三 癒やしの宿ソタナ


いつの間にか寝てしまっていたのか。

目が覚めると、桜の細工さいくほどこされた天井が見えた。

見慣れない天井をみて、寝る前の出来事を思い出す。

冥王に殺されたこと。冥界にきたこと。自身の『よみがり』の力が神が作った間違いだったこと。


「ミヨさま?」


そんなことを思い出していると、頭が痛くなってきた。

手で頭を抑えたところ、知らない声が名前を呼んでくる。

すぐ近く。

ゆっくりと起き上がると、隣の部屋の柱から、ひょこっと少女が顔をだした。


「起きましたか?」

「あなたは?」


体が重く感じた。

片腕で体を支えていると、少女がすぐにけ寄って、背中を支えてくれる。


「私はコミツと言います!今日からミヨさまのお世話を担当させていただきます!」


改めて顔をみると、にこり、と微笑みかけられる。


「お世話、ですか?」

「はい!冥王さまとヒラサカさまから頼まれました。よろしくお願いします!」


ミヨはコミツの茶色い瞳を覗き込んだ。

彼女の笑顔は素直で、裏を感じない。

その笑顔にほっと安心する自分と、抱く違和感いわかん

裏がない笑顔。

死ぬ前までは、無意識に他人の笑顔の裏をまさぐっていたのか、とミヨは気付く。


「ミヨさま?」


心配そうなコミツの表情にも裏がない。

そんなことを考えてしまう自分への罪悪感と安心感が喧嘩けんかを始める。

気持ちがぐちゃぐちゃだ。

思わず、コミツの表情から逃げたくて、うつむいてしまう。


「突然こんなところに来て、びっくりしますよね。わかります」


こんな優しい声色を聞いたのはいつぶりだろうか。

いや、ミヨに表面上優しい声色を使う人はたくさんいた。

だが、それを心の底から信じようと思えたのは、いつぶりだろうか。


「大丈夫ですよ!」


両肩に重みを感じた。

コミツがミヨの後ろに回って、肩をんでくれる。

無意識に入っていた肩の力がだんだん抜けてきた。

いつの間にか冷たくなっていた指先にも血流が戻るような感覚になる。


「ここはやしの宿 ソタナですから‼」


コミツは死ぬ前に会ったどのお世話係とも違う、とミヨは思った。


 * * *


「まずは、お食事にしましょう」


ミヨの肩を揉み終わったコミツは、テキパキと準備を始めた。

寝台の横に足を下ろして座ると、机が目の前に移動され、気がつけば、食事が並べられていた。


「まだ何も口にされていないと聞いています。本日は口あたりの良いものを用意させていただきました」


用意された大きなおわんには、おかゆがたっぷり入っていた。

光に反射して、キラキラと銀色に光る白米。

その周りには、数種類の付け合わせが置いてある。


「お好きなものを選んで食べてくださいね」


うるし塗りのさじを手に取って、粥を一口食べてみる。

ほのかな出汁だしの香りが鼻腔まで抜けていく。

不思議と口に合う味付けだった。

お腹が減っていたのか、気がついたら全て食べてしまっていた。


「食後のお茶です」


お粥の入っていたお粥を片付けたあと、緑茶が出てくる。

飲んでみると、知っている味の緑茶で、それもまたみょうに安心を感じた。

同じように、湯飲みを持ったコミツが、ミヨと向かい会うように椅子を用意して座った。


「落ち着きました?」


にこり。

コミツの笑顔にまた安心を感じる。


「ありがとう」


ミヨも素直な気持ちで感謝の言葉を口にできた。

違和感なく笑えているだろうか、と不安もあるが、今は気にしないことにした。


「さて、今からここ、ソタナについて説明しますね。お茶を飲みながら、のんびり聞いてください」


私も飲みます、とコミツは笑う。

コミツが正面に座ったのは説明するためらしい。

ミヨは静かに頷き、またお茶を飲んだ。


「ソタナは、この冥界にあるやしの宿です。人間界で亡くなったたましいは、全てこの宿に集まります」


『宿』

ミヨが最初にこの部屋に入ったときに感じた、旅館の部屋、というのはあながち間違っていたわけではないらしい。


「ソタナは温泉宿です。ここには温泉が二種類あって、どちらも魂を癒やす力があります。ミヨさまも、ここの温泉に入って、魂を癒やしていただきます」

「そういえば、冥王さまも言ってました。魂が崩壊するとかなんとか……」


昨日の会話を思い出して、ミヨは呟くように言った。

しかし、その呟きを聞いた瞬間、コミツは「ええっ⁈」と大声を出す。


「魂が崩壊⁈本当に冥王さまがそう言ったんです⁈」

「え、ええ………昨日お話をしたときに……」

「冥王さまがそう言われるのなら、ミヨさまは死ぬとき大変だったんですね……」

「え……?」

「魂への傷の深さは、死んだときの衝撃で生まれます。傷が大きい状態が続くと、魂が耐えきれなくなって崩壊します」

「魂が崩壊すると、どうなるんですか?」

消滅しょうめつします」

「消滅……」


それが何を意味するのか、ミヨにはまだ実感がなかった。

ただ、癒やされた魂は人間界に転生すると言っていたから、それができなくなるのだろう。


「大丈夫です。この宿は魂が消滅しないように癒やす場所。温泉に浸かるだけでなく、食事や、このお茶だって、癒やしの力があります。ここで過ごす限り、消滅はしませんよ」

「だから、昨日冥王さまはこのお茶を飲むようにと言われたんですね…………」


ミヨは手元にあるお茶を見下ろした。

温泉を使って作っているというお茶。

であれば、先ほどの食事にも温泉水が入っているのだろう。


「はい。他にも色々あるのですが、それはもう少し良くなってから案内しますね。まずはこの部屋です」


コミツが立ち上がって、扉のある方向とは反対側の障子しょうじのほうに向かう。

障子を明けると、庭園ていえんが広がっていて、よく見ると岩の向こうから湯気が上がっている。


「このお部屋は『桜の間』という、特別室です」


コミツがミヨの傍に戻ってきて、説明を続けた。


「ミヨさまが過ごす間は、ここで過ごしていただくことになります。ご自由にお使いください。特に外にある露天風呂は滞在中はミヨさま専用です。いつでも使えますよ」


何故、特別室なのか。

その理由はわかるようでわからない。

けれど、冥王や神が関わっていることを考えると、なんとなく納得はできた。


「さぁ!早速、露天風呂に浸かりませんか⁈浸かりましょう‼」


張り切ったコミツのかけ声で、ミヨのお風呂の準備が始まった。

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