『蘇りの巫女』は冥王に溺愛される~私を殺したのはあなたですよね⁉~

維社頭 影浪

01 私は死んだ


「お前を私が殺した」


その言葉は、違和感なくミヨの心にスン、と落ちた。

横たわるミヨを覗き込む男は全身黒ずくめで、深緋こきひの瞳は、一度だけ食べたことのある石榴ざくろを思い出した。


「ここは冥界めいかいだ」


淡々と、男は言葉を紡いだ。

その声色とは裏腹に、石榴の瞳はミヨを射貫いぬいて離す気はないらしい。

印象的な瞳は、ミヨが死ぬ直前にみた瞳と一緒だ。


ミヨは『よみがえりの巫女みこ』で、死とは無縁むえんの生活を送っていた。

物心ついたときに、幼なじみの命を救ったのをきっかけに、あがたてまつられるようになり、何度も死んでは蘇った。

育ちの悪い土地におもむき、作物の成長を願えば、どんな土地でも作物がたわわに実った。

病院に立ち寄れば、生死を彷徨さまよった患者も回復した。

両親から引き離され、さみしい日々を過ごしたが、多くの民がミヨに助けを求め、それに応じるのが幸せだと思うようにした。


だから死なないと思っていた。

遠征えんせいから帰宅した屋敷やしきの前で、背の高い深緋の瞳の男に「お前を殺しにきた」と言われても。


「……わたしは、『蘇りの巫女』です。わたしは死ぬことができません」


それがミヨの能力だった。

ミヨの護衛ごえいは形では守っているが、それはミヨを殺されないようにするためではなく、誘拐ゆうかいを防ぐためだ。

ミヨの周りには権力を求める男たちが集まり、いつもミヨの機嫌きげんうかがっていた。

いつからか、ミヨは死ななくなっていた。


しかし、およそ人間とは思えない目の前の男は、そうではない、という一抹いちまつの不安をミヨに抱かせた。


「それを正すのが私の仕事だ」

「お前、ミヨ様になにを……!」


護衛も男のまとう異様な雰囲気を感じとったのだろう。

ミヨを囲み、武器を男に構える。

しかし、男がすっと手を掲げると、護衛はミヨを残して吹き飛んだ


「………‼」


気がつくと、ミヨの目の前には男しかいなかった。

最初に見たときから表情は変わらず、無表情のままミヨをまっすぐ見下ろしている。

「なんの用ですか」と聞く前に胸に激痛げきつうが走った。

急激におそってくる、死への恐怖。


「ゴボッ……」


血液なんて、しばらくみたことがない。

それが口からあふれた。

胸をつらぬかれた衝撃しょうげきで立てなくなり、目の前の男にもたれかかる。

冷たいと感じた表情とは裏腹に、男の腕は温かい。


ああ、これが『死』。

混乱と恐怖と不安。

それとは裏腹に、苦しみを感じていた生から解放される、安心感と、理由のない感謝かんしゃ


「……ありがとう」


無意識にミヨはそう呟いたのを最後に、意識を失っていた。

体が動かせなくなり、手足から冷たくなっていく感覚。

死んだんだ、と意識が浮上するときに、思った。


「起きたか」

「あれ、私は……」


そして冒頭ぼうとうに戻る。

目を覚ますと、最後に出会った男がこちらをみていた。

確かに、この男に殺された。


「ここが、冥界……」

「そうだ」


冥界 死者の世界にいると聞いたとしても驚かない。

あの胸の痛みも、恐怖も、もうない。

横たわっていたミヨはゆっくりと起き上がり、周りを見渡した。


想像していた冥界とは違って、部屋は明るく、木目調もくめちょうで統一された旅館りょかんのような部屋。

天井や柱にはところどころ桜があしらわれている。

ミヨが部屋を見渡している間も、男はその赤い瞳をミヨから離すことはなく、じーとみていた。


「あの、あなたは………?」

「私は、セダ。この冥界を治める、冥王めいおうだ」

「冥王、さま……」


冥界をべる王なら、『蘇りの巫女』と言われていた自分を殺すこともできるだろう。

人ならざる雰囲気ふんいきもそのせいだったのか。

死んだときのことを思い出して、納得する。


「詳しいことは、あとで話をしよう。まずは休息がさきだ」

「休息?」


ここで初めて冥王がミヨから目線を外した。

ゆっくり立ち上がり、扉へと向かう。


「私がお前を殺した。その衝撃しょうげきで魂が傷ついている。ここは傷を負った魂をやす場所。係のものを呼んでくる」


そう言って、セダが部屋の扉をあけたところ、「おや」と別の声がした。


「冥王様、丁度よいところに」

「よう!セダ!」

「……」


冥王が動きを止める。

冥王より先に扉を開けて入ってきたのは二人の人物。

一人は従者のような、メガネをかけた初老しょろうの男。

その後ろには、陽気な金髪の若い男。片手をあげて挨拶あいさつしている。


「どうやら、そちらのかたも目が覚めたようですね」

「邪魔すっぞー!」

「おい」


セダが制止する声も聞かず、金髪の男はするすると部屋に入る。

横たわるミヨの寝台の前を横切り、冥王が座っていた方と反対側に座る。

座った安楽あんらく椅子いすはゆらゆらと動き、金色の瞳はミヨを興味深そうに見ている。

扉の方向からは、冥王の溜息ためいきが聞こえてきた。

初老の男は「お茶を入れなおしてきます」と言い、部屋から出て行き、扉を閉めた。

ミヨの寝台の隣の椅子に座り直した冥王は、こころなしかまゆを寄せている。


「それでそれで!これが例の子だなぁ」

「死者に敬意けいいを示せ。ここは冥界だ」

「相変わらず冥王様は堅苦かたくるしいなぁ!」


ははは、と金髪の男は笑う。

どうやら冥王とは知り合いのようだ。

ミヨは思わずその二人を見比べた。


冥王 セダは黒い髪に白い肌、黒い外套がいとうに、赤い瞳が唯一ゆいいつの色に感じる。

一方、新たに入ってきた男は、金色の髪に金色の瞳。

白い外套を来ているが、金色の糸で刺繍ししゅうされており、キラキラしていた。

冥王と対照的で、部屋の明かりよりもまぶしく見える。


「あの、……あなたは?」


目の前で起こる色々なことを受け止めるのに精一杯せいいっぱいだったが、ミヨはなんとかその疑問をしぼり出した。

すると、男はキョトンとしたあと、また大声で笑い、立ち上がる。

身長は冥王と同じぐらいだ。


「おう、われか!我は神だ!」

「…………は?」


彼が何を言っているのか、ミヨにはよくわからなかった。

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