第30話 本当の姿
「どうして掻き混ぜるんですか?」
運ばれて来たドリンクを、逐一マドラーで掻き混ぜてから頼んだ人の所へ回している。
しかも、女性のドリンクにだけだ。
稲田は「あぁ、、ははは、」と小さく笑ってから答えた。
「いや、ほら、アルコールって比重が軽いから、水と均等になるように、掻き混ぜてるんだよ」
いつの間にか、塩谷達も会話を止め、2人のやり取りをジッと見つめていた。
「みんな、だいぶお酒が進んでるから、アルコールばっかり先に入って、悪酔いしないようにと思って...」
誰も何も言わない、沈黙が流れた。
「あ...そうなんですか...」
深月はそう言うしか無かった。
稲田は、急に皆んなの注目を浴びてしまったせいか、気まずそうに頭の後ろを掻いていた。
その時、盛り上げ役の戸田が
「さっすが!研究員!あったまいい〜」
と、稲田を持ち上げた。それにつづいて美香も、「稲田さん、優し〜」と拍手を送る。
本人は「いや、研究員関係ないし、誰でもしてるって..」と、照れながら謙遜していた。
今度は、深月が気まずくなる番だった。
自分の無知ゆえに、稲田の優しさを疑ってしまった。
『どうして掻き混ぜるんですか?』
ワザと、棘を刺すように言った。
周りも、それを感じてしまっただろうか。それとも
『深い考えはなく、ただ気になったから聞いただけ』と、捉えただろうか。
どうか後者であって欲しいと、ひたすら祈るだけだった。
静かになって俯くだけの深月を見て赤松が深月に声を掛けてきた。
「どうしたの?急に静かになって、眠くなっちゃった?」
「あ...いえ。あの...稲田さん...」
深月は思わず稲田に声をかけてしまった。
言ってから少し後悔したが、もう仕方がない。
「すみませんでした」
「いいよ。深月ちゃんお酒飲めないんでしょ?知らないのも当然」
顔を見なくても分かる。その声、言い方だけで、稲田の優しさがひしひしと伝わってくる。
「おれ、酒大好きだけど、比重なんて考えた事もなかったな。口に出した事もねーよ」
更に赤松がおどけて言ってくれたので、深月の心は軽くなった。
その時、深月左肩に咲良がコテンと、頭を乗せて来た。2人はとても仲がいいが、咲良は抱きついてきたり、腕を組んできたりというスキンシップは殆どしない。
「咲良?どうした?」
「んーー、、、」
いつも元気な咲良らしくない。
「具合い悪いの?」
「んー、、良くわかんない...」
「飲み過ぎたんじゃない?」
深月は言ってから疑問を持つ。
咲良はお酒に強い。今まで咲良の口から二日酔いという言葉を聞いた事がない。
「大丈夫?外の空気に当たってくる?」
「うん...そうしよっかな...」
咲良とそんな会話をしていると、目の前にグラスが置かれた。
「はい。お水」
稲田がいつの間にかオーダーしてくれていた。
「あ、ありがとうございます。咲良、飲んで。もう帰る?悠介に迎えにきてもらおうか?」
「ゆうすけ?もしかして、咲良ちゃんの彼氏?」
稲田が聞く。
「いえ、同僚です。あぁ、でも今日は夜勤か...」
後半は独り言のように呟いた。
「そっか、2人とも可愛いいから彼氏いるかと思った」
今度は赤松が言う。
深月が咲良を外に連れて行こうとすると、誰かのスマホが鳴った。塩谷のスマホだった。
今度は塩谷に視線が集中する。聞いていると、会社からの電話だと直ぐに分かった。
塩谷はスマホをワイシャツの胸ポケットに入れると、申し訳無さそうに言った。
「すみません。会社から呼び出しくらっちゃって...今から行かないと...」
「ええーっ」と、美香と雫の落胆の声が上がる。
塩谷は「本当にすみません」という表情を作って、自分の財布から一万円を出して美香に渡した。
いきなりの事に呆気に取られていると
「これでタクシー呼んで帰って下さい。足りるといいけど...足りなかったら、病院で会った時に言ってくれたら残り出しますから」
「えっ!?悪いから要らないですよ!自分達で出しますから...」
返そうとする美香の手を、塩谷は優しく戻して
「じゃあ、後は頼むわ」と赤松に言い、本当に帰ってしまった。
塩谷が帰った後の個室は静かだった。咲良は半分寝ているし、美香も雫も無理に会話しようとせず、目の前の料理を静かに見つめるだけだった。
深月自身も、慣れない合コンでずっと緊張していた為か、10分ほど前から頭の奥が痛かった。一体いつになったら、お開きになるのか、今はそれしか考えられなかった。
—— いくら、お目当ての塩谷さんが帰ったからって、そんなあからさまに大人しくなる!?
深月は誰にも助けを求める事が出来ずに、固まっていた。
戸田、赤松、稲田3人の相手を深月1人でやっていたからだ。
「深月ちゃん。なにか食べる?」
「あ...もうお腹いっぱいです...」
「何か、飲む?」
「あ..まだ残ってるので...」
「深月ちゃんって、どんな男性がタイプ?」「え....っとぉ...や、優しい人...でしょうか?」
「優しい人は大前提でしょう。他には?」
「あーー、、」
その時、迅の事を思い出してしまった。
白い肌に、黒い髪。
普段は細い目だが、笑うと黒い瞳が良く見えるほど大きく開く。
今直ぐに ここに来て、自分の事を強引に連れ出してくれないだろうかと、考える。
そんな事を考えていたら、顔が熱くなるのを感じた。
目の前にいる3人に気持ちを見透かされそうな気がして、目の前ある新しく来たグラスを一気に飲んだ。
——あれ?これ、もしかしてお酒?
それに...舌に渋い味がする。なんか、ザラザラしてるのが入ってる...
「どうしたの?そんな難しい顔しちゃって、何か変な質問でもしちゃった?オレ」
顔を上げると、戸田が深月の顔を覗き込んでいた。
「あ...いえ、何でもないです」
深月は変に勘繰られないように、ドリンクをもう一口飲むフリをした。その隙に、咲良の向こう側にいる美香と雫の姿をチラリと見る。
—— やっぱり....
深月は、ずっと引っ掛かっていた事の答えを見つけた。
「あの、ちょっとトイレに行ってきます」
相手に変に勘付かれないように、自然に席を離れた。
トイレの個室に入って深月はバッグからスマホを取り出した。
落ち着け!と、自分に言い聞かすが、その手が震える。
そして、自分の身体の血の気が引いている事に気がついた。
手が、とても冷たい。
◇ ◇ ◇
「迅さん、何処に行くんすか?」
奏多の質問に、振り向かずに答えた。
「迎えに行く」
「迎えに行くって.....」
状況がイマイチ掴めない姫野が、岳に小声で聞いた。
「さっきから誰の事を言ってんだ?アニキは」
「そうですね...知り合い以上。恋人未満の人ですかね」
「は?」
全く意味が分からないという顔をした所で、迅のスマホが鳴った。
「橘花さんから着信が来た」
迅が小さく言うと、岳と奏多が迅の周りに集まった。
姫野も遠慮がちに遅れて集まる。
「橘花さん、終わりましたか?」
《蓮水さんっ!! なんか怪しいんです!!》
深月は声を殺して話しているようだった。そして、それはひっ迫している。
迅はスマホのスピーカーをオンにして、
「何が怪しいんですか?」
《、、りを、、、れたか、、ん》
「橘花さん、電波が悪いみたいで、良く聞こえません」
《、、っから、くす、、をのま、、たかも、、ないんでっ、、、くらが、あの、、おさ、、いのに、くて、それに、、、しも、、》
「橘花さん。どこか移動できますか?」
「深月ちゃんには、迅さんの声がちゃんと聞こえているかな...」
「LINEの方がいいかもしれません」
瞬時に岳が助言した。
「何が起きたか分からないが、その余裕が橘花さんにあればな...」
じっと動かずに考えていた姫野が言う。
「....くすりを飲まされた...じゃないでしょうか?」
まさかの言葉に、その場が凍りついた。
「チョビさん...一体なにを...」
「今の声、"薬を飲まされた"に聞こえました」
「マジかよ....」
「今すぐ行くぞ、お前らもついて来い」
「はいっ!!」
「姫野!お前もだ!」
「え?あ、、、あっ、、はいっ!!」
◇ ◇ ◇
深月は何とか迅に電話を掛けたものの、電波が悪く上手く伝わらなかった。
一体、どこまで伝わっているのかも分からない。しかし、迅の反応を見ると、肝心な所は何ひとつ、伝わっていないように感じる。
迅から場所を変えるように言われたので、深月は外へ行く事にした。
しかし、身体が言うことを聞かない。頭も、ぼおっとする。自分が自由に動ける時間はもう少ないのかもしれない。
外に出ると、生暖かい風が肌にまとわりついて、とても不快だった。
迅との通話はいつの間にか切れていた。
深月はもう一度、迅に電話を掛ける。
今度は上手く繋がれ!!と心の中で祈る。
それが天に届いたのか、迅がすぐに出た。
《橘花さん、薬を飲まされたんですね》
「そうなんです....多分..ですけど、咲良が...あと、他の2人も、ぐ、ぐったりしてて、もしかしたら、睡眠薬とか...とにかく、飲み物に何かを入れたにっ......」
急に目の前が大きくグルリと回転した。
《橘花さんっ...!!》
スマホから迅の声が微かに聞こえた。
「あぁ、蓮水さん...わたし...お酒飲んじゃって...」
その時、深月の手からスマホが奪い取られた。
目眩と闘いながら、後ろを向くと、そこには稲田が立っていた。
稲田は勝手に通話をオフにする。
「何するんですかっ、、、」
頭がズキズキ痛む。アルコールのせいなのか、値の知れない薬のせいなのか。
どちらにせよ、しっかりしなければいけない。しかし、その後ろには絶望とも言える光景があった。
赤松に抱き抱えられている咲良と、立つ事もままならない、美香と雫の姿があった。
「深月ちゃん。移動しよっか」
稲田がメガネを外して、『ニヤリ』と微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます