憂鬱の速度は四メートル毎時
楽しいことが好きなんじゃなくて、ただ退屈が嫌いなだけ。嫌いな人がいないんじゃなくて、切り捨てていったら誰もいなくなるから目を背けているだけ。後ろを見ないのは
何もかも持ち得ないで生まれただなんて、あまりに傲慢不遜な物言いだ。私の下には確かに人がいる。けれど、そんなことは思っても言わない。言うわけがない。それを言って、得をするとは思えない。とまあ結局、こんな話は打算的に生きている証左にしかならない。もし糾弾したいなら、一度でもそう思ったことのない人間だけが石を投げたらいい。そもそも、そんなに卑屈で碌に何もしていない割に他者に石を投げようと思えるほど腐った人間に石を投げられたところで、少々の痣と薄ら意地汚い嘲りが出る程度だが。
音楽は良い。何も考えられなくしてくれるから。遠くを走る車の音も、草木の隙間から鳴く虫の声も、雑踏のざわめきもくだらない諍いも何もかも掻き消してくれるから。飛び込む音が、言葉が、思考を挟む隙間すら与えてくれない。考える頭があるからいけない。何も考えなければ人生は楽だ。井の中で威張っている蛙の方が、汚れたところばかり見えて辟易している私なんかよりよっぽど幸せだろう。反吐が出る。今はもう腐ったところしか見えない。というより、目が腐っただけかもしれない。ならばそのまま腐り落ちてしまえばいいのに。もう何も見たくない。聞きたくない。
どれほど足掻いたって、一昨日のことはもう朧気にしか思い出せなくなっている。忘れないように言葉を書き留めたって年末には捨てている。写真を撮ったって見返さない。何度言葉を交わしあったって、もうその響きすら思い出せない。顔も朧気。真っ直ぐ見たこと、あったっけ。結局私が見ていたのは充足で、私の目は誰かの向こうを透かし見ていただけだった。記憶は、気付けば指の隙間を落ちる砂だ。いいさ、負け犬だと、後ろ指を指して嗤えばいい。嗤った奴を噛み殺して、私も死ぬ。
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