かぜのあお、たそがれのくに
あおいひ工房
風の中
ゆっくりと目を開けると、黄金色の稲が一面に広がり、風に合わせてさわさわと揺れていた。
柔らかな光が稲を照らし、波のように穂が風に流れていく。胸の奥に懐かしさが広がっていくが、その場所がどこなのかを思い出すことはできない。
遠くに見える山々は、白くかすんでいて、まるで夢の中にいるようだった。風と稲が揺れる音だけが耳に届き、あたりは静まり返っている。
心の奥には、小さな違和感が残っていたが、それが何なのかを言葉にすることはできなかった。
「おぉーい、おぉーい」
突然、風に乗って誰かの声が聞こえた。
優しく、心地よい響きで、自然とアサギの中に染み渡っていく。
「おぉーい、アサギ殿ぉ」
という声が再び響き、アサギは無意識にその方向に顔を向けた。
小柄な人影が遠くで手を振っているのが見えた。アサギはすぐにカワズ殿だと気づき、肩の力が抜け、微笑みが浮かんだ。
カワズ殿は明るい声で
「田植えの手伝いに来んかてばぁ」
と呼びかけ、元気に手を振っている。
アサギは軽く手を振り返し、歩き始めた。黄金色の稲が風に揺れる中をゆっくりと進んでいく。柔らかな土の感触が足裏に伝わり、穂が膝に触れるたびに心地よさが広がる。
足元には細い道が続き、稲穂が揺れる音が風に乗って静かに響く。歩みを進めるにつれて、広がる稲の波が遠くまで続いていることに気づく。
ふと視線を横に移すと、少し離れた稲穂の間に二つの人影が立っているのが目に入った。
一人は背が高く、長い銀髪を束ねた男。その冷静な佇まいと鋭い視線は、まるで遠くの何かを見据えているかのようだった。
もう一人は小柄な女性で、黒髪が風に揺れ、その目にはどこか悲しみと不安が浮かんでいるように見える。
アサギは彼らを見て、 「テンさんとキュウさんだ」と思った。
テンさんの視線は一瞬だけアサギに向けられ、その瞳には何かを探るような光が宿っていたが、すぐに穏やかに微笑んだ。まるで何事もないかのように。
キュウさんも静かにアサギを見つめていた。その目の奥には、何かを言いかけて飲み込むような、言葉にしにくい思いが揺れているように感じられた。
アサギはその視線の意味を考える間もなく、カワズ殿の方へと歩き始めた。
風が吹き、稲が静かに揺れる音が耳に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます