香りとの交じり合いを

12月19日 木曜日 雪焼けの香り①

 朝の3時に目を覚まして部屋の明かりを点ける。着替えと充電器、その他もろもろを詰めたリュックを背負って家を出る。


 少し歩いて楽斗らくとの家に行く。インターフォンを鳴らす。


 「もう出発する時間だぞ起きろー。」


 反応が無い。まだ、寝てるみたいだ。早く起きないとバスに乗れなくなるよ。


 インターホンを鳴らした後に軽く玄関ドアを叩く。いまだに反応が無い。電話をかける。お願いだから着信音で起きてくれ。


 扉の向こうから少しゴソゴソとした音が聞こえる。カチャっとした音と共にボサボサの頭をした楽斗が顔を見せる。


 「もうちょっと待ってくれ。後5分くらい。部屋に入ってて。」


 「起きてくれてよかったよ。」


 そう言いながら楽斗の部屋に入る。少し物が散らばっている大学生らしい部屋の玄関で待つ。


 歯を磨いて顔を洗って服を着替えただけで準備が終わったのかカバンを持って歩いてきた。


 「寝癖は直さなくても大丈夫なのか?」


 「大丈夫。今からニット帽かぶっておくから。もういい時間だから行くか。厚着してても玄関出たら寒そうだな。」


 「めちゃくちゃ寒いよ。早く電車に乗って暖まりたいよ。」


 「でも、スキー場に着いたらもっと寒いんだろうな。ウェアを着るから大丈夫だろうけど風邪だけはひかないように気を付けないとな。」


 「そうだね。スキーに必要なものは全部レンタルできるんだよね?持ってく荷物がこれだけで良いのかちょっと不安なんだよね。」


 「最低、何も持ってこなくても何とかなるよ。お金さえ持ってたら。現地に全部あるし、無くても俺が貸すから。何も心配せずにスキーを楽しめよ。せっかく松村まつむら先輩と行ける旅行なんだしさ。」


 「そう言ってもらえると安心感あるよ。」


 「そうそう全部俺に任せろって。」


 まだ、日の昇っていない寒空の下を歩いていく。


 結局、今日からの2日間で1泊2日のスキー旅行に行くことになった。大学の講義はサボるけどこのくらい良いだろう。全員の予定を合わせられる日が今日くらいしかなかったからしょうがない。


 日程的には今日の朝に◇◇駅のバスターミナルに集合してバスに乗り込む。そのバスに数時間ほどゆられて昼前にスキー場に到着。数時間練習した後に昼ご飯を食べて午後からはゲレンデの初心者コースを周る。ナイターも滑れたら滑ってホテルに泊まる。2日目は僕と楽斗がどれくらいスキーを滑れるようになってるかで回るコースを決めて滑る。そして、バスの乗車時間が近づいてきたら適当に切り上げる。こんな感じだ。


 日程が決まってからは早かった。楽斗が僕らのしたいことをまとめた上で全部の計画を立ててくれた。ありがたい事だ。


 ただ1つ不満があると言えばあるけども。


「なんで僕がお前を起こしに行かないといけないのかは分からないけどね。今日くらいは自分で起きようよ。」


 「ごめんて。でも、俺の判断は正しかっただろ。お前が起こしに来てくれなかったら寝てたまんまだったからな。いやー危なかったよ。」


 笑顔でごめんごめんと言って来る。最近、楽斗は忙しそうにしてたから仕方ないとも思う。たぶん、この旅行のために他の予定を詰めていたから。それを知っていてもこの顔を見てると1回くらいは痛い目を見てほしいとも思ってしまう。


 寒い寒いと言いながら駅まで歩く。


 この時間の駅は通勤する人も少なく、登校する学生なんて全くいないからガラーンとしている。


 この寒さから逃れたいという一心で◇◇駅行きの電車に飛び乗る。このかじかんだ手がゆっくりと溶けていく。


 「ところでさ、泊まる部屋を2つ予約してるんだけどさ、部屋割りってどうする?俺と衣緒いおはどっちでも良いって感じなんだけど。お前はどうしたい?」


 「どっちが良いって俺とお前が一緒の部屋に泊まるんじゃ無いのか?」


 「一旦はその予定だけどさ。お前と松村先輩が嫌じゃなければそれも良いんじゃないかなって思ってさ。俺と衣緒が同じ部屋に泊まりたいって気持ちもあるけどお前と松村先輩の事を進めたいなって気持ちもあるんだよ。」


 いろんな思いが交差してすぐに答える事が出来ない。


 「当たり前だけど俺らが強制できる物じゃ無いってわかってるよ。でも、そろそろだろって思ったんだよ。お前が知らないかもしれないけどお前と松村先輩が2人でスーパーに来てたのも知ってるんだよ。あそこが俺のバイト先だから。あの様子だとお前の家に泊まってたんだと思う。」


 その通りだ。


 「それがあってもお前から何も言ってこないってことは関係性が変わっていないんだと思う。」


 それも合ってる。


 「これこそ俺が言うことじゃないけど付き合って良いんじゃないか?好きな人とそれだけの関係を築けているのならさ。衣緒から聞いた話でしかないけど松村先輩は全く異性と遊びに行かない人なんだってさ。そんな人が宿泊までしてお前と過ごしてるんだよ。」


 それでも怖いんだよ。先輩の気持ちが親愛でしかなかった時のことが。愛情では無かった時が。


 「それに、松村先輩もお前の事が好きなんだよ。これは3人で話してた時に先輩が俺たちに言ったんだよ。このスキー旅行が決まった後にたまたま3人で話した時があったんだけどその時の言葉や様子が明らかにそうとしか思えなかった。直接、お前の事が好きだって言ってたわけじゃ無いけどそういうことだろ。」


 今度は驚きで声が出ない。


 「だからさ、もうそろそろ告白しろ。不安だろうけど、このまま告白しなかったらいつか先輩と距離が離れてくぞ。」


 「それは分かってる。来年から接点が無くなっていくことも分かってる。」


 ついこの前に結論が出たことを悩んでいた。


 「この前にも言ったけどさ、もうちょい気楽に考えようよ。」


 本当にその通りだ。

 

 「わかった。今日か明日に伝えてみるよ。」


 「覚悟が決まったか。まあ、ダメだったらダメだったでその時はドンマイ。」


 「お前、適当すぎだろ。僕は、一応お前の言葉で決心したのに。」


 「俺はこのくらいの適当さで生きてるからな。もし、お前が振られたときに俺の事が嫌いじゃなかったらいくらでも遊びに付き合うよ。」


 「その時は本当に頼むよ。」


 「任せろ。」


 ちょうど会話のきりの良い時に◇◇駅に着いた。


 改札を抜けて待ち合わせ場所で2人を待つ。10分くらいで2人の姿が見えてくる。


 「おはよー!!」


 「2人ともおはよう。」


 4人が揃った。


 「私は陽介ようすけ君と会うの初めてだよね。初めまして衣緒です。よろしくね。」


 「初めまして陽介です。よろしくお願いします。」


 「私の事は衣緒で良いからね。」


 「わかりました。衣緒さん。」


 さすがに初対面の人を呼び捨てすることはできない。


 「そろそろバスターミナルの方に移動するぞ。」


 楽斗が先頭を歩いていく。スキーツアー毎に列に並んでそこからバスに乗車するらしい。


 衣緒さんが先を歩いている楽斗の横を歩いている。となると自然と僕の横に居るのは松村先輩ということになる。


 「さすがにこの時間はまだ眠いよ。あ、今日、私はちゃんと自分で起きたからね。」


 「先輩はちゃんと起きれたんですね。もしかすると、、、、とか思ってました。ちょっと心配だったので安心しました。」


 「あはは。さすがに頑張って起きたね。陽介君は楽斗君を迎えに行ってくれてたんだよね。衣緒がありがとうって言ってたよ。」


 「僕が起こしに行ってなかったら楽斗こそ寝坊してましたね。」


 「やっぱりそうだったんだ。楽斗君は楽斗君で君が起こしに来てくれるから安心して起きなかった所はありそうだね。」


 「先輩もそう思いますよね。実は僕も薄々そんな気がしてました。」


 「それでも行ってあげたんだ。」


 「最近、忙しそうでしたからね。この旅行のために忙しそうにしてたのを知ってましたしね。」


 前を歩く楽斗を見ながらそんなことを言っているといきなり振り向いてきた。


 「並ぶ場所に行くって話だったんだけど集合場所に立ってる人が持ってる看板を見た感じだと今からバスに乗れるらしい。だから、直接バス乗り場に行くぞ。」


 そのまま自分たちの乗るバスの前に着く。数人が乗り口の前に並んでいる。自分たちの番が来た時に楽斗が乗車確認の手続きをして全員乗り込む。


 「席はこっちの2人とそっちの2人で良いよな。」


 「それで大丈夫だよ。なら、私と陽介君の座席はここだね。」


 「そうですね。僕は通路側に座りますね。」


 「ありがとう。」


 少しの間、待っているとアナウンスが入りバスが動き出した。


 このあたりへは時々、遊びに来ることがあるけど道路を見降ろしながら見たことが無かったから新鮮さを感じる。


 こうして旅行に行くこと自体が久しぶりだ。去年は受験があったから行けるはずも無く、それに前に付き合っていた彼女とも受験期が始まる前に「受験勉強に集中したいから」という建前で振れらてしまっていたから。


 街を抜けて高速道路を走る。ずーっと走ったら高速道路を降りて町を通ったと思うと山道に入っていく。


 道路の脇に除雪された後のある雪が見える。普段、見ることの無い雪の景色にワクワクを抑えることができない。


 外の景色を眺めていた僕の顔を先輩が覗いていた。


 「陽介君ってさスキーするのは初めてなんだよね。このあたりに来るのも初めてなの?」


 「そうですね。なんなら山の方へ来ることもほとんどありませんでしたね。だからか周りの景色をずっと見ちゃいます。」


 「楽しそうだね。もしかして1人だけ滑れなくて不安になってるのかと思ってしまったよ。」


 「それはありませんね。それよりも楽しみって気持ちが大きすぎて。」


 「良かった。私も本当に楽しみだね。スキー場が近づくにつれて楽しいって気持ちが湧いて来てるんだ。」


 「君にスキーを教えるのも楽しみだしね。君は何回、コケるかな。」


 「コケる姿を見せるのは少し恥ずかしいかもしれないですね。」


 「コケればコケるほど上達すると思うからいっぱいコケてね。もちろん、怪我をしないコケ方をちゃんと教えるから安心してね。」


 「お願いします。」


 そうやって話しているとスキー場に着いた。


 目の前には人工的に整備されていながらも自然を感じるゲレンデが広がっている。


 軽く雪が舞っている綺麗な景色。


 身体の芯まで冷えるような寒さ。


 初めての体験に胸が躍る。

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