第5話(1)

 こよりと美嶋が電車に揺られながら向かった先は、市内有数の観光スポットの一つ、大寿おおじゅ商店街。

 四つの大通りに囲まれた区画の中に家電量販店や飲食店、雑貨屋、古着屋など、千を超える店舗が軒を連ね、平日休日問わず多くの観光客が日々訪れる。


(大寿商店街。久しぶりに来たわ。最後に来たのは……大学生の時からしら)


 地元民であった一条麗華もこの商店街には当然訪れたことがある。

 当時からここは若者が遊ぶにはうってつけの場所という認識で、ざっと周りを見渡しただけでも、やはり十代、二十代の若者の比率が他と比べて圧倒的に多い。


(いけないわ。一応一こよりわたしにとっては初めての場所なんだから、初めて来た気持ちでいないと)


 こよりは頬を叩き気合を入れる。


「ねえねえ。あの子、すっごいカッコよくない?」

「女の子なのにめっちゃイケメン。めっちゃタイプ!」

「隣の子はお友だちかしら。ちょっとうらやましいわ」


 商店街の入り口――『大』『寿』と文字が刻まれた二つの巨大提灯がぶら下がるアーケードの前に差し掛かり、人通りが多くなってくると、周囲から視線が集まる。


(優ってやっぱり同性からモテるのね。でも、気持ちはすごく分かるわ)


 学校でも注目を浴びていた美嶋だが、彼女はここでも周囲の女性陣から熱烈な視線を向けられる対象だった。

 さらに、ボーイッシュさを前面に押し出した私服のお陰で美嶋の素材の良さが余計に際立つため、注目の集めようも半端ではない。

 しかし、当の本人はそれを気にするどころか、気付いてもいなかった。


「……えっと、ここが正面口で……は、ここから真っ直ぐ行って二つ目の交差点を……」


 美嶋は妙に強張った面持ちでぶつぶつと何かを呟くことで必死である。


「優?どうしたの?」

「え!?いや、何でもないよ!」

「それ、何でもある言い方よ?」

「……何でもないって」


 そう言う美嶋の顔は引きつっている。

 視線も露骨に逸らす。


「何かマズイことがあるなら、すぐに白状しなさい。ホウレンソウをするのは基本中の基本よ」

「ん~……はあ、分かったよ」


 美嶋は一つ溜息をつくと、頭を掻きながらたどたどしくこう続けた。


「ここに行こうって提案したには僕なんだけど、実は僕、ここに来るの初めてなんだ」

「え!?提案した側なのに!?」

「これでも僕の家はお金持ちだからね。外出先はだいたい博物館とか美術館とか、堅苦しいところばかりなんだ。こよりが思うような観光スポットなんて、今まで行ったことがないんだよ」

「それなら、どうしてここを提案してくれたの?」


 美嶋は頬を赤く染めて「それは……」と口ごもると、照れくさそうにしながらこう答えたのだった。

 

「……博物館や美術館に行ってもきっと楽しくないと思ったから。思い出を作りに行くなら、こよりが楽しめるところにしないとって思って」

「それで色々と調べてくれたの?」

「そうだよ。でも、やっぱりこういうのはダメだったかな?」

「……いいえ。すごく嬉しいわ」


 こよりの顔から笑顔がこぼれた。

 美嶋が自分のことを想いながら今日のことを考えてくれたのだと想像すると、嬉しさが込み上げて来て胸が一杯になる。

 すると、美嶋はこよりに手を差し出した。


「そういうわけだから、ちょっと拙いかもしれないけど僕に付き合ってくれる?」

「ええ、喜んで」


 こよりは真珠のような美嶋の手に自分の手を添える。

 すると、細く長い美嶋の指がこよりの手をキュッと包みこんだ。


「優がどこに案内してくれるのか楽しみだわ!」

「あんまりハードルを上げられても困るんだけど……が、頑張るよ」


 強張った面持ちでそう言うと、美嶋はアーケードへと向かって歩き出す。

 こよりの小さな歩幅を考えたゆっくりとした速度だった。

 こよりは美嶋の隣をピッタリとついて歩きながら、美嶋がどんなことをしてくれるのかと胸を躍らせた。


 *


 美嶋に手を引かれながら数十分。


「……ごめん。迷った」


 突然、美嶋が白状する。


「様子を見てたら、なんとなく分かってたわ」


 こよりと美嶋は未だ最初の目的地にたどり着けていなかった。

 通路を埋め尽くす人混みのせいで方向感覚が狂うのか、目的地までの道が複雑なのか、美嶋は同じところを何度も行ったり来たりしていた。

 

「ところで、優はどんなプランを考えていたの?」

「午前は食べ歩きをしながら二つの有名なお寺にお参りをして、午後はゲームセンターで遊んだり、雑貨屋を色々見て回ったりするつもりだったんだ」

「有名なお寺……もしかして、そこの万勝寺のことを言っているのかしら?」


 そう言って、こよりは目の前を指差す。

 こよりの指の先にはお寺とはかけ離れたビルのような建物。

 長方形のビルの正面には横長の巨大電光掲示板が備え付けられ、和風の映像が流れている。

 しかし、その掲示板の隣には確かに『万勝寺』と名前が書かれていた。


「え?これがお寺?」

「奥を見ればちゃんとお参りする場所もあるわよ」


 まるで映画館のエントランのようにだだっ広く少し薄暗い、荘厳な雰囲気を醸し出す一階の奥には賽銭箱がしっかりと見える。


「本当だ!?これが本当にお寺!?お寺っていうのはもっとこう、瓦の屋根とかがあるんじゃないの?」

「そう言われても、ここはそういう場所なのよ」


 お寺としての本質はそのままに現代的な様式を取り入れたのがこの万勝寺なのである。


「いくら探しても見つからないはずだよ。僕のイメージしてたお寺と違うんだもん」


 そこまで言うと、美嶋は何かに気付いて眉をひそめる。


「『ここはそういう場所』って、こよりはここに来るの初めてなんだよね?まるで前にも来たことがある言い方だけど」

「え……!?」


(あ、しまった!)


「前にテレビでチラッと見たのよ!」

「本当に?何か焦ってるような気がするけど」

「ホ、ホントウヨ」

「ちゃんと僕の目を見て言ってよ」


 じとーっと懐疑的な視線を容赦なく向ける美嶋。


「もしかして、上手くいかない僕の姿を見て楽しんでる?」

「ええ!?違うわ。大切な親友にそんなことするわけがないでしょう!」


 慌てふためくこよりを前に、美嶋はにやにやと笑みを浮かべた。


「知ってるよ。こよりがそんなことをする奴じゃないってことはさ。ただ、ちょっと言ってみただけ」

「……もう!優の馬鹿!」

「あはは!ごめん、ごめん。さあ、そろそろお参りに行こう。ただでさえスケジュールが押してるんだから、これ以上長居してたらこよりと回りたいところが回れなくなっちゃう」


 美嶋はこよりの手を引いて、再び歩き出す。


「次は迷わないようにするからね」


 *


 その後、こよりと美嶋は順調に商店街を回ることができ――なかった。


「あれ!?地図だとここのはずなのに!」


(……通りを一本ズレているわよ)


 と、いうように道を間違えていたり。

 またある時では――。


「え!?やってない!?あ、開店時間まだじゃん……」


 目的地の開店時間を調べ忘れていたり。

 他にも様々なトラブルが続いて、全体的にグダグダだった。


「こより。僕って遊ぶ才能もないみたい……」


 すっかり意気消沈してしまった美嶋。

 見かねたこよりが通行人の邪魔にならない路地の端っこに連れていくと、美嶋はその場で座り込んで顔を腕の中に埋めてしまった。

 こよりは美嶋に寄り添うように隣で腰を下ろす。


「遊ぶ才能がないって……そんなことはないと思うわ。初めての場所なんだもの、うまくいかなくて当然ではないかしら?」

「開店時間を間違えたり、覚えてた店の場所が目的の店じゃなかったりするのはそれ以前の問題だと思うんだよ」

「それは……そうね……」

「僕から誘ったのに……本当にごめん」


 万勝寺で見せた元気は嘘のよう消えている。

 けれど、そんな弱々しい姿でも何故か絵になってしまい周りの女性陣から向けられる視線だけは止まない。


「もうお昼だわ。優、どこかでお昼ご飯でも食べてリセットしま――」

「予定の半分も回れてないのに、お昼になっちゃった……」


 美嶋から「はぁぁぁぁぁぁあ……」という重々しい溜息が聞こえてくる。


「過ぎたことは仕方がないわ。午前中のことは忘れましょう?」

「忘れたってさ、僕のことだから午後もやらかすと思うんだ……」

「……」


 ここまでの失敗が余程応えたのか、こよりがいくら励まそうとしても効果がない。


(もともと繊細で感情の起伏が激しい子だけど、ここまでくるとちょっと……いや、相当面倒くさいわね)


 こよりは美嶋の隣に腰を下ろす。

 何をするわけでもなく、言葉を投げかけるわけでもない。

 周囲に響く弾むような活気あふれる音を耳にしながら、美嶋の整理がつくのをひたすら待ち続ける。


(そう言えば、前にもこんなことがあったわね……)


 こよりは脳裏にふと過去の記憶が蘇った。

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