64.晩餐会④
エルディアとルウティアは、まるで自分たちの話ではないとでもいうように、静かに微笑んで王座を見つめている。
その余裕の横顔が、かえって貴族たちを黙らせるほどの威圧を放っていた。
ヴィクトリアは、そんな空気を見渡しながら扇を口元に寄せ、冷ややかに呟いた。
「……竜を王国の枠に縛りつけようとすれば、それこそ滅びを招きますわよ」
その一言に、ざわめきは一瞬で凍りついた。
(……おおぅ。さすが大王太后様。場を制する一言が、えげつなく強い)
(あぁ……俺の胃……あと少し、がんばれ……!)
大王太后の一言で凍りついた空気を――必死に打ち払うように。
国王レオンハルトが立ち上がった。
「エルディア殿、ルウティア殿。……ようこそ我が国へお越しくださいました」
胸に手を当て、わずかに羽を広げるように両腕を差し伸べる。
「この度は、ささやかながら宴を設けさせていただきました。
どうか今宵は、日々の緊張をお忘れになり……心ゆくまで羽を伸ばしていただければと存じます」
レオンハルトの言葉に、エルディアがふわりと微笑んだ。
「ふふ……本当に羽を伸ばしてよろしいのかしら? この部屋が――あっという間に崩れ落ちてしまいそうだけれど」
その場の空気が、一瞬凍りつく。
貴族たちの顔から血の気が引き――次の瞬間、くすくすと笑い声が漏れた。
「さすが竜の女王……」
「お美しいだけでなく、冗談まで……」
恐怖と畏怖と笑いが入り混じり、場が妙な熱を帯びる。
(おいおい、冗談に笑ってるけど……竜族の“冗談”って、冗談にならないんだよな!?)
「……もちろんですとも」
レオンハルトは慌てて姿勢を正し、声を張った。
「ユーリ・フォン・シュトラウス卿は、お二方の宿り木であり、我が国を支える世界樹のごとき大樹。その幹を折るような真似――決して許されるはずがありません」
その言葉に、広間の視線が一斉にユーリへと注がれる。
(ちょ、ちょっと待って……俺に何させるつもりなの国王様!!)
エルディアはふわりと微笑み、竜の威圧をそっと解き放ちながら囁いた。
「それなら安心ですわね。……柱を支えにして国を興すのなら、その幹を穢し、斧を振るうような真似は――決してなさらないでしょう?」
柔らかな声音でありながら、刃より鋭い圧が広間を駆け抜ける。
査問会を目前にした貴族たちの喉が、いっせいにごくりと鳴った。
(うわぁ……ティアがめっちゃ圧かけてる)
その緊張を横からさらりと攫ったのは、大王太后ヴィクトリアだった。
扇子を軽く口元に当て、涼やかに笑う。
「では――ここでひとつ、宣言しておきましょうか。
レーベルク女男爵夫、華楼小領公ユーリ・フォン・シュトラウス。
この者は、竜族の寵を受けし者にして……私、大王太后ヴィクトリアが、後見として庇護する存在でございます」
凛と響く声に、広間がざわめいた。
「大王太后が……!」
「後見!? これは……」
どよめきが走る中、ヴィクトリアは扇をぱちんと閉じ、すっと瞳を細める。
「この名を軽んじる行為は――竜族と、大王太后たる私への敵対と心得なさいませ」
甘やかな笑みを浮かべながら放たれたその言葉に、貴族たちの背筋が一斉に凍りついた。
しかし、そのざわめきに混じって、王太后エリザベートの甲高い声が突き刺さった。
「ふ、ふん……! なにが柱ですの! 所詮は追放された落ちこぼれ、竜族の情婦で運を掴んだだけではありませんか!」
広間の空気が、再び凍りつく。
(おいおいおい……母上!? やめてくれ、火に油どころかドラゴンブレスに火薬庫ぶち込んでるようなものですよ!?)
レオンハルトが心の中で悲鳴を上げる。
ヴィクトリアは冷ややかに瞳を細め、呆れたようにため息を零す。
(……哀れなものね。この子、本当に自分が何に噛みついているのか分かっていない)
広間は凍りついたまま。
そして――エルディアとルウティアは変わらぬ微笑を浮かべたまま、王太后を見透かすように黙して立っていた。
その沈黙こそ、何より雄弁な圧力となって広間を覆い尽くす。
誰も言葉を発せず、ただ竜族の微笑と大王太后の威圧だけが重く響く中、 耐えきれなくなったのは、やはりレオンハルトだった。
「……っ」
玉座から立ち上がり、声を張る。
「も、もうよい! これ以上の言葉は不要だ!
本日は、竜族のご使者をお迎えし、友誼を深めるための宴――皆もそのために集まったはず!」
必死に振り絞られた言葉に、張り詰めた空気がわずかに揺らぐ。
「さあ、杯を手に取り、竜族との新たな縁に感謝しようではないか!
そのご厚情を賜ったこと――我らの誉れとせん!」
合図とともに楽団が演奏を始め、給仕が慌ただしくワインを配り始める。
緊張を飲み込むように、貴族たちが一斉に拍手を打ち鳴らした。
(おお……さすが国王陛下!! 今の一言、めちゃくちゃカッコよかった……! 俺、めっちゃ貴方について行きますから!!)
ユーリは胸を熱くし、キラキラした目で国王を仰ぎ見た。
だが、レオンハルトはその視線を睨み返し、拳を膝上で固く握りしめる。
(……ふん。わかっているぞ、ユーリ・フォン・シュトラウス)
(セリーヌ様を奪い、リーゼロッテまで横に侍らせ、今度は竜族の母娘か……どれだけうらやま――けしからん奴だ)
(お前のような破廉恥野郎を、俺は絶対に許さん。
いつか必ず――王としてでなく、一人の男として、俺が“クッコロ”してやる!)
国王としての笑みを保ったまま、胸の奥に燃える炎だけは決して隠さず。
こうして、宴の幕は静かに切って落とされたのだった。
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【あとがき】
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