第6話:害鳥

 俺の嫌な予感は他所に、順調に物事は進んでいった。

 上階を掃討していた連中とも合流を済ませ、俺たちは狩り残しがないことを巡って確認する。

 ここでもしも狩り残しがいれば、一般人を招き入れた際に大惨事になる。決して手を抜けない重大な仕事だ。


 退屈だと愚痴を漏らす奴もいるが、気にしてやるものか。


「ひゃー。凄い風」

「ここ高さどのぐらい? 落ちたら死ぬ?」

「死ぬ」


 屋上ヘリポートの上で、一通りの見回りを終えた俺たちは一息入れていた。

 ここまで狩り残しはゼロだった。

 作戦終了……と言いたいが、まだ胸騒ぎがする。何かが残っているんだろう。

 何か見逃していると思っている時は、必ず何かを見逃している。


「そういえば、地下があるって話じゃなかったっけ」

「……ああ、そういえばそうだな。どこで知った。そんな情報」

「一階にいた奴らがそっちに逃げて行った」


 なるほどな。そういう事か。

 で、逃げた奴は放置して俺の指示を完遂してたってことか。

 命令放置して追っかけなかったのを褒めるべきか、それを報告しなかったことを責めるべきか……。


 忘れてた俺の落ち度を放置して責めるのは、違うな。

 どちらにしても、逃げた奴がいるなら狩りつくさないとだ。それだけが確かにいえること。


「そうだな。真鉄、黄燐、電塊の三人で地下の殲滅へ向かえ。黒姫と刃花はここで俺と一緒に待機だ」

「え、待機ですか?」


 刃花は何も言わないが、黒姫は意外そうだ。

 他の連中も少し不思議そうにしている。


「……まだ確認したいことがある。だから、下には三人で向かえ。地下ならお前らが多少暴れても問題ないだろう」

「わかりました。じゃあ、ほら、お前たち行くぞ」

「えー、なんでお前が仕切るんだよ」


 あくびをしながら真鉄について行く黄燐に、欠伸をしながら渋々ついて行く電塊。

 不安は残るが、真鉄が上手くやるだろう。


「残ってるのが女性ばっかだからって変な事すんなよおっさーん」

「さっさと行け」

「おっこらっれたー!」


 まったく、本当に黄燐とくれば。

 刃花は黙ったまま何も言わない。必要以上の事を喋る気がないと態度で示していた。

 大きめのコートを羽織り、フードを深く被って表情を隠そうとしている刃花。運動するとわかっていたのに、普段通り大人用のだぼだぼとした衣服なのは、何か目的があってなのだろうか。

 ……単純に着替えるのが面倒だっただけ、とかないよな。三日前も同じ服装だったのを見たが。


 黒姫の方は、非常に不服そうだ。こっちは動いてないと気が済まないだけだろう。


 さて、この二人を残したのは理由がある。

 この吹き荒れる風の中、問題なく戦えるのはこの二人だろうという確信があるからだ。

 向こうの三人は戦えはするだろうが、味方を気遣いながら戦えるかと言われると微妙だ。


「あの、龍輪さん」

「俺はコイントスが苦手でな」

「はい?」


 話しかけてくる黒姫に、俺は自己論で返答する。


「生まれてこの方、的中させたことが全くない」

「それが、何か関係あるんですか?」

「俺が起こってほしくないと思ったことは、大体起こるってことだ。……ほれ、来たぞ。構えろ」


 ここは空に近い。つまり、空から襲われる分にはがら空きということだ。

 空中からの強襲に辛うじて反応したのは、俺がそちらへ視線を向けていたからだろう。

 気づくのが一瞬遅れていれば、それこそ地上四十六階から真っ逆さまだ。


 現れたのは三メートルはありそうなほど巨大な鳥。頭にはエリマキのように派手な羽飾りがついており、こいつの異様さを表していた。

 鳥の癖に翼だけでなく、腕も生えていて気色が悪い。翼人というには鳥の要素が強すぎる。鳥人というのが限界だな。

 嘴の先から長い舌を出して、こちらを補足した目がぎゅるりと一回転する。


 ヘリの変わりに着陸すると、俺らへ向かって威嚇するように翼を大きく広げた。


「やれるか?」

「やります!」

「戦い、開始」


 静かに構える二人。俺はまた一歩下がって、戦いの様子を見ることにする。

 この都庁を拠点にするということは、こういった空の脅威と戦わなければならないという事。

 こいつ一匹程度倒せなければ、先はない。


 これが俺が危惧していたこと。空の脅威による乱入だ。

 俺らは当然空の支配権を得ていない。ならば、この拠点を取り返したとしても、空からの勢力に対して防衛ができなければ意味がないのだ。


「勢い余って落ちるなよ!」


 屋上での戦闘で気を付けるべきことは落下することだ。

 俺たちに羽は生えていない。落ちればそのまま地上に真っ逆さま、即死は免れない。

 黒姫と刃花は一応対抗策を持っているが、いざというときにできるかと言われると不安が残る。こんなことなら訓練させておくべきだったな。


 先陣を切るのは黒姫だ。

 並行して、刃花も援護の準備を整える。

 大小様々な金属の刃が宙に生成され、浮かび上がる。刃花の能力だ。


 黒姫が鳥に切りかかるのと同時に、刃花は刃を相手が取り囲まれるように展開させる。

 逃げ場を無くした状態での攻撃。怪物は何の反応も見せないように見えた……が。

 黒姫の瞬撃を受ける直前になって、その口が開かれた。


「助けて……っ!」

「!?」


 生じた一瞬の隙を突いて、怪物の拳が黒姫の脇腹に直撃する。

 あいつは勢いのままに転がっていき、受け身を取ることにも失敗していた。

 馬鹿野郎が。


 追撃は許さぬとばかりに、刃花が刃の雨を怪物へ浴びせる。しかし、その程度の攻撃は全て羽によって防がれる。

 ぶつかり合う金属音が五月雨のように響く。よほど硬質な羽をお持ちのようだ。


「おかあさん。助けて、死にたくない。やああああああああ! あはははははは!」


 ぎゅるりぎゅるりと目玉を四方八方へと回しながら、嘴を打ち鳴らして叫ぶ。何と趣味の悪い鳥野郎だ……っ。


「過去に襲った人間の声を模倣してるのか」

「……悪趣味」


 助けを求める声に反応して一瞬だけ意識が敵から逸れたのが、黒姫がもろに攻撃を喰らった原因だ。

 戦いの最中に意識を逸らすなんて、と言いたいところだが、あいつは何よりも救助を優先してきた。身に染みた感覚は、そう簡単にはぬぐえない。


 俺は駆け寄るか考えて、やめた。

 この場で動いてもいいことはない。何より、ダメージは受けていてもまだ動けるようだ。

 ……そう、俺は冷静に判断を下さなければならない。

 奥歯を思い切り噛みしめる。


「耳を貸すな! ただの鳴き真似だ!」

「わか……てます」


 黒姫は何とか起き上がろうとする。その隙を作るために、刃花が動いてターゲットを取りに動く。

 近接戦はめっきりできない刃花だが、その能力を活用すれば機動力はある程度確保できる。

 刃を生成し、自由に動かすことができるのが刃花の能力だ。上手くやれば、乗り物を作ることさえできる。


 怪物の興味が黒姫から刃花へと移った。ぎゅるりと目玉にねめつけられ、一歩だけ後退ってしまっていた。

 その隙に黒姫が立ちあがり、刀を強く握り直す。


「ああああああ!」


 自身を鼓舞させるための咆哮。口から血が滲み出ている。

 骨が何本か折れていそうだ。それでも動けるのは、気力の問題だろう。


 だが、今度は動きが鈍すぎる。

 刃花へ気を向けている間に切りかかるつもりだった黒姫の横腹に、再び攻撃が刺さった。

 しかも、怪物は黒姫の方へ意識を割いている様子はなかった。完全に意識外からの一撃。


「しっ……ぽ…………?」

「げっ、げげえげげ!」


 鳥面の癖に、勝ち誇る様に笑ったとわかる笑い方をしていた。


 突如怪物に生えた尻尾が、鞭のようにしなり黒姫へ激しく叩きつけられた。

 弾き飛ばされ、何度かバウンドしながら転がっていく黒姫。屋上の縁までたどり着き、そのまま危うく屋上から落ちかける。

 何とか縁を掴めたようだが、ともすれば落ちてしまう。

 からりと乾いた音を立てて、怪物の側に刀が落ちた。


 先ほどまでなかった尻尾が生えてきた? 明らかに隠していたな……っ。

 意識を向けていないように見えたのも、誘うための罠。

 あまりにも不意打ちに特化しすぎている。とことん底意地の悪い化け物だ。


 ここまで人を小馬鹿にできるなんて、相当知能があるに違いない。

 まさか、人を食って、その知能を得ているのか。


「黒姫!」


 思わずといったようにフードを外し、そちらへ視線を向けた刃花。

 おい、敵は目の前だぞ!


「馬鹿、よそ見をするな!」

「え……?」


 一瞬で刃花の前まで移動していた鳥人。その拳が、真っすぐ振り下ろされる。

 鈍い音が響き渡る。地面へ押しつぶされるように、刃花が倒れていた。


 倒された二人。残されたのは俺だけだ。

 下に向かわせた三人が戻ってくるにしても、時間がかかるだろう。少なくとも、今すぐということは、ない。


「助けて、誰か! なんで俺がこんな目に、お願いだからこの子だけは!」


 勝鬨かちどきのつもりか、天へ向かい怪物が吠える。

 長い舌を外に出して波打たせている。とことん、所作が気味が悪い野郎だ。


「……だから、不確定要素は嫌いなんだ」


 ゆっくりと息を吸い、細く長く息を吐く。

 俺は一人、ゆっくりと怪物へと歩き出した。

 その最中、片腕に注射で薬剤を投与しながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る