第11話 魔術師の卵たち
羽下谷さんを悪夢から救って半月後。
陰陽魔術連は盛大な成人式をやるような大きなキャパの会場を押さえ、魔術師の卵を集結させた。彼らは俺と結衣がヒル生っ!! で行った呼びかけに答え、すでに採用試験と面接を突破した者たちだ。
と言っても、この件の目的は音無さんが率いる派閥の分母を水増しするためのもの。余程、人間性に難がある者以外はフリーパスだったはずだ。
舞台袖からちらりと見た座席はすべて埋まりつつある。
「ほー、こいつは凄い。よく集まったもんだな」
「それだけ魔術師に憧れがあるってことでしょ。現にほら、女の子めっちゃ少なーい」
「十分の一もいればいいほう」
「まぁ、男だろうが女だろうが人手が増えるならそれでいいさ。将来、俺たちが楽できる」
「そう上手く行くかな?」
そう疑問を呈したのは八百人だった。
「考えてもみなよ。魔術師の採用試験を突破してこの場にくるようなのがどういう人たちなのか」
「どういう? んー、そりゃあもちろん魔術師になりたい人たちでしょ?」
「そうだけど。じゃあ例えば天音ちゃんが一般人で、すでに定職に就いているとしよう」
「うん」
「一定の稼ぎがあって、人間関係があって、なによりも安全。魔術師の特権や給金は魅力的に映るだろうけど、すでに生活が安定している大人が職を辞してまで危険な魔術師になろうと思うかい?」
「……思わない。うん、絶対ならないわ。魔術師なんて」
「私は魔術師になったけど」
「結衣は特例だ」
前職の経歴も、魔術師になった経緯も、特殊過ぎる。
「じゃあどういう人たちなの?」
「まず未成年は親の了承を得るのが難しいから除外」
「一番魔術師に憧れている世代で、俺たちが一番戦って欲しくない年代だな」
子供が磨り潰されるのを見るのはキツい。
「あ、わかった。フリーターだ!」
「フリーターも多少はいるだろうね。でも、最大派閥じゃない」
「えー? じゃあ他にいる? ここに来るような人って」
「ニートだろ」
「正解」
「に、ニートぉ!?」
「この場にいる全員がとは言わないが、七割くらいはそうなんじゃないか? 十八歳以上で定職にも就いてなくて魔術師になれるくらい健康って条件ならニートくらいしか候補がいないってことに俺もいま気がついた。あとホームレスもか」
活力に溢れた熱を持って、この道を選べる人は希少だ。
この中にもそんな人がいるにはいるだろうが、少ないだろうな。
「え、それが本当なら大丈夫? 魔術師って激務なんですけど」
「自分に魔術師の素質があるとわかったから、一念発起してこの会場に足を運んでいるんだろうけど。本格的に魔術師として活動することになったら、いや、なるまでの過程でも、どれだけ脱落するかわかったものじゃないね」
「音無さんの目的は派閥の分母を増やすことだから、離脱なんかさせないだろうけどな。それで言うと戦力的な期待はあんまりしてないんじゃないか? 一人二人使える奴がいれば御の字って感じで。つまり俺たちの苦難はまだまだ続くってことだ」
「そんなぁ……ちょっとは楽になると思ったのにぃ」
「まぁ、でも人間変わろうと思えば変われるもんだ。これが切っ掛けで更正して立派な魔術師になる奴だっているだろ。そういう連中に期待しようぜ」
「あーあ、みんな結衣ちゃんくらいの即戦力になってくれたらなぁ」
「それは高望みしすぎだよ」
魔術の習得に一ヶ月以上、そこから体をつくり、技術を磨き、戦闘訓練を重ねて実戦で使えるようになるのに一年から二年はかかる。
それを一足跳ばしにして魔術師になったのが結衣なんだけど。
行動力と才能の塊だ。
「そろそろ時間だ」
舞台袖で屯していると、音無さんの派閥に属している偉い立場の魔術師がステージに上がる。ざわついていた会場が一気にしんと静まり返り、誰もが壇上に立った一人に注目した。
「お集まりの皆さん――」
挨拶から始まり、魔術師のざっとした概要、彼らの今後などが話され、質疑応答の時間が設けられる。
給与、有給の有無、税金関係、実働時間、昇進、資格、技術、魔術師の男女比、より詳しい業務内容、一日のタイムスケジュール、などなど。
様々な質問が寄せられ、その一つ一つに答えられていく。
「俺たちの時よりかなり緩いな、やっぱり」
「修行期間中あたしそんなに休み貰ったことなーい」
「就寝時間や起床時間にもゆとりがあって羨ましい」
「苦労したんだね」
「そりゃもう」
もし過去に戻れるのなら、あの修業時代を終えた直後がいい。
それ以前はちょっと勘弁。
「では、最後に貴方たちが目指すべき目標となる魔術師をお呼びしましょう」
質疑応答が終わり、舞台袖で待機していた俺たちの出番。
壇上に上がると、静まり返っていた会場がにわかに騒がしくなる、
座席から微かに俺や結衣の名前が聞こえてきた。
「静かに。では」
四人並び立ち、互いに目配せをしてタイミングを揃える。
「血気紅々」
「駆繰円舞」
「環界空羅」
「折神」
四種の魔術が壇上を埋めた。
血飛沫が結晶となって魔術人形を彩り、ワルツの舞台を結界が作り上げ、円舞に合わせて小鳥の式神が飛翔する。
それらは座席にいる魔術師の卵たちを圧倒し、呆気に取った。
場所は違えど、状況は違えど、俺たちも魔術師としての訓練を始めた際に、先輩魔術師からこうして魔術を披露してもらったことがある。
綺麗で、猛々しく、神秘的で、儚い。
目に映るすべてが自分の中に焼き付いて、憧れに変わっていく感覚。
それを今、座席に座っている魔術師の卵たちが感じてくれていると嬉しい。
「これが魔術師です。皆さん、頑張ってください」
その言葉が途切れると、自然と座席から拍手が巻き起こる。
どうやら上手く行ったみたいだ。
ほっと安心しつつ、拍手に包まれながら舞台袖まではける。
「ふぃー、上手くいったー!」
「事前の打ち合わせ通り」
「みんな口を開けて驚いてたね」
「心に残ってくれていればいいんだけどな」
ここから先に俺たちの出番はない。
今日はこのまま支部に帰ってダンジョン化が発生するまで待機なんだけど。
「パフォーマンスお疲れ様」
「あ、音無さん」
「やあ。遠条ちゃんとは初めましてだね」
「はい。初めまして」
「どうして音無さんがここに?」
「いや、ちょっとね。
羽下谷さんの夢の世界で対峙した黒のフードローブを着た何か。
すべてが無事に終わった後、自分が感じた違和感と推測を乗せて提出したのを憶えている。
なのに提出してすぐではなく、半月が経った今になって? それも音無さん直々に。
話したいことがある、と音無さんは言っていた。聞きたいことがある、ではなく。
音無さんの意図が読めないけど、とりあえず付いていくか。
「で、話なんだけどね」
控え室のソファーにどっかりと座った音無さんが話を続ける。
「結論から言うと、キミの推測は当たってた」
「じゃあ悪夢の原因は」
「あぁ、妖怪の仕業じゃない。実はね、僕も気になってダンジョン化による健康被害の調査って名目で当時テレビ局にいた人たちを調べてみたんだよ。そしたらまぁ、羽下谷さんと同じような状態の人がたくさん見付かってねぇ」
しかも、と音無さんは続ける。
「面白いことに悪夢を見ていたのは有名人やお偉いさんばかり。これをどう思う?」
「……偶然にしては出来すぎてますね。それに悪夢が妖怪のせいじゃないなら人為的なもので、原因は魔術師……あるいは魔法使い」
異世界における魔術師と同種の存在だ。
あの黒いフードローブのなにかの正体が人の形をした魔法なら。
それなら夢の世界がダンジョンに塗り替えられていたことも、その魔法の抵抗手段がダンジョンコアに似ていたことにも説明がつく。
そう報告書に書いた。
「僕もそう思ってる。魔術連から追放されたアウトローか、もしくは異世界からの刺客か。前者ならまだ全然良い。でも、後者ならかなり不味い」
「もし魔法使いが今回の件に関わっているなら、こっちの世界に来るためにダンジョン化を利用しているはず」
「それってぇ……どこかのダンジョンからこっそり魔法使いが抜け出してたってことだよね。それともまだ未発見のダンジョンがどこかにあるかもってこと?
「両方の可能性があるし、それだけじゃないよ。狙われたのが有名人や役職付きばかりってことは、たぶん悪夢の果ては洗脳だ。目的は偏見報道による世間の
「まるで侵略」
「そう、侵略だ」
音無さんの言葉が重く響く。
「どれもこれも推測の域を出ないけど、異世界からの侵略が事実なら魔術界の現体制では防ぎ切れないかも知れない。また一つ、僕が派閥を大きくしなきゃいけない理由が増えちゃったわけだ」
「俺たちはどうすれば?」
「基本は今まで通りでいいよ。キミと遠条ちゃんの知名度があればこっちも色々と出来ることが増えるからね。ってことで」
急に声色が明るくなる。
「こんな仕事を持ってきたよ」
手渡されたのは一枚の企画書。
その内容は。
「霊能力者VS魔術師?」
とんでもない色物企画だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます