第23話 鉢合わせ



 じんに電話をした日から3日が経った。

 深月は迅の言葉一つ一つを丁寧に思い出して、本音を探ろうとした。


『オレの事は好きになってはいけません』


『オレは、橘花たちばなさんの事を" 好きだ "と言った事は一度もありません』



 ずるい事にその言葉は、深月の事を突き離しているようにも聞こえ、一方では深月の事を想っているようにも聞こえた。

 しかし、いくら考えても答えは出ない。

 本音は迅にしか分からないのだから。






 ◇ ◇ ◇






「それにしても、やってくれるねぇ。病院中の噂になってるよ。

“ 深月は誰にも渡さない。オレの女だ覚えとけ!! " だって?私もその場に居たかった〜」


「"オレの女"なんて言ってねーし...」


「同じでしょ。悠介ホント最高!!」


「全ッ然最高じゃないし!! むしろ最悪だし!! 何であんな馬鹿なこと言ったの!? ちょっとは場所考えてよ!! 」


「バカは言い過ぎだろ! しょうがねーじゃん。言っちゃったもんは....もう...言っちゃったんだから...」


「なに思い出して照れてんのよッ」


「ばっ...か!! 照れてねーしっ!!」


「照れてるじゃん! 悠介はね、照れると掻く癖があるんだからっ!!」

 そう言って深月は自分のこめかみを掻く。


「ほほほぉ〜癖まで分かっちゃうの?この際だからアンタ達、結婚しちゃえば?」


「け、結婚!? いくら何でも 飛躍し過ぎじゃねーか?」


「だから こめかみ掻くのやめてっての!! 咲良さくらも変なこと言わないでよ」



 悠介の爆弾発言事件があって咲良さくらから召集が掛けられた。

 迅との電話の事で、沈んでいた深月にとっては、いい気分転換になって、有り難かった。

 悠介とは、告白された事で気まずくなりかけたが、後を引かない悠介の性格に大いに助けられ、こうしていつもの様にまた話せるようになった。


 仕事帰りに、いつものファミレスで、いつものドリンクバーと、いつものポテトを注文して、たわいのない会話をして過ごす。深月にとっては大切な時間だ。



「で、深月は大丈夫なの?さっそく悠介のコアファンにやられてるらしいじゃん」


 悠介の『深月は誰にも渡さない』発言は、その日のうちに病院内に知れ渡った。

 院内の話題には乗り遅れ易いオペ室や、咲良の働く救急外来でも、今回はタイムラグがほとんどない。改めて、悠介の人気の高さを知る。



「大丈夫じゃないよ。悠介のファン、マジでヤバいよ。すれ違う時にワザと聞こえる声で、ブスとか言うんだから」

「.....だ、だから今まで告らなかったんだよ」

「だったら最後まで貫き通してよ」

「お前さぁ、そんなにオレが嫌いか?」

「そうじゃなくてっ!! 場所を考えてって言ってんの!!」

「はいはいはいはい。夫婦喧嘩は、家でやりなさい。で、何でそんな発言しちゃう様な事態になったの?」


「......」 「.......」



『蓮水 迅=ヤクザ』の弟分にけしかけられたからなんて、口が裂けても言えない。



「.....まぁ、言いたくないならいいけど」

「悪りぃ..咲良」

「気にしないで。夫婦間の問題にまで首を突っ込む気はないから」

「夫婦じゃないけどね」

「ふふっ...」


 いたずらっぽく咲良さくらが笑う。

 それに釣られて深月と悠介も小さく笑う。



「ねぇ、深月」

 イタズラっぽく笑っていた咲良の目が更に輝く。その目は何かを企んでいる時のがくの様で、深月は嫌な予感がした。隣で悠介も少し緊張している。

「何?どうしたの?なんか、怖いんだけど」

「あのさ、悠介もいるから丁度いいやと思って...」

「え?オレ?何だよ」

「何だかんだで、深月はまだなワケじゃん?」

「そうだけど?」

「合コン行こう」


 ——やっぱり...と思う。


「無理」

「そこを何とか頼むぅ〜!!!」

「絶対にいや!!」


 お酒の飲めない深月は「飲み会」が苦手だった。咲良や悠介みたいに仲のいい人との飲み会なら問題はないが、知らない男の人が来る『合コン』は苦痛が大きい。

 しかも、人見知りするタイプなので何を話していいのか分からない。そして、お酒に酔ってテンションが上がっている目の前の人達のようには振る舞えないのだ。

 常にシラフ状態の深月に

『ノリが悪い』などという輩もいる。

 —— 酒に酔って、気が大きくなって、バカ笑いするアンタの方が無いわ...

 と、心の中で毒付くのであった。


「ねぇ、深月ちゃん。自分ばっかり悠介にモテてズルい」

 咲良が頬をプク〜っと膨らませる。

「じゃあ、咲良にあげるよ」

「何だよ、人を物みたいに言って。オレは誰の物にもならないんだよ....」

「深月以外はって?」

「ばか!ヤメロ」

 悠介は耳まで赤くなって照れている。

「咲良分かるでしょ、わたしが合コン苦手なの」

「そうだ、行くなよ橘花たちばな。咲良もわざわざ誘うなよ。自分だけで行ってくればいいじゃん」

 深月に惚れている悠介は当然、深月に合コンへは行って欲しくない。その声質には少しトゲがある。


「だって、人数足りないんだもん。大体ね、悠介はまだ彼氏じゃないの。深月を止める権利はないんだからね」

「まぁ、そうだけどさ..」

「大丈夫。わたし行かないから」

「だ、だよな」

「最近、『未来メディカル』に新しい営業の人が入って来たの分かる?」

「無視かい」


『未来メディカル』とは医療機器や医薬品を販売する会社だ。

 深月達が働く『双葉総合病院』には複数の医療機販売の会社の営業マンが出入りするが、最近「イケメンが入ってきた」とウワサになっている会社があった。それが『未来メディカル』だった。


「深月も見たことあるでしょ?塩谷しおやさんって言うんだって、あのイケメン」

「へぇ」

「うわ興味なさそー」

「だって、なんか黒光りしてて、苦手。あーゆー人」

「...プッ..黒光り...脱いだら筋肉凄そうだよな。ボディなんとかってのやってたりして」

「そこがいいのよ♡」

「咲良の男の好みがホント分かんない」

「だから、今まで親友でいられたんじゃん。男の好みが似てたら、今ごろ絶交してたかも」

「絶交って...あはは、まあ、確かにね」

「前に働いていた病棟の後輩が合コンの話しつけてくれてさ。4:4なんだけど、1人足りないの。深月がいてくれたら、心強いんだけど...ねぇ、一緒に行ってくれない?」

 咲良が顔の前で手を合わせる。

「合コンするなら、男4で女3だろ。なんで数合わせるんだよ。もし、男の方で急な欠席が出たら女の子余るじゃん」


 悠介の言葉に「さすが」と思う。

 悠介がモテる秘訣がそこにあると感じた。


「だって、相手が4人連れて来てって言うんだもん。そうじゃなきゃ、出来ないって」

「なんじゃそりゃ。どんだけ女好きなんだよ。益々行かせられねーわ」


「今回の1回だけでいいからっ!! もう誘わないからっ!! わたしだって彼氏欲しいもん。深月だって知ってるでしょ?急外ここってホントに出会い無いのっ!!」

「行くなよ」


 悠介の声はとうとう怒りを帯びた。

 悠介には『蓮水 迅』という厄介なライバルがいる。更に、その弟分の若い男たち、つまりががく奏多かなたの事も警戒しなければならない。

 深月が合コンの席を苦手としているのは今までの付き合いで、良く分かっているが、それでも、これ以上の心配事は増やしたく無かった。


「大丈夫! 深月が辛くないように、しっかり見てるから!!」

「そーゆー事じゃない」

「深月ほんっとうに一生のお願いっ!!」

「最近、夜に外出するとろくな事が無いからなー」

「好きでもない男に告白されるしな」

 悠介が一層不機嫌になる。

「そういう事じゃなくて...」

 悠介は、あの後起こった出来事を知らない。

 そして、深月の頭の中には迅の言葉があった。



橘花たちばなさん、もう夜の街を1人で歩くのはやめて下さい。自分の身は自分でしっかり守らないと....あんな事が2度とないように』


 その言葉は『もう、これ以上オレの手を煩わせるな』と言っている様に深月には聞こえた。

 何かある事に、助けを求めに来られても困ると—


 一度だけと言うなら咲良の為に参加してあげたい気持ちもある。それでも、蓮水 迅のあの言葉が深月を足止めするのだった。





 ◇ ◇ ◇




 蓮水はすみ じん奏多かなたと『双葉総合病院』のレントゲン室前の長椅子に座っていた。


 迅は苛立っていた。

 椅子に浅く腰掛け、足と腕を組んでいる。右手の人差し指は小さくリズムを打ち、苛立ちを抑えきれずにいた。


「じ、迅さん、そんなにイライラしなくても...」

 奏多が申し訳無さそうに言う。

「じゃあ、1人で来れば良かっただろう」

「だって、右腕折れてんですよ?車の運転出来ないじゃないですか...」

「タクシー使うとか、バスで行くとか、他にもあるだろう。そもそも、なんで双葉総合病院この病院なんだよ。近くに他の病院あっただろう」



 深月が治安の悪い男に絡まれ、それを助ける為に奏多は右腕を負傷した。

 恐らく折れているだろうという事で、病院へ行ったが「どうせなら、深月ちゃんに会えるかもしれないから、双葉総合病院に行こう」と、岳と2人で盛り上がったのだ。


 そして、今日は経過を見る為の受診日だった。

 いつも一緒につるんでいる岳は

『オレ、女の子とデートだから』と断られた。

 そこで、迅にお願いしようと事務所まで行った所、丁度居合わせた久城くじょう

『迅。一緒に行ってあげなさい』と言われたのだった。


「何でオレが....」


 命の恩人である久城の言いつけを迅は断るわけには行かないが、場所が悪い。

 もし、本当に深月に会ったら、合わせる顔がないのだ。

 あの日、深月から掛かって来た電話に、強く言い過ぎてしまった。

 深月の為とは言え、後悔していた。




 しばらくすると、迅の隣に車椅子に乗った老人がやって来た。病衣を着ている。入院患者の様だった。


「田中さん、ちょっと待っててくださいね」男の低い声に、老人は「はい」と返事をした。その声が余りにも穏やかで優しく、思わず目を向けると、その老人の視線の先には見覚えのある男がいた。


「あ!深月ちゃんの彼氏候補の人だ」


 そう言ったのは奏多だ。そこには悠介が立っていた。

 迅は無意識に悠介のネームプレートを見た。『梶谷かじや』と記されている。


 ——梶谷....そう言えば、そんな名前だったし、こんな顔をしてたな...


 迅はすぐさまスッと立ち上がって、深くお辞儀をした。

「以前、上長の久城が入院した際は大変お世話になりました」

 久城絡みに関しては、考えるより先に身体が反応してしまう。命の恩人である久城には、間接的にでも失礼があってはいけないからだ。


 しかし今はそれだけではない。

 —— 橘花さんの事は渡さないだと?相変わらずいい度胸だな


 迅は先手を打った。

 悠介は豆鉄砲を喰らったような顔をしている。それでも直ぐに表情が戻る。


「いえ、こちらこそ」

 悠介は短く終えた。


 その後、しばらく沈黙が続いた。

 迅も悠介もお互い、気を遣って余計な話をする必要はないと考えていた。

 むしろ、これ以上、関わりたくないと言う思いからだった。


 5分くらいして、奏多と悠介が連れて来た老人が、ほぼ同時に検査室へと呼ばれた。

 廊下には迅と悠介の2人きりになる。


「....聞きましたか?オレからの伝言」

 悠介の突然の言葉。それは『深月の事は渡さない』という宣戦布告の言葉を指している。

「何のことでしょうか?」

 迅は知らないフリをした。

「いえ、それならいいです。無理に知らなくても」

 悠介はそう答えて、T字路になっている、廊下の方を見た。

 そこには黒いサラサラの髪を、センターパートできれいにセットした男が立っていた。

 そしてネイビーの上下のスーツには控えめにストライプが入っていて、シューズとベルトはコーヒーブラウンで揃え、洗練された身のこなしをしていた。


「深月、合コンするらしいですよ」

 再び悠介が口を開く。

「え?」

 今度は迅が豆鉄砲を喰らった。

「ほら、あそこに立ってる男と、来週合コンするらしいですよ」


 迅は悠介が見つめる視線の先を見た。

 周りを3人のナースに囲まれて、愛想良く話している。

 笑顔の安売りをする度に歯並びの良い、白い歯が見える。肌が健康的に黒い為、余計に目立つのだった。


「何だか気に食わねー男だな」

迅は思わず声に出して言ってしまった。

 自分がイケメンだと分かってやっている仕草に見えたからだ。

「奇遇ですね、オレも同じ意見です」



 2人は顔を見合わせた。


それは何かを企んでいる顔だった。


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