第10話 真理愛
博史は早速その足でそこへ行ってみた。
「ここか・・」
以外にかんたんにそこは見つかった。役所が紹介してきた困窮者支援をしているというNPOの事務所は、街はずれのうらぶれた商店街の中の一角にあった。
「・・・」
その外観はかなりみすぼらしかった。建物自体かなり古く、外壁の塗装もところどころ剥げ、ヒビも入っている。建物全体がどこか傾いているようにすら見える。
「大丈夫なのか・・💧 」
博史は、不安になる。
「人を助けている場合ではないのでは・・?」
それほどに外観はボロかった。
「す、すみません」
「はい?」
博史がおずおずとその事務所の開き戸を開けると、いきなり何か作業をしているまだ二十代くらいの若い女の子がいた。その子が首を横に向けて博史を見る。
「あ、あの・・」
「ボランティアの方ですか」
博史の顔を見るなりその女性が言った。
「えっ、いや、あの・・」
この期に及んで、困窮者であることが恥ずかしく、博史は言い淀む。
「どうぞこちらへ」
だが、勘違いした女性はうれしそうに笑顔で奥へと、案内する。
「え、は、はい」
博史は言い出せないまま、その子について行った。
「助かるんですよ。ボランティアの方に手伝っていただけると」
歩きながら女性がニコニコと言う。
「は、はあ・・」
よけいに言い出せない空気になって来た。
「あの、この書類にお名前と住所を書いてもらえますか」
奥の部屋のテーブルに案内され、そこに博史が座ると、女性は何か書類を持って来て博史の前に置いた。
「あの」
「あっ、そうだ、こっちの書類もお願いします」
博史が言い出そうとすると、また違う書類を持ってくる。
「いや、あの・・、僕は、その・・、困窮者支援の・・」
「この事務所、ボロボロでしょ。私たちお金なくて」
そう言って女性はカラカラと笑った。
「は、はあ・・」
その笑顔がかわいいなと思いながら、しかし、博史は困惑していた。
「あの・・」
「まだ立ち上げたばかりなんです。こんなにすぐにボランティアの方に来ていただけるとは思っていなかったわ」
その子はキラキラした目で博史を見てくる。
「・・・」
よけいに博史は言い出せなくなる。まったく言い出すタイミングがない。仕方なく、博史は困惑しながらボランティアの書類を書き始める。
「ボランティアなんかしている場合じゃないんだが・・」
このままでは、本当にボランティアになってしまいそうだった。だが、そんな困惑する博史を、ニコニコとうれしそうにその女性は見ている。
「・・・」
彼女のそのうれしそうな笑顔を見ていると、不思議なものでボランティアも悪くないなと博史は思えて来た。
「あっ、もしかして当事者の方?」
その時、突然閃いたようにその女性が言った。
「は、はい・・」
申し訳なさそうに、博史は言う。
「あっ、そうだったんですか。すみません、私てっきり、ボランティアの募集で来られた方かと」
その子はそう言って自らまたカラカラと笑った。どうやら、少し天然な子らしかった。しかし、その奔放な笑い方に博史は、どこか好感と安心感を感じた。
「私、八幡真理愛って言います」
真理愛が名刺を差し出す。
「あっ、高田博史です」
博史がその名刺を受け取りながら頭を下げる。
「私たちまだ立ち上げたばかりで、色々とばたばたしていて」
そう笑いながら語る真理愛は、よく見るとすごくかわいい。
「何でこんな子が・・」
博史は内心驚く。何でこんなかわいい子が、しかも知的な感じがする。多分大卒だろう。そんな子が、こんな場末の困窮者支援なんかしているのだろう。
「じゃあ、お話聞きますんで」
真理愛が博史の座る丸いテーブルの向かいの席に座る。
「は、はい」
あらためて、向き合うと博史は緊張した。まだ若く、自分よりも年下で、かわいく知的な子に、自分が困窮した話をすることが恥ずかしく博史は口ごもってしまう。博史はコンプレックスと劣等感の塊だった。
しかし、おずおずと話をしていくと、真理愛はあの役所の佐藤とは違い、丁寧にやさしく博史の話を聞いてくれた。
「それは大変ですね」
しかも、同情し、気持ちを寄せながら聞いてくれる。
「そうですか。それはお困りですね。大丈夫です何とかしますから」
博史の置かれている現状の話を一通り聞くと、真理愛はやさしい淀みのない笑顔で言った。その笑顔に博史は、ホッとする。
「・・・」
初めて他人からやさしい言葉をかけられ、博史は思わず泣きそうになってしまった。批判こそされ、人から同情や理解してもらうなど皆無な人生だった。
「それにしても酷いですね。そのお役所の対応」
そして、真理愛は、博史の話を聞いて、怒り出す。
「私も何度か、生活保護のつき添いには行っているんです。だから、福祉事務所の対応の悪さにはいつも憤慨しているんです」
「そうなんですか」
「ええ」
「・・・」
そうだったのか。この時初めて、博史は自分が悪いのではなく、役所の対応の仕方がやはり悪いのだということに気づく。やはり、博史が感じていた疑念は、間違いではなかった。自己肯定感のない博史は、どんなに酷いことをされても自分が悪いのだと思ってしまう癖がある。
「なんだかんだ理屈をつけて追い返すんですよ。申請に来た人を」
「そうなんですか」
そう言われると思い当たることばかりだった。わざと意地悪な、歪曲した捉え方をして、博史の話を聞いてくれないとか、窮状を訴えているのに、なぜかものすごい厳しいことを言われたり、今思えばそれは明らかに意図的だった。
「はい、水際作戦ですね。申請者を減らすためにわざとそういうことをするんです」
「・・・」
そうだったのか。どんなに窮状を訴えても妙に冷たい態度をとられていたのはそういうことだったのか。博史は、初めてそのことに気づき、怒りが湧いてきた。
「何でそんなことを・・」
博史は悔しかった。
「何で役所がそんなことを・・、市民を助ける立場の役所が何でそんなことを・・」
ずっと自分が悪いのだと思っていた。自分がダメなのだと思っていた。
「・・・」
悔しかった。
「もう一度、明日役所に行ってみます」
博史は悔しくて、このまま終わらせるわけにはいかないと思った。何か、何か一矢報いたいと思った。博史一人が行ったからどうにかなるものでもないだろう。博史一人が行ってもどうしようもないだろう。でも、あまりにも悔しかった。
「私も一緒に行きます」
すると真理愛が言った。
「えっ、一緒に?」
博史は驚き真理愛を見る。
「はい、私も明日役所に一緒に行きますから」
「ほんと?」
博史はあまりに意外な展開に、驚き過ぎて、間抜けな声を出してしまう。
「はい」
真理愛は当然のことのようにニコニコと答える。
「・・・」
そこまでしてくれるとは思ってもいなかったので、博史は呆然と真理愛を見てしまう。しかし、真理愛は何でもないことのように、まるでそうすることが当然みたいにニコニコとしていた。
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