ぬくもりの香り

11月7日 木曜日 計画の香り

　朝の10時、予定通りに楽斗（らくと）と駅に集合する。

　「おはよう陽介、◇◇駅に着いたらまず俺の行きたい所に行くけど良いよな？」

　「うん、僕は松村（まつむら）先輩と出かける日のための服を買いに行けたら良いから順番はなんでも大丈夫だよ。」

　今日、協力してもらうために僕が先輩に片思いしていることは、先に楽斗に電話で伝えおいた。少し驚いた様子はあったけどおちょくられることも無く、親身に話を聞いて快く協力してくれることになった。

　まずは電車に乗る。この電車に乗っていたら40分ほどで最寄駅から◇◇駅まで乗り換えなし行くことができる。電車に揺られているとき、ふと楽斗（らくと）がこんなことを聞いてきた。

　「やっぱり、陽介は片思いしてたんだな。」

　「してるけど、そんなにわかりやすかったか？僕的にはけっこう隠し通せていたと思ってたんだけどな。」

　「あんなにわかりやすい様子でいて隠し通せているわけないだろ。特に今週の月曜日とかは特にわかりやすかったよ。」

　今週の月曜日は先輩と遊びに行くことが決まった日だ。しかも、その時は講義中で隣には楽斗がいた。そういえば、楽斗が僕の方を変な目で見ていたような気もしてきた。あの時は、どんなことを思われていても良いと思っていたから気にならないけど、それよりも前からばれていたのか、いまさらながら、自分自身がどんな表情で生活していたのかを想像するとめちゃくちゃ恥ずかしい。

　「あの日は、自覚あるけど他の日もか、、、、、、。楽斗だけなら変な様子を見られてもまだ良いけど、ほかの人にもそうやって見られてたらちょっと嫌だな。」

　「あんまり気にする必要ないと思うけどね。」

　「なんでだよ。」

　「だって、お前は学科の中で話せる人俺含めて数人しかいないだろ？だから、誰もお前のことなんて気にしていないよ。」

　「それもそうだな。」

　あまりにも辛辣すぎる。でも、何も言い返せないほどの正論でなんだか自分でもその通りだと納得してしまった。たしかに、僕は同じ学科の同期でコミュニケーションを取れる人は片手で数えられるほどしかいないので恥ずかしがる必要も無かった。

　「そろそろ◇◇駅に着くから先に俺の行きたい所に行くぞ。」

　行先はまだ伝えられてなかったけどご飯を食べに行くことだけは聞いていたから楽斗はラーメン屋に連れて行ってくれるだろうと思っていたが、楽斗が向かったのは落ち着きのあるカフェだった。

　「いらっしゃいませー、2名様ですね、こちらのお席へどうぞ。」

　ふんわりとコーヒーの香りが漂う店内で案内してもらった席も落ち着きのある場所で、オシャレな空間だった。僕がカフェオレとサンドウィッチ、楽斗がブラックコーヒーを頼んで届くのを待つ。

　「楽斗ってカフェ好きだったんだ、あんまりイメージ無かったよ。」

　「普段めったに来ないけど、お前の話を聞くのには良いかなと思って。」

　「えっ？」

　まさか初めから僕の片思い事情を聴きだすために今日、僕を誘ったのか？僕は、いつからこいつの手のひらで踊っていたんだ？こわっ

　「何も怖くないよ。」

　心読まれた！？

　「心なんて読めるわけないだろ。お前は考えていることがいつも表情に出るからわかりやすいんだよ。」

　顔に出てるかもしれないけどこれほど考えていることが読めるか？と疑問はあるが、一旦そういうことだと納得しておこう。

　「うん、そうしとけ。」

　僕はもう何も反応しない。

　「ところで、僕の話を聞きたいって言ったけど、何を聞くつもりなの？僕が松村先輩のことが好きなのはもう楽斗に言ってるし。」

　「初めに今日、遊びに誘ったときは誰のことが好きなのかとかも聞こうとしてたけど、今は松村先輩のどこが好きかとかかな。」

　「そんなことで良いんか。楽斗が聞いてくることだから、もっと現実的な若干グロイこと聞かれるかと思ったけど結構ピュアなんだね。」

　「別に、友達と軽く恋バナしていだけだからそんなに深く聞くつもりもないよ。てか、若干グロイことってどんなことだよ。」

　「例えば、相手の性格がきらいで顔とか体だけが目当てだとか、将来のお金目当てだとか、相手の実家の太さ目当てだったりかな。」

　「あー、そっち方面のことは聞こうとも思ってなかったし聞きたくもないな。それに、陽介がそこまで考えて恋愛するとは思えないし。」

　「純粋だな。」

　「まあ、俺の性格が純粋というよりか、ピュアな純愛が好きなだけなんだけどな。で、どこが好きなんだよ。」

　先輩のどこが好きか、楽斗の言う通りで僕は何も考えずに直感的に好きだから片思いしているだけだ。そのうえで改めて考えると思い当たるところがいくつかある。

　「まずは、若干抜けている所。普段はしっかりとした印象の強い人だけど、本当に一瞬だけふと気の抜ける時がたまにあってその時にちょっとした失敗をして焦る姿が可愛らしいんだよ。あと、ここと似ているけど真面目なところ。いつも講義を真面目に聞いて板書を自分が後から見て理解しやすいように注釈を入れながらまとめているところ。なんで板書の内容を知ってるかって？この前、僕がレポートを書くための板書が無くて困ったときに先輩が僕のためにわざわざ送ってくれたんだよ。僕は、そのレポートのことすら忘れてたから本当に助かった。こうやって僕のことを気にかけてくれて、僕なんかのために行動してくれるだけで幸せを感じるほどに好きだな。それに極めつけは香りだね。」

　「香り？」

　「そう、香りだよ。あの人から漂い僕の鼻を抜け、肺へと入るあの香り。柔軟剤や香水の香りとは違う先輩の生きている動物としての匂いがこの僕の身体を支配するんだ。こんな経験は初めてだから自分自身でも戸惑ってるけどあの先輩の温もりを直接感じる香りと同化するような感覚が僕の心を満たしてくれるんだ。こんな感じかな、僕が好きなところはこのくらいだよ。」

　「このくらいって言うけど十分だと思うよ。正直、お前がこんなに語るとは思っていなかったから少し引いちゃったくらいだ。」

　「楽斗から聞いてきたんだから引くなよ。たしかに僕も同じことを人から言われたら引くかもしれないけども。」

　「自覚してるなら良いよ。そろそろいい感じの時間だし、お前のデート用の服を買いに行こうか。」

　「よし、行こう」

　カフェを出て大きなショッピングモールへ向かう。ここは、普段から休日は若者で賑わう服屋や雑貨店などが集まる10階建てのショッピングモールだ。今日は木曜日、平日なので人も少なく、ゆっくりと買い物ができる。できるが、何を買えば良いかわからず、視線がうろうろしてしまう。さらに、目の前から店員さんが来て話しかけられてしまった

　「今日は、どのような物をお探しでしょうか？」

　「ええ、と、、、」

　何を探しているかを聞かれても自分でもわからないから答えようが無い。さらに、いろいろと質問されても単語の意味すらわからないので答えようが無い。普段、オンラインショップで無難な服を買うだけの僕にとって、実店舗で買い物をするときに最大の壁となって立ちふさがるものが店員だと思うくらいにこの会話に苦手意識を持っている。しかし、今日の僕は一味違う。なぜなら、僕の隣には頼りになる楽斗がいる。ちらりと目くばせをすると楽斗は頷き話し出す。

　「今日は、普段ほとんど服を買わないこいつがデートのための服を買うために来てて、俺はそのアドバイス兼付き添いで来てる感じです。もう、買う服のイメージ自体は固まってきてるんですけど、、、、、、、、。」

　まるで、講義中の教授のように楽斗と店員さんが何を言っているのかわからなくなっていった。2人に流されるがままに試着をし、求められるがままに必要かどうかもわからない感想を言い、それらを何度も繰り返していると気づけばレジで会計をしていた。金額はきちんと楽斗に伝えていた予算内だったが、それでもぎりぎり片手で数えられない万札が財布から消えていった。

　「良い買い物ができたな。これでデートに行っても先輩に恥をかかせることは無いな。」

　凄まじい疲労感に包まれている僕の横で楽斗が笑顔でそう言ってくる。その通りで、僕から頼んだことだから感謝すべきだとはわかっているけど何故か納得がいかない。

　「今日はありがとう。楽斗のおかげで助かったよ。」

　「おう、俺も今日は楽しんだし、デートが成功してほしいからあとは頑張れよ。」

　そう応援されながら◇◇駅からアパートの最寄り駅まで帰り、別れた。1人で駅からアパートへ帰っていると徐々に緊張の気持ちが大きくなっていく。夢に思い描いていた先輩とのデートが目の前にある。そのデートのために買った物もこの手で持っている。これは妄想では無い紛れもない現実であることが僕を焦らせる。

　家に帰り、ご飯を食べ、風呂に入り、歯を磨きベッドに入る。この間ずっと緊張していて何を考えていたかすらまともに覚えていない。今日は本当に疲れた。もう寝よう。

　今日、買ったばかりでまだ紙袋に入ったままの服をベッドわきにほったらかしているせいか、新品の服の香り、紙袋の香りが漂って来る。そうすると自然と先輩とのデートについて考える。必ず成功させる。そう決意して眠りに落ちた。