夕さり街14
ルナは、サクとの睨み合いから一歩引き、ふらつくようにアサギの方を振り返った。
その目にはかすかに光がにじんでいたが、涙は落ちない。感情に身体が追いつかないような、ぽっかりと空いたような顔だった。
「……ねえ、わかるでしょ?」
そう切り出した声は、妙に明るかった。けれど、軽やかさの裏側には、ひどく壊れたものが透けて見えていた。
「あんたみたいな存在、放っておけるわけないじゃない」
アサギは小さく肩をすくめ、視線を逸らした。その反応を見たルナは、ふっと笑った。
けれどその笑みは、どこかねじれた仮面のように見えた。
「最初は、ただの興味だったの。ほんと、ただの偶然。
それでも、“拾いものだ”って、ちょっと嬉しくて……この子、面白そうだなって……」
言葉を重ねるごとに、ルナの声には熱が帯びていく。
彼女自身、その熱を持て余しているようだった。自分の言葉に自分が溺れていくように。
「でもさ……だんだん思っちゃったの。
あたしが見つけたのに、誰かが勝手に連れてっちゃうなんて、ズルくない?」
震える指先が、額をぎゅっと押さえた。
溢れかけた何かを、笑いに変えて押しとどめようとしている――でも、もはやそれも効かない。
「誰も、あたしのことなんか見てないくせに。
でもこの子に“何かある”ってことに、あたしが最初に気づいたんだよ?
それを広げたのも、動かしたのも、あたしなのに……!」
アサギは一歩、無意識に後ずさった。
ルナの中で、なにかが――それは理性か、感情か、あるいは両方か――音もなく崩れていく気配がした。
「だからね、もう、どうでもよくなったの」
その言葉とともに、ルナは作り物のような笑顔を浮かべた。
「この子が誰なのかなんて、もう関係ない。
ただ、あたしが“見つけた人”だったってこと――それだけが、欲しかったの。
ほんの、ちょっとだけ……ね」
最後の一言は、あまりに静かで、寂しげだった。
まるで誰かに気づいてほしいのに、もうその願いすらどうでもよくなっているような声。
アサギは言葉を失ったまま、その場に立ち尽くした。
怒りも、恐怖も、軽蔑も湧いてこなかった。けれど胸の奥に、ひやりとしたものが忍び込んでいた。
それは――「哀れみ」ではなかった。
ただ、どうしようもなく言葉にできない、理解と拒絶が入り混じった、重くて、曖昧な感情だった。
「アサギ……!」
マリの声が、彼を現実に引き戻す。すぐそばで、彼の肩を守るように立っていた彼女の声は、温かくて強かった。
ルナの目は、もう遠くを見ていた。そこには誰の声も届かない。
けれどその顔には、どこか子どもじみた、妙に誇らしげな笑みが浮かんでいた。
その笑顔が、今はただ、あまりにも痛ましく見えた。
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