第9話 自宅

どうしたものかと、スマホの検索結果を見て大いに悩む。

 『○○市デート』と調べてもお高めなレストランであったり、車で巡るような観光スポットといったものが多く並び、今求めている高校生向けのものが中々出てこない。

 出てきたとしても、『映え』を意識したスイーツやラテアートなどの飲食店で、関口さんにマスクを取らせてはいけない今回では論外だ。

 そもそも関口さんは本当にこのデートを楽しみにしてくれてるのか。今日の放課後は偶々関口さんの機嫌が良かっただけで、彼女の性格は本来ならもっと大人しい様に思える。僕ら大人しい人間が二人っきりで出掛けても、当日全く会話が弾まない予感がしてならない。


 誰かを頼りたい、朝比奈さんに連絡先を聞いておけば良かった。というかこういう状況で、高校生なら普通クラスラインを開いてメンバー欄から個人に向けて連絡を送れば解決するじゃないか。

 なぜまだ俺はクラスラインに入れていないんだ?この場合、新たに入った僕から招待をくれるよう伝えるべきなのか?

 ラインの画面を睨み、自分の社交性の無さを今になって後悔する。

 そうだ、いるじゃないか。僕が連絡先を持っている中でクラスラインに入れている人物が。

『関口さん、クラスラインの招待送ってくれない?実はまだ入れてなくて…』

 これでいい、無事に自然な形でラインを送ることが出来た。

 後は朝比奈さんに今日の放課後に起きた旨を伝え、図書室でやってたように、一緒に知恵を絞れば何か良いプランが見つかるだろう。付き合いが長いようだから、何かバレエ以外の個人的な趣味であったりを知っていることも期待できる。


 しばらくしていると、ラインの通知音が鳴った。関口さんからの招待メッセージだろう。ラインのアプリを開き確認する。

『私クラスライン入ってないよ m(_ _)m』


 終わった。

 もう秋だよ、関口さん。クラスラインなんて取りあえずで入っておくものなのに、誰からも声がかからなかったのだろうか。

 確かに関口さんはマスク姿の容姿の良さだったり、普段の素っ気無さから話しかけづらい雰囲気は出ているがここまでなのか。

 隣に添えられたごめんなさいの絵文字に悪いことを聞いてしまったという罪悪感を感じ、対応に困った結果デカデカとしたOKのスタンプを返信しておいた。

 このままでは不味い。時間はあるが、僕一人で悩んでいてもろくなプランは思いつかない。

 こうなってしまえば、頼りたくない人物に頼る他ない。俺は廊下に出て、自分の部屋のすぐ隣にある部屋のドアを叩いた。


「宗二に彼女!?マジで!?」

 四つ上の姉である美里は、明らかに室内で出す大きさではない声量で驚き、笑い、感情を昂らせていた。ベッドの上で枕を抱きながら寝転がり、カーペットの上であぐらをかく俺に好奇の目を向けている。

 高校を卒業してからすぐに定職に就いたかと思えば、『なんか合わない』という理由で数々のアルバイトを転々としている頼り甲斐のない姉だが、こういった事には知見がある。

「そうなんだ、初デート何だけどプランはこっちに考えて欲しいって言われてて困ってたんだよ」

「いや〜あの宗二が女の子とデートか、ちょっと感慨深いね」

 美里は大げさに涙を拭う真似をしてからかってくる。いっそ友達とでも言うべきだっただろうか。だが、高校生にもなって友達付き合いの経験が全くないやつだと憐れまれるのもまた腹が立つ。

「…ちょっと待って、まだ今週引っ越してきたばっかだよね。相手の娘って中学の時の知り合いとかだったりするの?」

「いや?今の学校のクラスメイトで、転校してきた日に知り合った娘」

 美里は異様な程に大きく口を開けていた。またさっきの様にオーバーなリアクションをしてからかっているのだと思ったが、顔をよく見ると何だか信じられないものを見ている目をしていた。

「あんた…東京出てからシティボーイになる人間なんて、私聞いたことないよ…。いつからそんな女の子に対して手の早い、節操のない男になったの…」

「違う違う!そういうんじゃないの」

「違う?」

「俺からどうしたとかじゃなく、関口さんから…」

「えっ女の子から告白してきたの?逆ナンってやつ?」

「…いやぁ、告白したのは俺だけど…」

「じゃあやっぱ節操なしじゃん」

 不味い、ついこの間まで姉に対して思っていた『節操なし』の称号がまさかこの俺につけられようとしているとは。

「でも、デート誘ってきてるのはあっちだし」

「いやそれはデートはするでしょう。付き合ってるんだし」

「それはそうだけど…なんていうか、仲良くなるためにデートするっていうか…今後付き合っていくかどうかを決めるんだよ」

 厳密にはあの三人組の反応次第なので違うといえば違うのだが、今回の結果により関口さんとの良好な関係が約束される為、そう遠くは無いのだろう。

「ん〜…なんかその子、外国みたいな価値観してるんだ。最近の高校生って進んでるんだな〜」

「とにかく、どんなデートをすればいいのか一緒に考えて」

「まあいっか、未来の義妹候補だもの。真剣に考えてあげる」

 そう言うと姉はベッドから起き上がり、近くのキャスター付きの椅子へ腰掛け足を組む。

「とりあえず、待ち時間のかかるところはできるだけやめといた方がいいかも。昼から混む人気のレストランとか、初デートで無いとは思うけど遊園地とか」

「それってやっぱりプラン考える以上、ある程度スマートに進めなきゃいけないから?」

「それもあるけど、デート中は待ってる間って基本相手とお喋りするのが理想じゃん。相手隣にいるのにスマホずっと触るの気不味いし、こっちも触られたらやだし。宗二たちって付き合いたてでしょ、共通の話題とかってある?」

 今日の放課後を思い出してみる。関口さんと会話が続いてたのは、異常なテンションもそうだが偽の恋人を演じる事であの三人を騙すことに躍起になっている所もあったのだろう。

 明後日に僕と関口さんがどのようにして恋人を演じるかをどこかの図書館で会議しているのを想像してみると、自然と思い浮かんできた。あの日の朝比奈さんとの話があったのもあるだろう。

 しかし、これは本当に俺達二人がやりたい事だろうか?このデートの名目としては学校でカップルを演じるうえでの予行練習で、作戦会議の一つ先の手順といえる。

 それに俺自身としても、偽とはいえ恋人になるわけだから、せめて友達の距離感で会話を楽しめるようになりたい。

「…無いかな」

「そっか〜、まあ無いなら無いでお互い相手の知らないことを質問し合うだけでも良いから話してったほうがいいよ。無言が続くと『デートがつまらない』から『一緒にいてつまらない』になって、付き合いたての相手なんて一瞬で冷めるから」

 なかなか怖いことを言ってくる。質問、といっても関口さんに対し真っ先に聞きたいことといえば傷のことだったり、なぜイジメを隠してたのかといったある程度踏み入った話になりデートの雰囲気を台無しにしてしまうだろう。何について聞くかは事前に考えておいたほうがいいだろう。

「冷めるといえば、ぶっちゃけていうと初デートなんて短ければ短かいほどいいらしいよ」

「短い…それってどのくらい?」

 姉はちょっと待ってと言いスマホを操作し、検索をしだした。

 「大体二、三時間だって」と言いカフェで向かい合う男女が見出しに使われた記事を見せてきた。

「…思ってたよりも長いな」

「まあ多分これ大人向けの記事なんじゃない?社会経験ある分会話スキルもあるんだろうし、今後のこととかも考えたらお互いの趣味とか理想の結婚生活とか話すことも多いんでしよ」

 そう言って姉は使い終わったスマホをベッドの上へ放り投げた。

「それでも、私としてはある程度は短いほうがいいと思うよ。一対一で会話が広がらない相手とショッピング行って、ご飯食べて、カラオケで歌ってってしようとしても絶対上手くいかないって」

「…テキトーだって思われないかな?」

「デートの長さがテキトーか適量か、それを測るための初デートでもあるんだし、あんまり気にしなくていいんじゃない?」

 知らんけどと続きそうな口ぶりで姉は話し続ける。

「高校生だったらオシャレなカフェでマッタリお話しするくらいが大人っぽいって思えて、逆に楽しんでくれるかもよ?」

「いや…カフェはダメなんだ」

「…?どうしてよ?」

 飲食店だから、と言うべきでは無いだろう。

「なんていうか…俺もそうだけど、オシャレなカフェがひどく苦手な娘なんだよ」

 苦しい言い訳に思えるがどうだ。

「あぁ…高校の時スタバ行こうとしたら友達の中にいたわそういう娘。別に私らが細かいルール知ってるんだから任せてくれればいいのに、な〜んか怖がってる娘」

「なんか異様に入りにくい雰囲気あるんだよね。体が拒否してるというか」

「まあ人それぞれか」

 納得してくれたようで良かった。しかし、関口さんからすると今回は、俺について知りたいだとか知ってほしいだという趣旨の誘いでは無いだろう。

 俺達は恋人でなく偽の恋人の練習であり、恋人っぽいことをする為に出掛けるのだ。

「漠然としていて悪いんだけど、恋人らしい場所でおすすめってある?お互いそっち方面で楽しみたいと思ってるんだ」

「え〜…じゃあ映画とかどう?お互いの好みは選ぶけど当たり引ければ純粋に楽しめるし、帰りは感想言い合って会話も弾むだろうし」

 俺は軽く関口さんと二人で映画館へ行く想像をした。飲み物だったりポップコーンだったりはマスクを外さなければいけないが、周りは暗闇の上に皆揃ってスクリーンを見つめている。念の為後ろの座席を取れば見られることは無いだろう。

「映画か…いいね」

「私のおすすめは今日公開したアクション映画!『富豪探検隊、サナガリアの秘宝を探せ!』ってやつ」

「今日?いつ見に行ってたの」

「…お昼暇なんだもの」

 普段はふらふらとばかりしている姉だが今回はグッジョブだ。

「ちょっとラインで何見るか聞いてみる」

「いってらっしゃい。やってる映画は見た感じある程度ジャンル揃ってたから、彼女さんにどんなのが好みかから聞くといいよ」


 関口さんにメッセージを送るため、姉の部屋から自分の部屋に移動してスマホを手に取る。ラインの画面を開き、打ち込んだメッセージに不備がないか再三確認して送る。

『日曜のデートは映画にしようと思ってて、好きなジャンルとかってある?』

 しばらくすると返信がきた。

『映画かイイね』

『極端なホラーとかじゃない限り大体好きだよ』

 ホラーはダメか。俺個人としてはかなり好きなジャンルだが、苦手な人も多いので仕方がない。

 口振りから察するに、見に行く映画もある程度は俺個人で決めていいようだ。スマホから近くの映画館と、その上映スケジュールを検索する。

 俺は一人「いっそ美里が言ってた『何とかの秘宝』にするか…」と声に出していたら、スマホの通知音が鳴る。

『出来ればだけど恋人同士で見そうなものでお願い』

 関口さんからの追加連絡だが、これはほとんど恋愛映画にしたいと言ってるようなものではないか。

 ジャンルがそれっぽいものに絞り上映スケジュールから探す。邦画で恋愛映画は二本あったが、内の一本は出てからしばらく経っているようでレイトショーしかやっておらず、高校生の男女が夜遅くに出かけるのも各方面から白い目で見られそうと思い、最近出たらしいもう一本の映画にする。

『恋人たちが見そうなものだと『三度目のプロポーズ』ってやつにしようと思うんだけど』

 数秒経ってから既読がつき、少しすると返信が来る。

『いいね』

『何時からのにするの?』

 今一度検索画面に戻り確認する。

『関口さんが良ければ、朝の10時45分からのにしようと思ってる』

 送ったと同時に既読がついた。

『わかった』

『映画館の場所って商店街のちょっと先にある映画館?』

 念の為調べ、あらかじめ開いていた地図アプリで現在地と赤いピンの間に大きく『東村商店街』と書かれた場所を確認する。

『そこだね』

 返信を返した後、どうしても追加で聞きたいことがあったのでメッセージを送る。

『ところで、お昼はどうする?付き合ってるふりをするなら学校でのお昼は一緒に食べるかもだけど、明日はどうしようか?』

 今度は送って数秒空いてから既読がついた。

『それは考えてた』

『斑目くんさえ良ければ映画の後にでも何処かで食べたいと思ってるんだけど任せていい?』

 自分から話に出した手前、断れるはずがないだろう。

『もちろん。探しておくよ』

 送信を押した後、携帯をベッドの上へ静かに置き、考える。

 飲食店。デートプランを考えることになって真っ先に除外した要素だ。顔を見てはいけない僕が、関口さんと一緒に食事を楽しむことははっきり言って難しい。

 しかし、聞かないわけにもいかなかった。朝比奈さんが図書室で話していたことが事実なら、関口さんもここ最近の俺と同じように、一人で昼食をとっているんだろう。

 仮に同性の友人がいて別々に食べているならわかるが、そういった友人がいないにも関わらずお互いにボッチ飯を決め込んでいるのは、誰がどう見ても変に写るだろう。

 もう一度姉に頼んでみるか。考えてみれば、関口さんの傷について俺が姉に対し隠し通す理由は何もないじゃないか。部屋で話した時に付けられた不名誉な評価も、経緯を話せば見直してくれるかもしれない。

 だが、そうするのはどこか嫌だったんだろう。

 他人に対し初めての『彼女』という『トロフィー』にある傷を見せたくなかったためか、極端な一目惚れをしたせいで関口さんの悩みに深く共感をしたためか、何だったら姉に対し「俺のような人間でも彼女の一人くらい出来るんだ」と見栄を張りたかっただけかも知れない。

 いずれにせよ、今から『やっぱ無し』は通らない。ここからは一人で考えなければならない。

 時刻はそろそろ十時半を回り、普段なら床につく準備をしている時間になった。約束は日曜で今日はまだ金曜、明日の自分が今より賢くあることを願い、託す形で布団に入る。

 枕元にあったスマホを退かそうと手に取ると、関口さんからのメッセージが来ていた。

 『私は美味しいものなら何でも食べられるよ』と書かれたメッセージの意図は、アレルギーや極端な好き嫌いが無いという意味なのだろう。

 微笑みながらも簡素に『了解』と返し、眠りに落ちる。

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