それぞれの想い③

2044年3月15日。


今日は僕の学校で卒業式がある。

式典まで時間があるので、校内を1人歩く。

アカリは部外者になる為、姿を隠し何処かから僕を見守っているそうだ。

春斗は食堂に居ると言っていたが、それなりに人がいるせいで何処にいるか見当もつかない。

フラフラと視線を彷徨わせて探していると肩を叩かれた。

「やっと見つけたぜカナタ!」

春斗も僕を探していたようで、先に見つけてくれたみたいだ。

「いやー卒業式なんて感慨深いな!」

何も考えていなさそうな春斗の口からそんな感想が出てきた事に驚いたが、何気に僕も4年間の思い出を振り返る。

「そういえば、式が終わったあとどうするんだ?」

何も考えていなかったな、まあでも世間は打ち上げみたいな事するんだろうか?

「何も考えていなかったけど、宿り木で卒業祝いするとか楽しそうだなって」

「おー!今それを言おうとしてたんだよ!団長とかもお祝いしたいって言ってくれてたしさ、そんなら式終わったら宿り木行くか!」

式終わりの予定がたったの数分で決まってしまったが、まあいいだろう。

そろそろ時間だ、式の会場へと足を進めた。


卒業式は淡々と進んでいく。

これといった大きなイベント事もなく、終わった。

呆気なく終わってしまったが、こんなものなのだろう。

これから他の同級生は自分の人生を歩んでいく。

僕も研究所への就職が決まっているし、各々自分で敷いたレールの上を走っていくのだろう。


「さあ!行こうぜカナタ!」

大学の校舎を出てすぐに駆け出そうとする春斗を抑え込むのが大変なほど興奮している。

「そんな急がなくてもいいよ、歩いて行こう」

何度も言うが僕は体力がない。

宿り木まで走って行くなんて正気の沙汰じゃない。


しばらく歩いていると、ふと春斗が声を掛けてきた。

「そういえばカナタ、彼女いるか?」

何だ急に、男同士で恋バナと洒落込むつもりか?

「いや、残念ながらいないな」

そう言うと、少しニヤニヤしながらモゴモゴしだした。

「何なんだよ気味が悪いな」

「いやいや、まあまあまあ時期に分かるぜ」

何のことかさっぱり分からないが、聞くほどの事でもないか。


宿り木に到着し、扉を開けるとレイさんが出迎えてくれた。

リビングまで入ると皆勢揃いしているようで、和気藹々としている。

適当に空いている席に座ると春斗も並んで座る。

僕の左側が空いているのを見つけたのかフェリスも近付いてきた。

「久しぶりねカナタくん」

「お久しぶりですねフェリスさん」

最近は会うこともなかったので、直近の世間話をしているとアレンさんが皆に合図を送り出した。


「はーい、注目ー。今日はハルトとカナタくんの大学卒業祝いです。あまり羽目を外さない程度に食べて飲んで騒ごう!!」

その声を皮切りに辺りは次第に騒がしくなる。

テーブルには所狭しと寿司やピザ、出前を取ったのか色んな料理、スイーツが並んでいる。

何から食べようかと悩んでいるとフェリスさんが色んな料理を少しずつ取ってきてくれたみたいで僕に渡してくれた。

「どうぞカナタくん、今日は主役なんだからドンドン食べないとね!」

「ありがとうございます、わざわざ取って来て頂いて。」

フェリスさんは気が利くし美人だし非の打ち所がないな……いやあったな、戦闘時は怖い。それだけが欠点ってところか。

「そういやフェリス、カナタって彼女いねーんだってよ!」

さっき宿り木に来る途中、春斗聞いてきたのはこの為か。

さては話のネタにしてからかうつもりだな?


それを聞いたからなのか分からないが、いきなり顔を赤くしたフェリスさんはしどろもどろに何やらモゴモゴ言い出しその場を離れていった。

「おい春斗、フェリスさんどっかいっちゃったぞ、なんなんだよ」

「はーどっちもヘタレってわけか。いやカナタは鈍感だからたちが悪いな」

どういう意味だ?

明らかに落胆した表情を僕に向けてくる。

「ま、いずれ分かるぜ。あんまり調子に乗ってると俺がボコボコにされちまうからな」

ハハハと豪快に笑いながら違う人の所へと移動していった。


1人になってしまった僕を見てか、アレンさんが話しかけにきてくれた。

「やあカナタくん、あれから魔法は順調かな?」

アレンさんにはたまに魔法の稽古を付けてもらってる為久しぶりに会った感じはしない。

「どうも、そうですねやっぱり上級魔法はなかなか難しくてこないだ1度だけ出来たんですけどたった1回で魔力が尽きてしまいました。」

「おおー!?もう上級魔法が使えたのか!凄いじゃないか!魔力はまだ少なくて当然だし自ずと増えてくるものだから気にしなくていいよ。

でもまさかもう上級まで覚えるとは……これは戦略級魔法まで教えるのも近いな……」

何なら聞き慣れない単語が聞こえてきたが……戦略級?もう字面から凄そうじゃないか。

「戦略級っていうのはどれくらいの威力なんですか?」

「それはもう、戦略級だよ。小さい街1つ壊滅させる事ができるね。」

とんでもない魔法じゃないか。

そんなもの覚えてもいつ使えばいいんだ。


そんな話をしていると耳に入ってしまったのか怒った形相でこちらに向かってくるレイさん。

「ちょっと団長?今戦略級って聞こえてきましたが?」

「あ、いや、その、まあなんていうかね、カナタくんは凄いってことだよ!」

なんの言い訳にもなっていないし、明らかに動揺したアレンさんを引っ張っていった。


また1人になったと思ったらアカリから声が掛かる。

「カナタ、悪夢のこと調べた」

悪夢?ああいつも見ている夢のことか。

そういえば調べるって言ってたからなにか分かったのかもしれない。

「もしかして何か分かったのか?」

「ちょっとこっち来て」

アカリに連れられ誰もいない来客用のスペースで話を聞くことになった。


「魔法だと思う」

唐突に言われたが、正直言って訳がわからない。

魔法だとしても一体誰が僕にかけたのか。

夢の中身も自在に操ることができるのか?

大体なぜ僕に?

聞きたいことは山程あるが、アカリの次の言葉を待つ。

「何者かは分からないけど、ほぼ確実に魔法を掛けられてる。デッドエンドナイトメアっていう魔法かな、多分。」

「その魔法っていつ掛けられたとか分かるか?」

アカリは首を横に振る。

流石にそこまでは分からないが、かけられた魔法だけは分かったとのことだ。

「ちなみに夢の中身は操れる。多分カナタにかけたのは滅びゆく悪夢」

「なんの為にそんな夢を……」

いくら考えても分からず、それ以上は何も糸口が掴めないため諦めることになった。

「でも……デッドエンドナイトメアは最上級魔法に分類される。だから簡単に使える魔法じゃない」

「魔族なら使えるのか?」

「高位魔族なら。でも何のためにか分からないけど」

魔族か……多分僕に掛けたのは魔族だろうけど、何のために……

「話はここまで。お祝いの席に戻ろう」

またアカリに連れられリビングへと戻って行った。



アカリは黄金の旅団の中で一番若い。

アレンに出会うまでは、暗殺者を生業としていた。

生まれてすぐに両親に捨てられ、拾ってくれたのが暗殺者の教育機関だった。

毎日暗殺術や隠密、普通の生活には相応しくないであろう事ばかりやらされていた。

物心つく前からそんな日々を過ごしていた為それが日常となり、数年経った頃には誰よりも強くなってしまっていた。

「アカリ、お前にしか出来ない依頼だ」

ある日、暗殺機関のトップからそう告げられ1枚の紙を渡される。

そこには、アレン・トーマスの暗殺、と書かれていた。

既にアレンは最強の一角として知られていた為アカリには荷が重いと思ったが、トップからの依頼は断るという選択肢はない。

依頼=命令である以上、達成しなければならない。

「分かりました。」

淡々と告げ暗殺対象の情報を集める為、すぐに行動を開始した。



アレンは黄金の旅団の団長をしていることがわかった。

レイ・ストークスを副団長として従え総人数は30人を越える。

そこに暗殺を仕掛けるのは自殺行為に等しいが……失敗すれば殺される。

暗殺機関はそういう所だ。

役立たずは切り捨てられまた新たな人員が補充される。

アレンという男に恨みはないが私の命のために、ここで死んでもらう。

旅団を追っていると野営の準備にかかりだした。

アレンが1人になる瞬間を狙うしかない。



日も落ち、テントが複数設置され談笑している団員達が出てきた。

アレンは用を足すためかその場を1人離れた。

木の陰から目にも止まらぬ速さで何者かがアレンに接近する。


刀を逆手で持ち一撃で首を刈り取るようにアレンに迫る少女。

鉄を叩くような音が周囲に響き沈黙が訪れる。

刀は何かに弾かれたようで、一撃で殺しきれなかった。

少女は二撃目の構えに入ったその時、声が聞こえる。

「誰かは知らないけど、ボクを狙ってるね?これでも一応最強の一角と呼ばれてるんだけどなぁ」

独り言のようだが森の中のある一点に目を向けつつ声をかける。

もちろんそこにはアカリがいる。とっくに気づかれていたようだ。


ゆっくりと木の陰から出てきた人物は幼さが残る少女だった。

「君は……誰だい?ボクに殺意を向けてきてるけど暗殺者かな?」

「………………」

返事はない、しかしアレンは続ける。

「君はかなり強いみたいだけど、ボクは常に結界を張ってるんだ。君の攻撃はボクに傷を付けることすらできないよ。」

「……なら、その結界を破るまで」

小さく静かに溢した言葉を皮切りに少女の魔力は跳ね上がる。

「なるほど、その一撃が全力って訳だね。それならボクも本気で行かせてもらうよ」

アレンから膨大な魔力の奔流を感じ、死を覚悟するがもう止まることはできない。

「神速絶技、一閃」

少女の最高の一撃。もはやこれが防がれれば他に勝てる手段はない。

「無限の絶界」

対するアレンは結界を発動、名前からして防御に特化した魔法であろうことは予想がつく。

しかし少女は止まらない。

音を置き去りにし、アレンへと迫る。


パキッ


ガラスを踏むような小さな音がするだけで、少女の刀はアレンの身体から数cm離れた所で止まる。

「すごいね、ボクの結界にヒビを入れた人初めて見たかもしれない」

今までヒビなんて入ることのなかった圧倒的な防御力を誇る結界に小さな目を凝らすと見えるほどのヒビが入った。

「破れない……?」

少女は驚きながら後ずさる。

「残念だけど、ボクの方が強かったみたいだ。それで、どうする?」

少女の次の行動を見定めるかのように、構えることもせず突っ立ったまま見つめる。

「降参する、私を殺せ」

「それが君の意志かな?」

潔く負けを認めた少女だが、アレンは言わされているような不思議な違和感を覚えた。

「私は暗殺に失敗した、戻れば殺されるだけ。それなら貴方に殺されたほうがマシ」

「悪いけどボクに少女を殺すような趣味はないよ」

微笑みかけながら、結界を解くが少女は刀を構えない。

どれだけ不意討ちを狙っても恐らく傷一つ付けら

れれば御の字だろう。

それほどまでにこの男との戦力差をその身で感じ取ってしまった。

「じゃあこうしよう。君の生殺与奪はボクが決めていいんだろう?それなら旅団に入るといい。ここならまた1からやり直せるよ」

驚いたことにさっきまで自分を殺しに来た者を勧誘しだした。

この男は狂っているのか、それとも圧倒的な自信があり不意打ち程度で負けることはないと思っているのか。

男は少女の返答をじっと待つ。


戻っても死が待っている、それならこの男と共に歩むのも悪くないかもしれない。


数分経っただろうか。

覚悟を決めた少女は呟く。

「分かった。よろしく」

「ふふふ、これからよろしく!ボクはアレン・トーマス、黄金の旅団、団長だよ」

「アカリ、アカリ・ガーランド」

「アカリちゃんか、いい名前だね。」


これがアカリの加入した日の出来事であった。

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