終末の墓守

南川黒冬

序章「今の世界の当たり前」

終わりを知らせる砂時計


 無くなりそうな世界の私から、あるかも分からぬ世界のあなた達へ。


 そちらの気温はどうですか。食べ物は美味しいでしょうか。空はこちらと変わらぬ色ですか。黄金の価値は揺るぎませんか。


 今日も世界は回ります。無粋な誰かが砂を落とさなきゃ、終わりが来る事も分かりませんでした。


 だって、今日も変わらずお腹が減ります。空は朝から夜を繰り返します。黄金はきっと綺麗なままです。


 そうです、私は元気でいます。


 元気というのは、生きていなきゃ訊ねられないものですか。あなた達に聞くのは駄目ですか。


 ……お元気ですか。


 私は元気です。残念ながら元気です。死んだら元気じゃなくなりますか。それでもあなた達に元気でいて欲しいと思うのは、わがままでしょうか。


 応答無きあなた達へ。






「アイビー」


 呼びかけの声に目を覚まし、初めに知覚したのは尻の痛みだった。

 真昼の陽気の眩しさに目を慣らしながら、左手は尻の下にある硬い椅子を探っている。

 ところどころ破けた列車のそれは、綿が抜けきっていて床と変わりない代物だった。4人がけのボックス席、その正面はこちらのものよりもふっくらとしていて、座る場所を間違えたと、アイビーは静かに反省した。


「いったた……どこも同じかと思ってたんだけど」


 視線が乱雑な車両の内を泳ぐ。

 管理する人間が仕事を放棄して久しいらしく、埃も散々に溜まっていたし、何があったらこんなにボロボロになるのかと思う程に破損している。


 夜通し歩いてきた彼女にとってこの列車の発見は望外の喜びであったが、ほぼ唯一と言っていい無事な座席の発見は、存外に心に疲労を溜めた。


「今更だけど、座り直したら?」

「そうする」


 辟易としながら勧めに従おうとすると、常よりも強い声がアイビーを呼び止めた。


「ちょっと、私も連れていきなさいよ。ガタゴトぶつけて痛いのはアンタだけじゃないんだから」

「痛覚あるんだ」

「あるに決まってるでしょ、生きてるんだから」


 尚もアイビーは首を傾げながら、座席に置いていたリボルバーを拾い上げた。ジリジリと痺れている尻を擦りながら、車窓から射し込む陽光にそれを翳し、あちらこちらへ角度を変えながら眺めてみる。


「生きてるんだ」

「そうじゃなきゃこんなにベラベラ喋ってないよ。ああ、腰が痛い」

「ここ?」

「そこそこ……待って、その辺りからお尻」

「分からん」


 そろそろ季節が変わるくらいの付き合いになるだろうか、四六時中一緒なものだから暦の上よりも濃密な時間を過ごしている筈だが、未だにこの喋るリボルバーのことは良く分からない。


 村の外に出たことの無かったアイビーが父の部屋から持ち出した時は「こんな物があるんだ」くらいの感慨だったが、どうにも普通じゃないらしいことにはそろそろ気が付いていた。


「だから言ったでしょ、私はえらーい魔女様が作った魔法の銃。二つとない宝物なんだって。世が世なら戦争が起きるような代物なんだから」

「ふーん」


 耳にタコが出来るほど聞いた話だった。

 曰く、この世界にはアイビー達人間とは文字通り格の違う上位存在がいくらか居て、種々の人類を含めたものを作ったり、管理したりしているのだと。そしてこのリボルバーは、その内の一つ、「魔女」が創り上げたのだと。

 そうは言っても見た目は何の変哲もない、なんなら古臭いくらいのただの銃で、ただでさえ世のことをよく知らない上に情緒も未熟なアイビーに、特別扱いを求められても難しかった。


「アンタ、まだ信じてないでしょ」

「信じてるよ。ミストルが僕にそんな嘘ついたって仕方ない事くらいは分かる。でも」


 アイビーはシリンダーの中にしっかり六発、弾丸が入っていることを確認してから、徐に銃口をこめかみに押し当てた。


 なんの躊躇いもなく引き金を絞った。

 カチン、と軽い音が鳴る。弾は吐き出されない。


「役に立たないんじゃ、ね」


 深く息を吐き出すのは、緊張からの解放が故ではなく、失望からだった。これまで幾度と無く自分に向かって撃ってはみたが、一度たりとも……生きているのだから当たり前だが……銃弾は出ない。


「壊れてる」


 呟きに、溜息が返した。

 心臓の鼓動も呼吸も無いくせに、リボルバーは呆れられるらしかった。


「壊れてなんかいるもんですか。何度も言ったように私は。それ以外の仕事はごめんだわ」

「僕は、自決それ以外で使ったことないんだけど」

「生き方も知らない子どもに、死に方なんて分からないでしょ」

「分からん」


 言っていることも。生きることも、死ぬことも。

 

「僕は元気です。残念ながら」


 独り言に、リボルバーが「喜ばしいこと」と返した。死にたがっている人間にとっては皮肉でしかなかったが、何度も繰り返したやり取りだ、アイビーは少しも怒りを覚えなかった。


 頬杖をつきながら、彼女は窓の外に目をやった。


 抜けるような青い空に黄色い砂。地平の果ては陽炎に呑まれている。アイビーが乗り込んだ辺りはどこぞの深い森の中だった。思わず後方を伺ったが、あの新緑は砂山の向こうか蜃気楼の先か、はたまた列車の吐き出す黒煙の最中か、とにもかくにも見えなくなっている。

 ここまで景色が様変わりすると「もしかして丸一日寝ていたのか」なんて考えも首をもたげてくるが、こんな環境でそこまで眠れたとも思えなかった。


「まあ、それでもだけは、変わらないね」

「そういうものなのよ、


 呆れか諦めか感嘆か、或いはすべてを綯い交ぜにして疲労感を乗せたような、そんな深い呼吸と共に言葉を吐く。


「世界って、結局広いやら、狭いやら」

「人それぞれだわ。詮無きことよ。十五そこそこの子どもが考えるような事でもない。ましてアンタみたいな世間知らずが」

「この旅って、そういうのを考えたりするためのものなんでしょ」

「あら、意味なんか考えるようになったの。良い傾向じゃない。ま、そうね。少なくとも死にたいって思い続けるよりは、よほど健全」


 「なら考えなさい」とミストルは言った。唸るように言葉を返すアイビーに、少しの沈黙を挟んで、喋るリボルバーは言葉を重ねた。


「でも多分、『広い』って思えた方が幸せだわ」


 彼女達の視線の先、高速で流れていく景色の中心には、全面ガラス張りの四角錐が二つ、頂点同士で重なっている。ものを知らないアイビーとて、あれがどれだけ苦心して作られたかくらいは想像がついた。


 あれは、砂時計だ。上から下に流れ落ちる砂が時を知らせる。


 故郷の村からも、これまでの旅路でも、車窓を挟んだ景色にも、そしてきっとこれからも、視界に入り続ける不思議な砂時計。


 特筆すべきはその大きさと、上下が入れ替わる時は永遠に来ないということ。それから、創世の頃からあるということ、世界の中心にあるということ。


 ミストルに聞いた話だった。

 このリボルバーは、アイビーと同じく田舎から出たことが無いはずなのに、よくよくものを知っている。


 あれはいずれ来る終末を知らせるもの。世界の寿命を可視化したもの。


 砂が落ちきった時、この世界は終わる。


 誰かの法螺でも陰謀でもなく、そういうふうに決まっている。


 世界の終わりというものがどういうふうに訪れるのか、きっと誰にも分からない。


 天を衝くような怪物が出没するのか、まっさらに漂白されるのか、果てからボロボロと崩れ落ちるのか……多分、上位存在ですら及びもつかない「神様」とかいうのが、どうにかするのだろう。


 砂の残りは、あと僅か。


「幸せ、かあ」


 目と鼻の先に迫った明確な「終わり」を待たずして命を捨てることを咎める者は、このリボルバー以外にいない気がした。

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