口裂けの舞姫
春紅葉
第1話 車内
『今回は、怪異【口裂け女】に恋する男性として、岐阜県からお越しの加藤幸太郎さんをお呼び致しました。加藤さん、本日はよろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
高速道路を走る車の中で五時間以上揺られていたら、カーテレビがようやく通販でも昼ドラでもない番組をやり始めた。昼過ぎにやってる番組は主婦には好評かもしれないが、男子高校生にとってはどうしても退屈に感じる。
前の助手席で先程までやってた刑事ドラマに貼り付けだった母さんも、30分ほど前から寝息を立てている。運転をしている父さんは、母さんが眠ったあたりから前の座席の画面を地上波でなくナビに切り替えている。この先数時間は一本道の高速道路なのに、わざわざ変える必要があるのかは疑問だった。
目線を外の広い景色から車の天井に掛かった小さな画面に移す。
テレビに出ていたのは、眼鏡を掛けた五十歳ほどに見える男性だった。緊張をこちらに感じさせながら謎のジェスチャーを加え、口裂け女の歴史について語っている。
「ん?この人指輪つけてない?」
隣に座った四つ上の姉である美里が言った。手元がカメラに映るのを待っていると、確かに左の薬指に簡素な銀色の指輪が見える。
「え〜結婚してるのに口裂け女に恋してますっていいの?奥さんへの愛冷めきっちゃってるじゃん」
「意外と未婚かもよ。口裂け女と結婚したつもりで指輪を付けてるのかも」
隣の美里は顔をしかめ、テレビに向けて少し前のめりだった姿勢から背もたれに体重を乗せる体制に変わった。
「変な人」
「じゃなきゃテレビにまで出ないよ」
そんな変な人はアナウンサーに対して口裂け女の対処法について語っていた。
ポマードやベッコウ飴は知っていたが、「可愛い」や「外見も中身も綺麗です」と答えれば助かるらしい。
『口裂け女がどういった怪異なのかは分かりましたが、加藤さんは口裂け女のどういったところに惹かれるんですか?』
男性は顎を指で触り、アナウンサーに向けていた視線を上へ放り投げた。
『やはり…二面性ですね。普段のマスク姿は誰が見ても口を揃えて綺麗と言う外見であるのに、そのマスクの下は恐ろしい顔と凶暴さを持っている。そういったところがゾクゾクきますね』
アナウンサーは真面目そうな顔で聞いてはいたが、画面端のワイプでは女優が首を傾げており、俺も隣の姉もピンときてはいなかった。
『加藤さんはマスクの下の顔についてどう思っているのですか?』
『どう、というと怖いかそうでないかですよね。まだ何とも言えませんねえ。なにせ、実物をまだ見れていないものですから。目を背けたくなるようなひどい傷跡かもしれないし、私ら男からしたら気にならないような軽い切り傷を、大げさに考えているだけかもしれないですから』
もしそうなら可愛くもありますがね、と男性ははにかみ笑いをしながら答えていた。
『もし実際に会って、「私、綺麗?」と訊ねられたどのように対処しますか?』
『会えたら、ですか』
そう言うと男性は黙り込み、少し上の方を見つめ深く考え込んだ様子になった。
『…そりゃあポマードって叫ぶのは簡単でしょうけど、一度は本心から「綺麗ですよ」って答えるのが先ですかね』
『都市伝説通りだと殺されてしまうのでは?』
『かもしれませんね。彼女はマスクを取り、「これでも?」と言い包丁を取り出し襲いかかってくるでしょう。しかし、それで良いのです。私は顔を引き攣らせながらも、綺麗だ、綺麗だと言い続けましょう』
男性は最初に比べ遥かに饒舌になっていった。
『実際に私がマスクの下の顔を綺麗と感じるかは大して重要ではありません。ただ彼女に対して、彼女を綺麗だと思える人間が、確かにここに居るんだと信じてほしいのです』
その後、パラパラと拍手が続くスタジオの方へカメラが戻り、芸能人たちが各々感想を言い合っている。
「宗二はどう思う?」
俺以外に唯一テレビを見ていた姉が聞いてきた。先程は椅子の背もたれにピッタリくっついていた背中は、いつの間にかに剥がれていた。
「絶対嘘。口裂け女ってシリアルキラーだよ?誰だってポマードポマードって叫んで逃げるに決まってる」
「まっ、だよね」
テレビの方を見ると、俺達とは逆にスタジオの芸能人達はあのおじいさんの話に対して好感触を持ったとコメントした。
「おっ、次じんめん犬やるって」
「じんめん犬か〜、実は私…見たことあるんだよね」
「ほんとに?いつ見たの」
「確かあれは―――」
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