6月としては観測史上最高の暑さを記録

 6月としては観測史上最高の暑さを記録した。強烈な日差しが瓦屋根に乱反射して、屋根裏でセルロイドの窓がやわらかく溶けかけていた。打ち水されたアスファルトから陽炎が立ち上り、その揺らめきの向うに違法駐車の軽がむっつりと熱を溜め込んで傾いている。

 屋上から校庭を見下ろすと、だらだらとトラックを歩く同級生たち、きらめくプールにはまだ澱が漂って夏の嬌声が深緑に沈んでいる。遠くかすかに布団を叩く音、それなのに生活感から乖離して聞こえるのは、熱で膨張した空間が音を捻じ曲げてしまっているのかも知れない。

 鞄から取り出した缶ビールは細かな水滴をまとって冷えていた。プルトップを押し込みおもむろに流し込むと、鼻腔と喉で炭酸が爽快に弾けた。冷たい固まりが胃の中へ落ちていく。金網に寄りかかったまま、一気に煽るとその先に抜けるような青空があって、飛行機雲があって、無意識に手のひらが缶を潰していて、クシャリいう音と金網のギシギシとブラスバンドの下手糞なトランペット、それからゲップを一つ。

 投げやりに放り出して蹴り飛ばしたら缶よりも遠くへ靴が飛んでいった。


 6月としては観測史上最高の暑さを記録しなかった。折からの異常気象の煽りをくって供給過剰に陥った白菜およそ1万1千tが農家の手で廃棄処分されなかったので、食べ物を粗末にするなんて勿体無いという主婦や、捨てるくらいなら俺にくれという男、恵まれない国に送ってやれという人は現れず、一生懸命育てた白菜を捨てなきゃならないなんてお百姓さんは辛いだろうね、というセンチメンタルもまた生まれなかった。

 6月としては観測史上最高の暑さを記録しなかった。少年はバールのような物でドアをこじ開け、家の中にいた老婦人を殺害せず、財布の中にあった現金二万円を奪って逃走しなかった。少年は少年という三人称に隠蔽された母親想いのいい子ではなく、幼い頃、父親から日常的に虐待を受けておらず、事件当夜シンナーを吸っていなかった。少年の父親はアルコール中毒で、連続飲酒の末、昏睡状態に陥り嘔吐物を気管に詰まらせ窒息死しておらず、酒さえ飲まなければとてもいい人ではなかった。父親の母もまたアルコール中毒ではなく、所謂キッチンドランカーではなく、厳格な夫が出勤すると子供を酒屋へ走らせることはなかった。夫は妻が酒を飲んでいるのを見つけると髪の毛を掴んで引きずり痣ができるまで殴らなかった。

 少年はバールのような物で老婦人を殺害しなかった。老婦人は夫に先立たれておらず、わずかな年金でかわいい孫のためにおもちゃを買ってやらなかった。老婦人はばあちゃんでもばぁばでもクソババアでもなかった。バールはバールのような物であり、少年は少年だった。


6月としては観測史上最高の暑さを記録した。

6月としては観測史上最高の暑さを記録しなかった。

ただそれだけのこと。

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