触手の擬態 中編

   中編 【転生勇者の真実】



 しばらくすると、先程の勇者レイが、他に数人連れて魔女の工房までやってきた。


「さっきの口の悪い調査員は魔女の工房に入っていったか? そこの下僕」


「"下僕"じゃなく魔法大学の研究者でアシスタントのハロルドです」


「ハロルドくん。しかし研究者が出待ち・待機しているのは、理にかなってないんじゃあないか?」


「僕もそう思います」


「素直なやつだ。

 引き続き素直にそこに突っ立ってな」


 そういって、勇者一行は魔女の工房に入って行こうとした。


「あの……さっき『魔女の工房は調べてもいいだろう』的なこと言ってましたよね。なにか事情が変わったんですか?」


「お前が知る必要はない」


(こいつ……)

 ハロルドはムカついて、別の質問をした。


「あなた、この村の人じゃあないですよね。僕はこの村の出身です。

 そんな風に村民を扱うなんて、勇者としてはともかく、『統治者』としてはいかがなものかと思いますね」


「貴様――」


「あと、異世界から転移か転生してきたんですよね(まだ疑惑だけど、決め打ちで聞いてしまえ!)。

 誰に呼ばれたんですか? もしかして魔女?」


「お前、殺されたいのか?」


(その返答、図星ってことだよな)


「違います。『パラレルエージェント』って、知ってます? 知らないなら教えようと思って。

 異世界転生・転移を含む、パラレルワールドの事件・事故を調査する団体です。

 正直に言うと、さっきの調査員はパラレルエージェントとは"犬猿"みたいで、パラレルエージェントが到着するのを待たずに行動してるんですよ。勇者"様"は彼らのこと、把握してますか?」


「……いや、必要ないな」


 勇者レイはハロルドに興味を無くしたのか、パーティメンバーとともに魔女の工房跡地に入っていった。



 

「……ふうう」


 ハロルドは息を大きく吐いて、空を見上げた。


(あれから30分。中で調査員と勇者一行が一悶着起こしてるだろうなあ。この後どやされるのは僕なんだ。やめて欲しいよ)


 ハロルドは再度魔女の工房の方に振り返ったが、そこで心臓が止まるかと思うほど驚愕した。

 調査員が、暗がりで直立不動で居るのだ。顔は俯いていて、ハロルドからは目が見えない。


「び、びっくりしたーーーー!

 あの、どうしました……か――」


 ハロルドは、調査員の全身からどんどん粘液性のある液体がどんどん染み出して床に滴って行くのを目撃した。


「ひっ!!」


 ハロルドは急いで後ずさりして距離をとった。


 調査員の身体の穴という穴からどんどんピンク色の触手が生えてきた。


「あ、ああ……」

 ハロルドは逃げようと後方を向いて走り出したが、そこで声をかけられた。


「待ってくれ!」


 ハロルドは振り返ると、さっきまで『調査員』だった怪物は、直径3mほどの球状の触手の塊になっていた。


 何よりハロルドが恐ろしかったのは、触手に何人もの人間が取り込まれていことだ。表面に、人間が"変形"してちぐはぐに突き出している。


「待ってくれ、ハロルドくん……」


 声の主は調査員ではなかった。

 30分前の威張った声からは程遠い、弱った情けない声の勇者レイであった。


 顔の真横に足が突き出ている。手はボロボロに崩れていて原型を留めていない。


「俺は……魔女に"愛人"として召喚されたんだがよお〜〜、あんまり美人じゃなかったし、せっかくの異世界の人生だから……。村のみんなが村の閉鎖で魔女のことを恨んでいてよお〜。

 それで、賢者や狩人を引き連れて、俺は"勇者"ってことにして、魔女を討伐して、村の女を侍らそうとしてたんだ。

 こんな、こんな化け物のこと知らなかったんだあ! 助けてくれよーーー」


 偽勇者が叫んだ時、触手からもうひとつの顔が出てきた


「勇者の顔が、ふ……二つ?」


「う、うあああああああああ!!」

 触手から新しく生えて来た顔は、ハロルドに語りかけていた顔に『磁石がくっつく』ように互いが吸い寄せられた。

 ぶつかった時に"交通事故で追突したか"のように顔同士がぺっちゃんこになった。

 顔以外の身体の様々な部位も、それぞれ生えてはぶつかっていき、ボロボロに分解して地面に垂れていった。


「う……」

 ハロルドは恐怖で完全に動けなくなっていた。今にも気絶しそうになりながら、顔面蒼白で怪物をただ見ていた。




   *      *



 

「助けて……助けて」

「ねえ。ここどこ」

「あああああアアアアアア」

 勇者が完全にボロボロになって跡形も無くなったあと、触手の球状の表面にどんどん新しい人間の身体が浮き出てきた。

 その面々に、ハロルドは見覚えがあった。



(みんな、村民だ! 10……20……どんどん増えていく!)


「おいハロルド、どうなってるんだ!」

「うぎゃああああああああ」


 後ろから肩を叩かれ、ハロルドは絶叫した。


 肩を叩いた人物は、村に帰郷した時話しかけてきた昔馴染みだった。


「お、あ、え……お前、あの怪物に取り込まれたんじゃ……」


「は? ハロルドお前何言って――」


 昔馴染みは、ハロルドの指さす先を見て言葉と止めた。


 そこには、自分と瓜二つの姿をした人間が触手に取り込まれ苦悶の表情を浮かべていた。


「は? 俺? なんで――」


 言い終わる前に、怪物は昔馴染みへと動いていった。


「へ? あ

ぎゃあああああああ」


 ハロルドを掠めて、触手が伸びて昔馴染みを捉えた。まるでイソギンチャクが獲物を捕食するように。

 捕まったあと、昔馴染みも偽勇者と同じように2つの身体が衝突して、ドロドロに溶けていった。


(あの化け物、ドロドロに溶けて分解された肉片を、喰ってる……。地面付近に『口』があるんだ)


 ハロルドは先程肩を叩かれたことで動けるようになっていた。


 怪物自体は触手部分に明確な"顔"はなかったが、身体全体をひねらせて、ハロルドを向いたような挙動をみせた。


(や、やばい!)


 ハロルドは全速力で走って逃げた。


(とにかく、村から脱出しなければ!)




 怪物がゴロゴロ回転しながら追いかけてきた。村で家から出ていた村民は皆触手に巻き込まれて食べられた。


 ある程度食べられると、また球状の表面にまだ取り込まれていない村民の身体が浮かび上がり、新しく近くにいる村民を手当たり次第に食していく。


「家の中に逃げて!」

 木造の建物の中に避難して行った親子がいたが、まるで意味がなかった。建物は触手がまとわりついて破壊され、中の親子も消化されていった。


 

【後編へ続く】

 

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