閉廷:英雄被弾

「さて被告人。これ以上の論が無ければ貴公の死罪が確定するが、言い逃れがあれば話す事」


ガトレはすぐに言い返す事ができなかった。

現時点で自身の無実を証明するには、考える時間も考える材料も足りない事がわかっているからだ。


しかし、自身に殺意がなかった事は確かであり、『救国の英雄』ソーラの行動に違和感がある事も確かである。


故にガトレは、生き汚くとも足掻く事にした。既に敬意を失した、形ばかりの敬礼を保ちながら彼は声を上げる。


「恐れながら申し上げます。今の私には、自身の無実を証明する事は叶いません。しかしながら、時間を頂けたのならその限りではありません」


アミヤが目を眇めた。光沢のある嘴をカチカチと合わせ、折り畳まれた大きく翼をはためかせる。

ガトレは届くはずのない風圧が、自身のところまで届いた様な気がした。


「ほう。時間を。それは些か、過分な欲であろう。大罪人に時間を与え、厳粛なる軍の中にのさばらせる様な望みこそ叶わぬ事」


翼を仕舞い込みながらも厳かに述べるアミヤに対し、ガトレも震えそうになる足を一度叩いてから返す。


「恐れ多くも御一考頂きたく存じます。自分がここで死罪になったとして、ソーラ殿の死には疑問が残ります。何故、一兵卒の私は自分に英雄を殺せたのか、その方法は未だ明かされておりません」

「確かに一理あるのう」


ガトレに同調したのは、しわしわの手で髭を撫で付けている衛生門のサジであった。

ガトレは目論見通りの反応に、心の中でそっと嘆息する。


「同族を殺すは死罪相当の大罪じゃが、その中でも英雄となれば起こること自体が大問題じゃろうて。再発は避けたいものじゃ」

「ぐゎらば! 確かに武人としても気になるところだ。ソーラを正面から打ち倒すには俺を持ってしても困難。部下の不安を拭う材料は欲しいところだな!」


ガトレが期待した一点に戦闘門のコゲツも惹かれる。

人並外れた魔力を保持した英雄の殺し方。どうすれば成し遂げられるのか、その方法は未だ不明。


ガトレにもわかってはいないが、この事態は妖魔以上の脅威だとも言える。

その脅威を軍部は放置するか否か。判断がどちらに傾くのか、天秤が示す結果に賭けることが、ガトレにとって生き残る唯一の手段だった。


「コンココン。調査に専門家を招くにも費用が掛かりますわ。ですが、無報酬で事前調査と十全な報告を得られるなら益にはなりますの」


会計門のリンは毛並みの良い尻尾を左手で撫で付けながらそう言った。右手の先では魔力を帯びた筆が手元の紙に何かを書きつけている。


「コクコ卿は利用価値があるとお考えか。……ピューアリア卿、エインダッハ卿。両名はいかがか」


机になだれかかっていたピューアリアは両腕を上げてヒラヒラと振った。


「ピューアリア。貴様は言葉を発することすら出来んのかだふ!」

「エインダッハ卿。今はピューアリア卿を咎めている場合ではなき事。考えを聞かせてくれまいか」

「わかっだふ! ……吾輩としては疑わしきは罰せよ。時間の猶予が欲しいというのも、被告人が逃亡時間を稼ぐ為の要求である可能性が疑われるだふ」

「ふむ。……どちらかと言えばエインダッハ卿に同感である事。コクコ卿、被告人の逃亡と専門家の招聘ではどちらの損失が大きいだろうか」

「コンココン。私の概算は当然、そこの兵が逃げない事を前提としたものですわ」


ガトレは体内で魔力が震えるのを感じた。

今すぐ術式を描いて魔力を好きに放出したくなるのを、胸元に手を当てて必死に抑える。


「おい、貴様!」


アミヤが思案に耽り訪れた沈黙。それを破ったのは軍部ではなく、傍聴席にいた者であった。


ガトレは荒ぶる魔力が鎮まったのを自覚してから、声の主を見上げる。


視線の先にいたのは背が低く、長い赤髪のヒト族であった。頭には豪奢なティアラを着けており、高い身分、王子に類する人だとガトレは判断した。


その隣には従者と思われるが、丈の長い頭巾と装束に身を包み、容姿のわからない者が控えている。


「貴様はソーラを殺したのではないと真に誓えるか!?」


ガトレはその質問に対する回答を迷った。

自身に英雄を殺す理由はなく、害する気持ちも一切なかった。


ただし、状況からすると、結果的に英雄を殺してしまったという可能性はある。その場合、質問に対する真なる答えは否である。


「私から言えるのは、私にソーラ殿を殺す理由はなく、殺害を行う意思もなかったという事に限ります。真実を明かすまでは、この様に回答させて頂きます」


ガトレが回答を終えると、アミヤがその先を引き取ってつなぐ。


「ネッセ王子。御国の英雄が撃ち倒された事は痛みいる。貴殿は被告人の処遇をいかがなさりたいか」

「愚問だぞ、アミヤ=パルト。僕の国の英雄が殺され、その実行者が我が国出身の被告人であれば、自国には英雄の損失があるのみだ」


ネッセは横に控えた従者と何度か向き合いながら、その様に意見を述べた。


「故に、被告人が犯人でないのなら、我が国は真犯人を明らかにする事を要請する。当然の事だと思うが?」

「……まあ、そう言うでしょうな」


アミヤは途中から目を閉じて聞いていた。

ネッセがその態度を咎める事はなく、場の皆がアミヤの二の句が継がれるのを待つ。


「……致し方なし。被告人、シマバキ=ガトレに判決を告げる」

「はっ!」


やがて、アミヤは目を開き、手に持った木槌を机に打ちつけた。法廷の空気が引き締まり、緊張が走る。


「被告人、シマバキ=ガトレ。貴殿には英雄殺しの疑いが掛かっている。しかし現状、要となる英雄殺しの方法は不明のままである。そして、この争点は当判決のみでなく、軍部に影響を与える憂慮すべき懸念点でもある事が明らかにされた」


英雄をどうやって殺したのか。それが明かされれば、全てが明白になるはずだ。ガトレはそう考えていた。


「故に、被告人には本事件の調査を命じる。しかし、己が容疑者である事を努努、忘れる事なかれ」

「はっ! 必ずや犯人を明らかに!」

「ぐゎらば! その意気や良しだ!」


コゲツの豪快な笑い声が響く。

ガトレは自身の命が繋がったことによる安心感からか、苦笑を浮かべる事ができた。


「被告人には内密に監視をつける。怪しい行動を取れば即座に拘束されると思う事。また、正透門頭アミヤ=パルトの名の下に、階六次閲覧権限、及び階五次問診権限を与える」

「ほほーう。アミヤ卿にしては大盤振る舞いじゃな。では衛生門からも医圏管師を一名、助手として貸し出すことにするかの」

「アミヤ卿! サジ=レイカン衛生門頭! 感謝致します!」

「長いからワシもサジ卿で構わんよ。エインダッハ卿、円滑な会話の為に呼称の統一は出来んかのう」

「検討するだふ」


エインダッハの返事はどこかおざなりだった。

どうやら、結果が出た事により傍聴席の客人が動き始め、エインダッハはそちらへの警戒に気を割いている様だった。


「では、本法廷は閉廷する。被告人には三日の猶予を与える。三日後、再び開廷した際には、真実を詳らかにする事」

「仰せのままに」


アミヤは頷いて木槌を叩き、軽快に鳴った音が閉廷の合図となる。

アミヤは立ち上がり、羽を広げるとガトレの前に降り立った。


「貴殿の閲覧権限と問診権限は私が与えたものだという事。努努忘れる事なかれ」

「是、一時たりとも忘れません!」

「よろしい。先ほどは見事であった。死罪で決まると思っていたのだがな」

「恐縮であります!」

「優秀な者は好ましき事。シマバキ=ガトレ。貴殿が成果を上げる事、そして犯人ではない事を私は望むのみ」

「尽力します」


アミヤは満足そうに頷くと、片翼から羽根を一本引き抜き、ガトレの胸収納に挿し入れた。


「困った時に使うと良い。適した時に力となるだろう」


それだけ告げてアミヤは去っていった。

ガトレは足音が聞こえなくなるまでその場に待つことにした。


「弁が立つ若者よ。よく乗り切ったのう」


代わりにガトレの元を訪れたのは、衛生門の門頭であるサジであった。


「サジ卿。先ほどは大変失礼致しました。私は己の身を優先し、衛生門に疑いの目を向けさせてしまいました」

「仕方なかろう。その立場に置かれた事は、同じヒト族として同情しておるよ」


サジは髭を撫でつつ笑みを浮かべる。

柔和な印象の老人は、ガトレの気張った心を解きほぐしてくれた。


「後で医務室に来ると良い。助手役を用意しておくからのう」

「しかし、よろしいのですか。医圏管師の人手はいつでも必要なのでは」

「実は問題児がおってな。優秀ではあるんじゃが。まあ、助手として不足はないはずじゃ。頼んだぞ」

「は、はあ」


ガトレにはいまいち要領が掴めなかったが、サジは微笑んだまま肩を叩くと、そのまま去っていってしまった。


最後にネッセ王子のあどけない顔から放たれる、射殺す様な視線を一身に受けた後、ガトレは誰もいない法廷を出る事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る