命の対価②
2044年4月6日
立証実験はついに明日行われる。
春斗達が言っていた通り魔物がいきなり飛び出してこないとは言い切れない。
あくまで異世界へと繋がる扉を創るだけだ。
座標の指定なんてできるわけがない。
もし魔族領に繋がってしまった場合はすぐに電源を落としゲートを閉じなければならない。
それにこっちの世界にいる魔族と魔神。
奴らがどう動くかは予想がつかない為、不確定要素の1つになっている。
「そう緊張しなくていいよ、彼方君」
五木さんに肩を揉まれリラックスするよう言われたが、明日に迫るにつれて緊張は最高潮だ。
「ですが正直不確定要素があるので、本当に大丈夫なのかどうかも……」
「科学に絶対はないよ、色んな不確定要素が混じり合って成功した場合のみ成果が残る。科学は結果が全てなんだ。」
言葉では理解できていても、頭の中はそうはいかない。
「とりあえず今日はもうやることは終わったし、明日10時に集合してくれればいい。全世界を驚愕させる結果を作ろうじゃないか。」
楽しみ半分不安半分なまま帰路につくが、その帰り道アカリが顔を覗き込んできた。
「不安?カナタ。」
「まあそりゃあね。君たちみたいな異世界の存在が身近にいるし、人間を脅かす生物も居ることが分かってしまった以上、異世界と繋がった瞬間が怖いんだ。」
「今からでも辞めてもいいんじゃない?」
「そういうわけにいかないよ。もしも毎日見る悪夢が本当だったら……異世界に逃げるしか人類滅亡から逃れる手段はないんだ……」
そう言うとアカリはまた無言で歩き出す。
数歩歩いたところで小さく呟く。
「大丈夫、カナタは私が守るから」
その言葉がとても頼もしく聞こえるくらいに僕は不安に押しつぶされそうになっていた。
「ありがとう、いざという時は頼むよ」
「任せて」
あまり膨らみのない胸を叩きながら少し誇らしげに微笑んでくれた。
「ただいまー」
「おかえりー!」
いつもの日常が不安を忘れさせてくれる。
姉さんの声を聞くとそれだけで、日常を感じさせてくれる。
「遂に明日じゃない!彼方が世界に認められる日!」
とても喜んでくれる。
たった一人の弟が世界に認められる、それだけで姉は満足なのだがやはり心配事もある。
「ねえ、ほんとに大丈夫なんだよね?危険はないんだよね?」
「大丈夫だよ、安心して生中継を見ててくれたらいいから。」
ここ毎日のように聞く台詞。
いつもと同じ答え。
姉の気持ちを考えると、やはりたった一人の肉親を失いたくないのだろう。
僕にとって姉は唯一の家族。もちろん姉も同じ気持ちのはず。
申し訳無さが溢れてくるが今更止まることはできない。
ここまで来た、悪夢を見て、人類を救う手段を考え、理論を作り出し、完成させた。
後はたったひとつのスイッチを押すだけだ。
たったそれだけなのに、こんなにも不安が募るのはやはり魔族……
アレンさんや頼れる仲間がいる、それでも不安は拭えない。
嫌な予感が頭をよぎる。
計画はしっかり練った。
警備も万全、何もかも上手く行っている。
問題など何もないかのように進んでいる。
一つのミスもなく完成した。
ただそれだけが怖い。
なかなか寝付けない夜は次第に深くなり、時期に瞼は閉じていった。
2044年4月7日10時
五木さんの指示通り10時丁度に研究所へ入ると、既にお披露目の準備が終わっていた。
「おはよう彼方君、よく眠れなかったみたいだね。クマができているよ。」
「おはようございます。色々考えてしまってなかなか寝付けませんでした……」
機械の前に舞台ができており、覆い隠すような大きい布が被せられてある丸いドーナツ型の機械。
ここで僕は今日、世界に名を知らしめる事となる。
緊張で手汗が滲み、もらった台本は少し皺になった。
「この舞台で12時に開幕となるからね、それまでに緊張をほぐしておくといいよ。」
冷たいお茶を渡され、五木さんは他の準備もあるようで何処かへと消えていった。
後2時間後には人で埋まる。
数十分もすれば世界各国の記者や主要人物が集まってくるだろう。
舞台の袖でその時を待つ。
宿り木の皆はもう配置についたみたいで、先程アカリから知らされた。
時間も迫ってきた時、茜さんから話しかけられた。
「彼方君こんな所に居たのね、結構知り合い呼んでたみたいだけど、たくさん友達いるのね。」
「そうですね、皆さん仲良くしてくれています。」
「友達少ないと思ってたからなんか少し安心したわね」
宿り木の皆は友達と言っていいのかわからない間柄の為少しふわっとした言い方になってしまったが、茜さんは疑問を抱かなかったようでそれだけ聞くとまたどこかへと歩いて行った。
2044年4月7日11時50分
舞台袖から会場を見ると既に人でいっぱいになっている。
反対側の舞台袖には五木さんが控えており目を合わせると、少し微笑んでくれた。
「私はここにいるから何かあったら叫んで」
アカリは舞台袖で待機、僕は説明やらを求められるから舞台に出ないといけないが、流石にそこまでアカリを連れて行くわけにいかない為叫んで守ってもらう方法を取ることになった。
「まあ叫ばないことを祈るしかないな」
舞台を見回すと厳重な警備体制に、監視カメラが各所に設置されている。
もちろんここに入るだけでも金属探知機やらX線検査が行われ許可された者だけが入れるようになっている。
ただ魔法という科学で説明が付かないものが存在している以上、絶対はない。
恐らく魔族は既に入り込んでいるのだろう、ここぞというときに飛び出してきそうだ。
無事に終わってくれと祈りながら開幕を待つ。
2044年4月7日12時。
「それでは時間になりましたので、異次元空間への渡り方、通称異世界ゲートの立証実験を行います。」
司会の声が聞こえてくる、確か15分ほど説明がありその後五木さんと同時に舞台に出てきて後ろの大きな布が外される。
そこで初めてここに訪れた方たちは機械を目にする。
まずはそこが最初の危険ポイントだ。
機械を目にした魔族が飛び出してくる危険性。
今日一日でいくつかの危険ポイントはアレンさんから事前に聞いている。
次に僕がスイッチを押した瞬間。
最後に起動が確認され異世界へと繋がった時。
この3つのポイントが一番気を張らないといけない時になる。
「では、お二方に登場して頂きましょう。どうぞ!」
そんな事考えているうちに時間が来たようだ。
五木さんと共に舞台の真ん中へと足を進める。
カメラのフラッシュやスポットライトに照らされ、記者や主要人物の顔は見えなくなる。
「どうも皆様、初めまして。私が五木隆です。そして隣にいるのが」
と、目をこちらに向け合図してきた。
「城ヶ崎彼方です。」
大きな拍手の音が会場を揺らす。
少し間をおいて五木さんが喋りだした。
「本日は皆様お待ちかね、異世界ゲートの起動を行います。城ヶ崎彼方によって生まれたこの異世界ゲート。世界の常識を変える一歩になるでしょう。」
随分持ち上げられているが実際に常識が変わるだろう。
なにより異世界に行くことにより、魔法という概念がこの世界にも生まれることとなるのだから。
後ろの大きな布が取り除かれ、ドーナツ型の機械はお披露目となった。
また大きな拍手が巻き起こるが、アレンさん達のは真剣そのものだ。
何も問題がなかったようで次のフェーズへと進む。
まずは一安心といったところか。
「起動を行うのはもちろん本人です。では彼方君よろしく頼むよ。」
そう言いながらスイッチを僕の手に渡し少し離れる。
これを押したら、起動する。
辺りは静寂に包まれ、僕の押す瞬間を今か今かと皆は見守る。
10秒は経っただろうか、満を持して僕はスイッチを押した。
反重力装置が起動し、ドーナツ型の機械は回転を始める。
唸り声のような音を響かせながら、ドーナツの中心のぽっかり空いた空間は少しずつ歪み始めた。
バチバチと雷のような音が広がり、次第にドーナツの中心の空間は黒ずんでいく。
耳障りな音がやんだ頃には、黒ずんでいた空間は完全な漆黒と化していた。
成功したのか?
いや、油断はできない。
空間が固定されていなければ、入った瞬間にバラバラとなるだろう。
とにかく起動は成功した。
手はず通り、近くに用意されていた鉄のパイプを握り空間へと突き刺した。
3秒、4秒、5秒待ち、鉄パイプを引き抜く。
曲がったり折れたりせずそのままの形で鉄パイプは漆黒の空間から出てきた。
どうやら空間は固定されているようだ。
「起動、成功しました。」
マイクを持ち皆に話しかけるように声をかけた。
拍手喝采の中五木さんが近づいてきて、最後のテストの指示を出しに来た。
「おめでとう、まずは成功と言えるね。最後は生物のテストとなるが、ほんとにいいのかい?」
最後は人の出入りが出来るかどうかだ。
危険があるため、本来なら止められるが本人の希望もあり一人の人物がテストを行うことになる。
「大丈夫です、本人もこの実験に携われて満足しているそうです。」
「おう、任せろ。しっかり向こうの世界を見てきてやるぜ。」
そう、ゼンが立候補したのだ。
見た目も厳つく、体つきはしっかりしている。
向こうで何かあっても彼なら大丈夫だろうという安心感とゴリ押しでなんとか五木さんに許可をもらい、ゼンに決まった。
大人数が見守る中ゼンが異世界ゲートの前に立つ。
心なしか彼も緊張しているようで、額に汗が滲んでいる。
「じゃあ、行ってくるぜ!」
元気な声と共に漆黒の空間へと足を踏み入れた。
誰もが声を発さない。
彼が無事に帰ってきて初めて完成と言える異世界ゲート。
神に祈るしかなく、ただ帰りを待つのみ。
この間も、魔族が襲撃してくることはなかったせいで、まだ宿り木の皆は気が張り詰めていた。
数十分は経っただろうか。
ただ見てくるだけなのにえらく時間がかかっている。
少しずつざわめきが広がり始め、僕も五木さんと顔を見合わせる。
「大丈夫かい?彼は」
「分かりません。ですが僕らより適任なので任せるしかなかったんです……」
適任という言葉が引っ掛かったのか首を傾げるが、それ以上追求してくることはなかった。
ゼンがゲートに足を踏み入れてから約1時間経過し、そろそろ訪れている人達に説明が必要だと思ったその時、ゲートから声が聞こえてきた。
「……ろ……!は……く……逃げ…………!」
途切れ途切れに聞こえてくる焦ったような声。
ゼンの声に間違いはないが、逃げ、と聞こえた事に戦慄が走る。
逃げろなのか逃げてきたなのか、どちらにせよいい意味では無いことは確かだ。
全員がゲートを凝視し見守る中に遂にはっきりと聞こえた。
「全員その場から逃げろ!!恐れていた事が当たった!!このゲートは魔族領に繋がっている!!!」
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