一皿目◆下僕契約篇◆

一口目 審判!?

 光も音も届かない、全てを遮断しゃだんする閉鎖空間。

 一面が黒色に塗り潰された無重力の暗闇を、ぼんやりとした意識だけがただよっていた。


(……暗いな……何で俺はここに……?)


 残っているのはおぼろな記憶だけ。


 夜道で何者かに襲われた覚えはあるのだが、正直なところその前後の記憶は完全に消し飛んでしまっており、その影を追いかけるにしても、そもそも何を思い出そうとしているのかすら分からないという始末であった。


 それは俺にとって何か大切な事のような気がしてならないが、仮に思い出したところで現状どうすることもでないワケで。平凡で哀れな青年の物語は、あの時あの場所で終幕を迎えたのだ。


(……うーん、どうしたものか)


 ちなみに、念のため「もしかしたらギリギリ生きているのでは?」という限りなく低い可能性についても検討してはみたものの、残念ながらそれは希望的観測に過ぎなかった。


 現在いまの俺は、はっきりとした意識があるのだが、逆に言えばのである。


 まるで虚無の深淵しんえんにいるかのように真っ暗で、己の呼吸音すら聞こえない。何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。


(……せめてギャルゲーみたいに選択肢があれば良かったのになぁ)


 心の中で呟くと、


『ダイアログボックスノ表示ヲ有効ニシマシタ』

『続ケテ、選択肢ノ表示ヲ有効ニシマシタ』


 突然、どこからともなく、何もないところから文字が浮かび上がり、脳内に直接ポップアップで表示されたテキストが本のページをめくるように切り替わった。


(……な、何だよこれ!? それに選択肢とか表示とか、ゲームの設定じゃないんだから!)


『コンフィグメニューデス。設定ノ変更ヲ続ケマスカ?』


(……まだ言うか)


 コンフィグメニュー。それはゲーム等でいうところの設定画面である。

 どの世界にも場や時をわきまえない奴はいるものだが、こうも人が困っている時に……。


(……いいさ、とことん付き合ってやる。そんなに設定を変更できるんなら、俺を元に戻してくれよ!)


『バックログヲ開キマス。過去ノデータヲ参照……失敗シマシタ』

『デバッグモードヲ有効化……権限ガ認メラレマセン。失敗シマシタ』

『要求ハ受諾サレマセンデシタ。設定ノ変更ヲ続ケマスカ?』


(できねえのかよ!)


 暇潰しに付き合ってやろうと思ったら結局これかよ。


(……ならせめて音が聞こえるようにして欲しいものだ)


 やっぱり言葉のキャッチボールは大切だからな。

 すると、ノイズが発生した後、


「システムサウンドヲ有効ニシマシタ。音声案内ヲ開始シマス」


 女性的な機械音が聞こえた。


(おっ……これはできるのか、助かるよ。で、ここは一体?)


『ココデハ貴方ノ転生先ヲ決定シマス』

『只今生前ノ得点ヲ換算中デス。暫クソノママデオ待チ下サイ』


 転生先? 得点? こやつは何を言っているのだろうか。


(……ごめん、日本語で頼む)


『言語ハ自動デ適正化サレテイマス。他ノ言語ヲ選択シマスカ?』


 違う、そうじゃない。


(えーっと……言語は理解できるんだが、内容を理解できていないんだよ。宗教的なジャンルは大学で専攻しなかったし)


『コノ宇宙ニ存在スル全テノ生命、物質ハ機能ヲ停止シタ後、新タニ次ノ拠点ヤ姿形、個体名等を獲得シマス』

『ココハ貴方ガ所持スル得点ヲ消費シテ転生先ヲ決定スル為ノ空間デス』


 なるほど、つまり俺はこれから三枝光芭としての評価を下されるわけだ。


 人生の通信表を貰う日が来るとは思わなかったが、どうやらその者の生前の善行や非行に応じて加減点が行われるらしい。


 これと言って社会に迷惑を掛ける事をした覚えはないし、少なくともお天道様にそっぽを向かれるような人生ではなかったと自負している。だからと言って聖人だったわけでもないので、正直かなりドキドキしていたりする。


 レンタルビデオ屋のピンクにいろどられた暖簾のれんの奥が気になったことや、夜中にこっそり覗いたエロサイトの高額請求に冷や汗をいたこと、思春期を迎えた健全な男子諸君ならば一度くらいは経験があるだろう?


『……集計ガ完了シマシタ』

『貴方ノ所持得点ハ〈三百二十八ポイント〉、評価〈B+〉デス』


(なっ……さ、三百点越えだとぅ……!?)


 こ、これは……!


『ゴクゴク一般的デ平凡ナ人生デシタ』


(総合評価が〈B+〉ならそうでしょうねえ!)


『可モナク不可モナク、普通デス』


(……)


 薄々勘付いていたさ。

 そこまで人生に後ろめたさは感じていないが、同時に特筆すべき自慢も誇れる事もない。だけどここまで言われなくても……。


『ソレデハ、コチラノ転生先一覧カラゴ希望スル種族ヲ選択シテ下サイ』


 そう言って表示されたのは、カテゴリやジャンル別に細分化された何百何千種類の多種多様な転生先であった。


 見ると、人間に限らず哺乳類や爬虫類、甲殻類にはフジツボなんかもいる。ダイヤモンドのような鉱石や宝石も選択できるようで、本当に生命から物質まで何でも有りなようだ。


 そして名前の隣には必要なポイントが記されていた。


(ちなみに……あった! えーっと【神ー神族ー創造主】は……〈五万一千ポイント〉って、どれだけの徳を積んだら選択できるんだよ!?)


 ま、やる事が多そうだし選択するつもりもないけどな。


 ただ他に気になる点として、一覧の中には【???】という項目もあり、詳細を見ることもできない。その存在を知識として保有していないということだろうか?


(……まあいい、俺は無難に人類にするよ)


『【人類】デスネ。コチラ〈三百三十ポイント〉消費シマス』


(えぇぇぇええ!? た、足りないじゃん……)


 しかも不足分はたったの〈二ポイント〉である。

 あの時、独身男達に唐揚げのサービスだけでなくポテトフライも付けてあげたら達成していただろうか?


(……ぎゃ、逆に今あるポイントで一番高いやつは何だ?)


『保有ポイント〈三百二十八ポイント〉以下ノ種族ヲ検索シマス』

『……』

『検索ガ完了シマシタ。オススメヲピックアップシマスカ?』


(ああ、是非とも教えてくれ)


『コチラハイカガデショウ。必要ポイント〈三百二十七ポイント〉』

『学名【Ligia exotica】』


 ドキドキ……!


『和名【フナムシ】デス』


(フナムシかい!)


 学名なんて初めて聞いたぞ。

 ていうか、俺はフナムシと一ポイントしか変わらない人生を送ってきたのかよ。


『残リ〈一ポイント〉デス。他ノ設定ヲシマスカ?』


(ちょ、待て待て、却下だ却下っ! もっと他のオススメを紹介してくれ!)


 そうだ、きっと偶々たまたまに違いない。

 これでも〈三百二十八ポイント〉あるのだから、次こそは。


『コチラハイカガデショウ。必要ポイント〈百十五ポイント〉』


(……は?)


『学名【Daphnia pulex】』

『和名【ミジンコ】デス』


(ミジンコぉぉぉぉおおっ!?)


『残リ〈二百十三ポイント〉デス。他ノ設定ヲシマスカ?』


(これも却下だ却下っ! どうして節足動物門甲殻亜門の生物ばかりオススメするんだよ! それに〈二百十三ポイント〉も残っているなら他にも紹介できただろ!)


 悪意があるぞ、悪意が。


(……ったく、なら一番のオススメは何だよ?)


『コチラハイカガデショウ。必要ポイント〈二十ポイント〉』

『【鬼怒川の安山岩】デス』


(だから何でそうなる!)


 しかも何故か河川名も指定されているし。


『更ニ〈百五十ポイント〉ヲ消費スルコトデ【鬼怒川のとても丸い安山岩】ニ変更スルコトガ可能デス』


(ぼったくりじゃねえか!)


 まさか俺の人生の約半分を消費して追加できるオプションが〈石を丸くする〉だなんて。石が丸くて喜ぶのは小学生男子ぐらいのものだ。


 ……俺もちょっとは嬉しいけれども。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る