるこよりの姿だった。
(見られてしまった……こんな顔……)
もともと燃え上がるように別を持った身体が羞恥でさらに熱を持つ。
その場から逃げ出したいという気持ちに駆られる。
しかし、ナンパ男たちから受けた恐怖の余韻か、こよりの足はうまく力が入らなかった。
「み、見ないで……」
震えた声でそう言いながら。こよりは両手で自分の顔を覆い隠す。
「何で隠すの?」
「だって、こんなの……親友に見せていい顔ではないでしょう?」
「……じゃあ、これならいいかな?」
そう言うと、美嶋は一呼吸置いた後にこう続けた。
「こより、好きだ。僕を君の恋人にしてほしい」
「え……?」
こよりは自分の耳を疑った。
(そんなわけない。だって、優には
心の中で何度もそう唱えながら、顔を覆う指の隙間から美嶋を見やる。
そして、こよりは言葉を失った。
優もまた、自分がしているものとまったく同じ表情を浮かべていたのだ。
「先生は?優が好きだった先生はもう好きではなくなったの?」
「もちろん先生も好きだよ。でも、先生と同じくらいでこよりのことが好きなんだ」
美嶋はゆっくりと顔を覆い隠すこよりの手を払いのけようとする。
こよりの手にはまったくと言っていいほど抵抗の気配はなく、恋慕に染まった顔がすぐに露わとなった。
「可愛い。可愛いよ、こより」
「や、やめて……私たちは親友よ……」
「違うよ。僕たちは今から恋人になるんだよ」
美嶋の指先がこよりの顎をクイッと持ち上げる。
そして、美嶋は顔をこよりの方へとゆっくりと近づけて――。
お互いの唇と唇を重ね合わせた。
その瞬間、こよりの残っていた理性がトロリと溶け出す。
「本当に嫌なら抵抗してくれていいんだよ?」
「ダメ……ダメよ……優……」
「理由は知らないけど、親友でいたいんだよね?なら、抵抗しないと」
そう挑発すると、再び唇を重ね合わせる美嶋。
今度は軽く触れ合うだけの甘いキスを何度も何度も繰り返す。
(もう何も考えられない……)
キスの気持ち良さでこよりの頭は真っ白になっていた。
もう何が正しいのか判断できなくなっていた。
「こより、もう親友なんて仮初の関係は使わなくていいんだよ。僕がいいって言ってるんだから、僕を恋人にしていいんだよ」
「違っ……私は親友のままが……」
「そもそも、僕たちは親友なんかじゃない。どう考えたって恋人以上の距離感だった」
「……」
「こよりは頭が良いから、お馬鹿な僕は君の罠に引っかかっちゃった。先生と同じくらいこよりなしではいられなくされちゃった」
「違っ……」
美嶋はこよりを胸の中へと抱き込む。
顔がたわわな胸の中にスッポリと埋まると、胸の谷間で蒸れて濃くなった甘酸っぱい匂いが鼻の中いっぱいに広がった。
(優の汗の匂い……頭がおかしくなる……)
身体の奥――下半身の奥が酷く熱を持ち始める。
美嶋の身体の感触を感じるだけで、身体にゾクゾクとした甘い痺れが広がっていく。
「こより、好きだよ。今は無理だけど、必ずこよりのことを一番に考える恋人になるから」
耳元で誘惑の言葉を囁かれる。
鈴の音のような澄んだ声がトロトロになった頭の中で何度も反響し続ける。
「もう我慢しなくていいんだよ。僕が全部受け止めてあげるからね」
こよりは頭の奥の方でカチリとスイッチの入ったような音が鳴ったのを聞いた。
「優……」
「何?」
「どこか、二人になれる場所へ連れて行って……」
*
美嶋に連れられてやって来たのは近くのホテルだった。
いわゆるラブホと呼ばれる類のホテルである。
美嶋がとった部屋はビジネスホテルのような――ベッドと浴室があるだけの極めて質素な部屋であった。
ビジネスホテルと違って、薄暗い部屋の中は妖艶な雰囲気が漂っている。
「案外、やってみるもんだね。僕の年齢言ったらすんなり入れちゃったよ。それにしてもすごいね。ラブホだよ。僕の初めて入ったよ」
美嶋はまるで遊園地にでも来たかのようにはしゃいでいる。
しかし、こよりに笑みを浮かべる余裕はない。
(私はどうしてあんなことを……)
こよりは一時の気持ちの昂ぶりとはいえ、「二人になりたい」と口走ってしまった自分を責めていた。
(優と恋人になることだけは絶対に避けないと……)
「……優、今すぐ出ましょう。ダメよ。高校生でこんなところ」
「何で?」
「悪いことだからよ」
「いまさら何を言ってるの?こよりがここに来たいって言ったんだよ」
美嶋の腕がするりとこよりの背中に回される。
そして、美嶋はそのままこよりの身体を抱き寄せると、こよりの唇を無理矢理奪った。
さっきとは違ってキスは荒々しい。
美嶋の指先がこよりの身体を這いずり回り、触れられた場所からピリピリと痺れるような感覚が広がっていく。
「優、ダメ……」
「ダメって言うわりには、抵抗する気がないみたいだけど。こよりは無理やりされる感じの方が好みなのかな?」
「違っ……違う……」
唇を貪られ、唇で口の中を滅茶苦茶にされ、服の中へと入ってきた指先で控え目な胸の先端を執拗に弄り回される。
(私の好きなところが全部攻められて……でも、おかしいわ……前はこんなにも気持ちよくなかったのに……!)
美嶋にセックスを教えたのは一条だ。
一条という女の身体をどう扱えばいいのかは、当然すべて教えていた。
だが、この場で感じる快感は今までは比にならないくらいに刺激が強く、あまりの気持ち良さに身体が勝手にのけぞってしまう。
「あっ……!ああっ……!」
次第にこよりの喉から叫び声のような嬌声が漏れて、シンと静まり返った部屋の中に響き渡る。
(もしかして……この身体、感度が……!?)
「あはは、すごい声。可愛い。もっと聴かせてよ、こより」
「いやっ!待って……!待ってぇぇ!」
「待たない。もっと、もっと僕にその可愛い姿を見せてよ」
美嶋はやりたい放題と言わんばかりにこよりの身体を貪る。
甘い刺激を通り越して、ビリビリと電気が流れるかのような強烈な刺激にこよりは腰が砕ける。
けれど、美嶋の攻めが止む気配は一向にない。
逃げることも抗うこともできないこよりはそのまま――。
「ダメ、ダメえええ……!」
こよりは美嶋の腕の中で盛大に身体を痙攣させた。
一条麗華では感じたこともないくらいの快感の波。
こよりは痙攣の最中、喉の奥から「あっ……あっ……」と絞り出すような声が漏れる。
「あはは。こより、すっごく可愛いよ」
美嶋は果てて力を失ったこよりの姿を恍惚と興奮の入り混じった表情を浮かべてる。
熱をこもった荒い呼吸をしながら、熱烈な視線を送る美嶋の姿はまるで獲物を前にした肉食の獣のようにこよりには見えた。
「僕、今まで抱かれたことしかなかったんだ。すごく好きだった。愛されてるって実感できたから」
それはこよりも初めて見る顔だった。
そして、こよりが知るどの美嶋よりも生き生きしているように見えた。
その顔を目にした途端、絶頂の余韻が引いた身体からゾクゾクとした感覚が湧き上がってくる。
これも初めての体験だった。
「でも、今は違うんだ。こよりを抱きたい。君を僕の好きでいっぱいにしたくて仕方がないんだ」
美嶋はこよりの身体を軽々とお姫様抱っこで抱え上げる。
そのまま整えられたしわ一つないベッドの前まで来ると、こよりをベッドへと放り投げた。
そして、美嶋はベッドに寝転がるこよりの上に覆い被さる。
お互いの鼻先が触れ合うほどの至近距離。
「こより、僕のこと好き?」
こよりは答えに迷った。
この質問への答えで、二人の関係が変わる。
(嫌いと言えばいいのよ。そう言えば、きっと親友に戻れるわ)
頭の片隅から微かに残った理性が語りかけてくる。
気を抜くと、聞き逃してしまいそうな小さな声だった。
「嫌い」と言おうとした。
けれど、まるで石になってしまったかのように唇が動かない。
「こより、黙ってないで答えてよ」
突然、美嶋が軽くキスをした。
ドロドロになった頭の中をかき回されるような感覚に襲われる。
「こより。僕のこと好きなの?」
美嶋は唇の先をそっと触れ合わせるだけのもどかしいキスを何度も繰り返す。
唇に美嶋の唇を感じる度に、理性からの声が小さくなっていく。
「……き」
無意識に声が漏れた。
それを境に感情の制御が効かなくなった。
「好きよ。私は優のことが好き」
気付けば、こよりは美嶋の首に腕を回し、自分からキスをしていた。
美嶋に負けないくらい品のない貪るようなキス。
溢れて止まらない劣情を剥き出しにしたキス。
「大好きよ。ずっとあなたとこうしたかった」
「やっと素直になってくれた。僕も大好きだよ」
もう何も考えられなかった。
早まった鼓動の音と興奮した獣のような荒い呼吸の音だけが頭の中で心地よく響いていた。
*
「……ただいま」
午後七時過ぎ、こよりは自宅に帰ってきた。
外は灰色の雲が空を覆い、すでに真っ暗。
そのため、明かりのない玄関は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。
家に入ると、すぐにリビングから知世が姿を見せる。
彼女は頬をぷっくりと膨らませ、腰に両手を当てていた。
「私、何度か電話したと思うのだけど。気付かなかった?」
「……」
「こより」
「ごめんなさい。気付かないフリをしてました」
こよりがそう答えると、知世は眉を八の字にさせて溜め息をつく。
しかし、怒っているというよりは呆れているようであった。
「遅くなるなら、遅くなると連絡くらいはしなさい」
「はい」
「一歩さんなんてすごく心配してたのよ。何かあったんじゃないかって、探しに行こうとしてたわ」
「ごめんなさい」
「今は仕事部屋にいるから、あとで顔を出してあげなさい。泣かれたら、ちゃんと泣き止むまで面倒見ること」
「はい」
「お説教はこれで終わりよ。ご飯は食べて来たの?」
「まだです」
「分かったわ。あなたの分は残してあるから、すぐに温めるわ」
知世は踵を返し、リビングへと戻ろうとする。
けれど、リビングに入りかけた途端、突然振り返る。
「こより、今日は楽しかった?」
「はい。とっても楽しかったです」
こよりは知世にニコリとした笑みを返した。
「そう。良かったわね」
こよりの言葉に知世は嬉しそうにしながら、リビングへと戻っていった。
玄関に残されたこよりはその場で俯く。
「ごめんなさい、お母さん。私はあなたの娘さんを……」
こよりは誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
こよりは罪悪感という重石で今にも潰れてしまいそうだった。
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