第百十四話 雪山登山 その四

≪立花 彩美 視点≫

「やっと晴れたね!」

「そうだな、これで先に進める」

「ふあ~、良い空気だね~」

「そうね、テントの中は温かかったし、外の冷たすぎる空気は新鮮でいいね」

「はい、三日間は辛過ぎました…」


 テントに籠って三日後、天候が回復してやっと外に出る事が出来た。

 外はとても寒いけれど、三日間狭いテントの中で過ごしていたから、みんな晴れやかな表情をしている。

 中でも、ミッチーが一番解放されて喜んでいるね。

 まぁ、うちらはお喋りしたり、ミッチーと密着して過ごせていたので、充実した三日間だったと思う。

 でも、ミッチーにしてみれば、地獄の様な三日間だったんだろうね。

 普通の男子ならば、四人の女子に囲まれて幸福の絶頂だったのでしょうけれど、ミッチーはこの状況を喜ぶような奴じゃないんだよね。

 勿論、ミッチーも嬉しいと思うでしょうし、うちらに興奮していないはずはない。

 時折外に出て興奮を冷ましている様だったし、相当我慢してくれていたに違いない。

 そんなミッチーだからこそ、うちらも安心して傍に居られるんだけれどね。


「景色がきれ~い」

「ここまで来るのは大変だったけれど、この景色が見られるのなら悪くはないな」

「そうね」

 周囲の真っ白な風景から、深緑の森に水色の大きな川の蛇行した線が綺麗に見える景色は、もう二度とみられないかも知れないね。


「記念写真を撮るよ~」

「いいね!皆並んで、並んで!」

「あっ、僕が撮ります」

「タイマー機能が付いてるから、大丈夫だよ~」

 モモが三脚を出してその上にカメラを固定し、撮るよ~と言ってから、うちらが並んでいるとこまで急いで来ようとした…。


「危ない!」

 雪と氷に覆われている場所をモモが急げば、転ぶのは目に見えている。

 ミッチーが素早く抱きかかえたので、モモが転ぶ事は無かったけれど、そのタイミングでカメラからパシャッと音が鳴った。


「あ~ん、モモの顔が写ってな~い」

「でも、これもいい思い出っしょ!もう一枚撮りなおせばいいし、今度はうちがやってあげる」

 モモを並ばせ、うちがカメラのスイッチを押して戻り、今度は上手く全員が風景と一緒に綺麗な写真が撮れた。


「この写真は大事にしないとね」

「もう二度と、こんな雪山に来る事は無いだろうしな」

「うんうん、モモは来たくても来れないからね~」

「私も同じよ、普通だったら絶対に来れないわよ!」

「そうですね」

 ステータスで強化されているから普通に登れているけれど、それが無くなったら絶対無理っしょ。

 お金を払われても、来たいと思わないよね。

 この五人で来る事は二度とないだろうし、この写真は大切に保管しておかないとね。


 写真を撮り終え、うちらは晴れ渡った景色の中、雪と氷に閉ざされた険しい山を登り始めた。

 ステータスで強化された体でも、三十分に一度は休憩を取らないと持たないし、息もずっと上がりっぱなし。

 皆は、文句一つも言わないで黙々と登山と続けている。

 ううん、文句を言う元気がないと言った方が正しい。

 こんな時こそ、うちが元気づけないといけないっしょ!

 うちは呼吸を整え、明るい声で皆を励ます事にした。


「みんな、ゴールは見えて来た!もう少しだけ頑張ろう!!!」

「「「「………」」」」

「元気がないね!」

「いや、みんな呆然としているだけよ…」

「考えても無駄だし、頑張って登るだけっしょ!」

「そうは言うがな…」


 皆に元気がないのは疲れているだけではなく、山頂が見えたからと言うもが大きい。

 山頂は見上げるほど高く、そこに辿り着くには垂直の壁を延々と登って行かないといけない。

 誰がどう見ても、素人のうちらが登って行くのは無謀だと分かる。


「ミサ、飛んで行ける?」

「流石に無理だな、高いし風も強い、途中で落ちるのが目に見えている。

 あたしだけなら頑張れば行けそうだが…、モモ、上から下ろすロープの長さも足りないだろ?」

「全然足りな~い」

「そうよね…」

 ここまで来て引き返したくは無いけれど、ロッククライミング、しかも凍っている垂直の崖を登れる技術は無い。

 元気づけては見たものの、うちには攻略する方法が思い浮かばない。

 こんな時は、モモに知恵を借りるのが一番なのだけれど、モモも難しそうな表情をしている。

 それでも、一応意見は聞いて見ないとね。


「モモの道具で、何か良い物があったりする?」

「無い事もないけれど、安全は保障できないね~」

「そっか、無理は出来ないね…」

 モモは登るための道具として、ハンマーとか杭とかを出して見せてくれた。

 凍っている岩に杭を打ち込み、安全フックを杭にかけながら少しずつ登っていくって、どれだけ時間が掛かるか分からないし、途中で夜になってしまう。

 と言うか、うちらで無理なら、この世界の人達は絶対氷龍の所になんて辿り着けないよね。

 ルアが、歴史上辿り着いた人がいないと言ってた理由が、分かってしまった。

 諦めたくはないけれど、今回は諦めるしかないかな?

 皆も頭の中ではそう考えていると思うけれど、ここまで苦労して登って来た事を考えれば、簡単に言えないよね。

 だからこそ、うちが勇気を出して言わなければならない!


『そこから入って来るがよい』

 丁度その時、頭の中に不思議な声が聞こえて来た!

 皆も驚いているし、うちだけに聞こえたんじゃ無さそう。

 そして、ゴゴゴッと言う岩が擦れる音が聞こえ、目の前の崖にぽっかりと四角い穴が開いていた。


「入ってみる?」

「それしかないだろうな…」

「うん、行ってみよう~」

「大丈夫なの?」

「僕が先に入って、安全を確認して来ます!」

「あっ!」

 うちが止める前に、ミッチーが開いた四角い穴に駆けよって行ってしまった。

 ミッチーが四角い穴の入り口を見てこちらを振り返り、大きく両手を頭の上で振って安全だと知らせてくれた。

 うちらも四角い穴の所に行き、中を確かめてみる。


「綺麗な通路だな」

「そうね、暗いかと思ってたけれど奥まで明るくて見通せるし、罠ではなさそうね」

「うんうん、呼ばれたんだから大丈夫だよね~」

「そうよね、どの道進むしかないんだから、行きましょう!」

「はい、僕もそう思います」

「じゃぁ、行こう!」

 綺麗な真四角の通路は一面が氷で作られていて、光を反射して中はとても明るかった。

 それでいて、そこまで寒くないのよね。

 うちはフードを上げ、ゴーグルを外し、目出し帽を脱いで顔を出した。

 皆も同じ様に顔を出しながら、通路の奥へと進んで行った。

 五分くらい歩いた所で通路が終わり、目の前には氷で出来た宮殿が現れた!


 皆が言葉を失うほど美しい氷の宮殿は、うちらがアリに見えるくらい大きかった。

 巨大な扉が自然と開き、中から白い冷気が漏れ出て来たと共に、また頭の中に声が聞こえて来た。


『中に入って来るがよい』

 うちらは視線を交わし、無言で頷いて氷の宮殿の中へと入って行った。

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