2006現代詩

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軽作業16

 十六歳の時、スプレー缶にキャップをつけるバイトをしたことがある。ベルトコンベアに乗って流れてくるスプレー缶に、一日中ただひたすらキャップをつけるだけという仕事だ。

 未経験、初心者大歓迎、カンタン作業、明るい職場です。時給800円。謳い文句に偽りはなかったがひとつ大事なポイントが抜けていた。30秒で飽きる仕事です。と何故書いておいてくれなかったか。職業に貴賎はないなどというが、心の底からくだらない仕事だなと思った。

 両手にキャップを持ってスプレー缶につける、両手にキャップを持ってスプレー缶につける、両手にキャップを持ってスプレー缶につける、両手にキャップを持ってスプレー缶につける、両手にキャップを持ってスプレー缶につける、両手にキャップを持ってスプレー缶につける。

 商品は主に制汗剤か殺虫剤だった。ピンクや黄色、空色といったさわやかなパステルカラーの制汗剤は、見た目にもまだ救いがあるが、殺虫剤はいけない。ガンメタリック地に深緑や赤茶といった毒々しいデザインに「殺虫ゾル」なんて極太のゴシックで書いてあったりして、その上死にかけの害虫が泡を吹いて痙攣しているようなカットがプリントされてあった日には否が応にもテンションも下がるというものだ。

 そんな殺虫剤の調合も仕事の内なのだが、いつもその作業にまわされるのは、少し頭の悪い二人組みで、ボクは心の中で彼らのことを、残念な脳の人と呼んでいた。彼らの間では「扇風機にあたりすぎると窒息死する」とか「最近満月が多い」などわけのわからない会話が成立する。調合は殺虫剤の原液を攪拌したりするので、飛沫が素手にかかったり目に飛んだりしてちょっと気の毒だが、まぁ奴らは残念な脳の人なので仕方がない。

 そういえばアブラムシを捕食するナナホシテントウは益虫で、葉っぱを食べるニジュウヤホシテントウは害虫だっけ、同じ天道虫でも人の都合で生かしたり殺したり、同じ時給でも楽だったり危険だったり、人類皆兄弟なんて都市伝説なのだと思った。

 両手にキャップを持ってスプレー缶につける、両手にキャップを持ってスプレー缶につける、両手にキャップを持ってスプレー缶につける。

 時給800円手取り124020円アパートが56000円と共益費4000円 残りが64020円 パソコン買ったからその借金が毎月10000円 残りが54020円電気ガス水道インターネットのライフラインで15000円くらい、残りが39020円で飲んだり食ったり原チャリのガソリン買ったりゲーム買ったり漫画買ったりアパートの更新用の貯金とかなんやかんやで終了。80歳まで生きてあと64年、64年×12ヵ月×124020円=9524万7360円。 希望も絶望もなかった。

 主任は両手に二つずつ計四つのキャップを持つ、生産性は倍だ。凄いですねとボクが言うと主任はちょっと得意気な顔をしたが、すぐに暗い表情になった。劣等感とプライドがないまぜになったような、なんだかみっともない顔だなと思った。だが、高校をクビになって一日中スプレー缶にキャップを付けている自分自身のことは、なぜかずっとマシだと思っていたのだ。

 帰り道、もらったばかりの給料袋を川に投げ捨て、思いのほか早く流れるのであわてて飛び込んで拾った。ずぶ濡れの自分はまだ純粋で、なにかの可能性を秘めていると思い込んで少し安心したりしていたのだ。

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