第24話 魔障に侵された者
……ストゥルトが口にしたような症状が、起きる予兆は無さそうだ。
私は現在、確固たる殺意を持ってヴュステに剣を突きつけているが、体調が悪くなるような事はない。
村人達はダメで私だけが彼女を殺せる状況にあるというのも、奇妙な話だ。
『だって、その子は神の子孫だからね』
『?……何ですか、それ』
『六神の一柱――まぁ、一番獣をしてた愚神の血をちょっとだけ引いてると思えば良いよ』
『神様の子供という事は置いておくとして、それと村人達がヴュステを殺せない理由に、何の因果関係が……?』
『これは単純明快な話。正常な人が自分より上の身分の者に喧嘩を売るのか?ってこと。本能が拒んじゃうわけ』
『なるほど。それが獣人族の皆さんでは、ヴュステさんを殺せないわけですか』
それにしても神様の子供か。
おそらく凄い……のだろう。
ちょっと、私にはそれがどれだけすごい事なのか理解できないが。
『分かりやすい力の一端を挙げるなら、神本人が自分の作った造物である同族相手に「こいつウザいな」って思ったら、一瞥するだけで勝手に死んでくれる程度の力だよ』
『はぇ〜……』
『そして獣人達が扱うのは六つある概念のうちの一つ――
六つある概念。
確か、創造・覇力・運命・知恵・自然・天護――。
それぞれの概念を司る神がいて、その神々の姿に似せて、さまざまな種族が造られた……そんな話を聞いたことがある。
どの概念の神がどの種族なのかは、商人さんも語ってくれなかったが。
それにしても、一睨みで死ぬとは……
『……ずいぶん物騒な話ですね』
『まぁでも神の血は基本的に濃すぎて、普通の体じゃ原型を保てない。だから大抵の神の子は奇形児として生まれてくるし、力も扱えないんだけどね』
思ってもみない予想外の情報を、かなりの量得ることができてしまった。
村人たちが語った呪われた子供という認識、そしてヴュステに向ける拒絶感情。
それらの根は、神の力を宿しきれず歪んでしまった体と、ヴュステの異質な在り方への恐怖にあった――のかもしれない。
これは憶測でしかないが、おそらく最初は半信半疑で、赤子の彼女を育てていたのだろう。
だけど魔障というものの存在感が増してから、ヴュステに対する感情が、疑心から嫌悪へと移り変わった――と、言ったところか。
実態は分からないし興味もないが。
あと神様の話を鵜呑みにするなら、ヴュステとこの魔障は完全な別問題というわけになる。
『で、結局アイラはどうするの?』
『……ゼレシアさんはどうして欲しいんですか』
『質問を質問で返さないで。妾はまだしばらくの間は、貴女の判断を全面的に尊重するつもり。好きにしたら?』
『なら、好きにさせてもらいます』
私は喉元に突きつけていた刃を収める事にした。
別に殺さないと決まったわけではない。
お金は欲しいし時間はまだある。
この集落から出ていくまでに依頼を達成するか、放棄するか考えれば良い事だ。
私は獣の皮を引き寄せ、再び身を横にして今は眠ることにした。
---
そして私は三日間ほどストゥルトの指導を受ける――筈だったのだが、ちょくちょく妨害してくるラックスのせいで、まともに学びを得る事が出来なかった。
本日もストゥルトと向かい合って指導を受ける筈だったのだが……
「ラックス!いい加減にしろ!こちらに構ってないで、自分の鍛錬に集中したらどうだ!!」
ストゥルトが怒声を飛ばすが、本人に響くことはない。
「うるせぇ!!あのままで終われるわけねえだろ!!大人しくこのクソガキがもう一度俺とやり合えば済む話だ!」
「嫌ですよ、面倒くさい。……前回はラックスさんの勝ちなんですから、それで満足して欲しいです」
「はぁ?!そんなの出来るわけねえ!うちの連中は前回の模擬戦で、完全に俺を舐め切ってるんだぞ!!アレで終われるか!!!」
どうやら大勢の人前で蹴り飛ばされたのが、相当お気に召していないらしい。
ここまで面倒な状況になると、棒立ちで最後の一撃を食らっておいた方が良かったかも……とすら思えてくる。
どうせこの村のルールだと負けだったし。
もう一度模擬戦をしてあげれば良いのだろうが、これ以上付き合っていても私自身にメリットがない上に、コイツを満足させるだけだと思うと、より一層やる気が出ない。
そもそも、この獣人は私を半殺しにするまで満足しないような気すらする。
「クソが……」
そう思った刹那、ラックスが腰に手を伸ばす。
「あぁもう、うぜぇ!ルールなんて無視して、ここでお前を殺してやる」
そして引き抜いたのは訓練用の木刀ではない。
本物の実剣だった。
「やめておいた方がいいですよ、戦うだけ無駄……」
正直ウザったいので、いま模擬戦をやると言うのならこちらは手加減をするつもりはない。
「……2回ほど死んでいる人間からの忠告です」
私は自身の肉体の変化とともに、多少の精神性も変容してしまった。
それがどこまでがどうなったのかを、確かめるついでに――最初の殺人を犯して良いとも思っている。
「それでもやると言うなら、死ぬ覚悟でかかってきてください。優しくおねんねさせてあげますよ」
「ああ!?やれるもんならやってみろ!!その妄言ばかり吐く口ごと叩き斬ってやる!!
私は短剣を軽やかに持ち上げ、胸の前で小さく構える。
対するラックスもまるで火のついた獣のように腰を浮かせ、次の瞬間には飛びかかる気配を全身から滲ませていた。目が血走っている。
……その寸前。
「お前たち、それくらいに――」
ストゥルトがようやく重い腰を上げ、うんざりとした口調で割って入ろうとしたその時だった。
「村長っ!!妹さんの容体が!!」
緊迫した声が風を裂くように届いた。
振り返ると駆けてくる村の女性。
息は上がり表情は青ざめていた。
「……っ!?!」
言い終えるが早いか、ストゥルトの姿はすでにそこになかった。
地を蹴り駆け抜け、とある建物の奥へと消えてゆく。
ラックスも一瞬、呆けたような顔を見せた。
が、すぐに私に背を向け、何の躊躇いもなく同じ方向へ駆けていった。
取り残された私は、小さく首を傾ける。
「……容体?」
確かストゥルトの妹は、魔障に侵されて床に伏していたはずだ。
つまりそれが悪化した……という事になるだろうか。
思った以上に深刻な状況なのかもしれない。
もしかしたら臨終の立会いとなるかもしれないが――この場に1人残るのも、少々ばかばかしく思える。
私は刃を納めストゥルトたちが駆け込んだ建物へと、ついていく事にした。
---
「スフェレ!大丈夫かスフェレ!!」
「ぐっ……ぅぅ……」
「魔障なんかに負けるじゃない!もうすぐにその原因を消す事ができるんだ!」
扉をくぐった瞬間、とても大きな声が耳に響いた。ストゥルトが女性の身体にすがっている。
その腕の中に横たわるのが彼の妹なのだろう。
「ひでえなこりゃ……。もう数日と持たない。ここいらで首を刎ねないと化物になっちまうぞ」
そう吐き捨てるように言ったのはラックスだった。
視線を逸らしながらも、無理に冷静を装っているのが見て取れた。
部屋の中は、獣人たちの呻き声で満ちていた。
パッと見、10人弱はいるだろうか。
敷布すらままならぬ床の上、そこかしこに横たわる体温が空気をじっとりと重くしている。
わずかな空間を縫うようにして、私はストゥルトのもとへ歩み寄った。
「……来たのか」
振り返ったストゥルトの顔は、先ほどまでの余裕を欠片も残していなかった。
唇はこわばり、額から滴る汗と頬を伝う涙の区別もつかないまま、彼はただ茫然としていた。
「これが魔障に侵された妹さんですか?」
私は横たわる少女を見下ろす。
スフェレ、と呼ばれたその少女の身体は、左側だけ異様に変色していた。
赤黒く染まった皮膚はひび割れ、硬質な瘡蓋のようになって首元にまで広がっている。
生きているのが不思議なくらいだ。
目は閉じていたが、かすかに口元が動いていた。
呼吸している。
それだけが、彼女の生の証だった。
「そうだ、もう時間がない。……スフェレは時期に化物となって、周りの者達を襲い始めるはずだ」
「それはたぶん、まずいですよね」
そう淡々と答える。
私はストゥルトの言葉に耳を傾けながらも、部屋の他の声に注意を向けていた。
この場は彼の妹以外にも、床に伏している人間もいて、それの看病をしに来ている人たちもいる。
その人達の殆どはストゥルトのように、患者を心配していたが……そうではない者も二、三人ほどいた。
「――ったく、どれだけ引きずる気なのよ」
「寝たきりで食いぶちだけ奪って……早くいなくなればいいのに」
吐き捨てるような声が、小さく、けれど鋭く耳をかすめた。
哀れみでも諦めでもただの愚痴でもない。
そこにあるのは純粋に厄介者には消えて欲しいという、願い……と言ったところだろうか。
私はゆっくりとスフェレの寝顔へと視線を戻し、ひとつ息を吐く。
「では、妹さんの首を刎ねたらどうですか」
それはあまりにも静かで、あまりにも致命的な一言だったかもしれない。
ストゥルトの顔がみるみるうちに引き攣り、赤く膨れ上がっていく。
眉が吊り上がり、歯が剥き出しになった。
「――そんな事を軽々しく出来るわけないだろう!!!?」
その咆哮は部屋の隅で息を潜めていた者たちの魂をも震わせた。
誰もが口を閉ざし、空気が凍りつく。
それでも私は、まばたき一つせず言葉を継いだ。
「合理で考えるなら、早めに妹さんの首を刎ねないと、後々周りに大きな被害をもたらすことになるでしょう。それはきっと、今すぐにヴュステさんを殺したところで変わりません」
「だったらどうしたというんだ!たとえお前のいう事が全て正しかったとしても、俺が今この場で妹を殺すことが出来ると本気で思うのか!!!??」
「ええ。思ってますよ。むしろ、何でできないんです?」
私はひと息に切り返す。
その目で真正面から彼を射抜く。
「貴方はこの村の長でしょう。魔障に冒された者たちを殺す判断を何度も下してきた。自ら手を下したことも、一度や二度ではないはずです」
彼の頬が微かに引きつる。
視線が私の肩の後ろに逃げる。
「それでもこの村は崩れていない。それが貴方の非情な決断の証明じゃありませんか?」
言葉は止まらなかった。
止める理由がなかった。
「きっと殺すのを嫌がる者がいた。泣いて止める家族もいた。懇願する患者もいたでしょう。……それでも貴方は判断を下した」
私は一歩踏み出し、ストゥルトのすぐ目の前に立った。
「……だと言うのに、自分の妹だけは特別だと言うんですか?」
「――特別だ!!!!」
彼の怒声が空気を裂いた。
ストゥルトは周囲にいた獣人たちの視線すら意に介さず、即座に私へ叫び返した。
「それは何故……?」
「家族だからだ!!!そして俺は妹を、たった一人の家族として愛しているからだ!!お前にはいないのか? いや、その口ぶりだといないんだろうな!」
「はい、いません」
「だが、お前は大切な人を――獣人族の少女を探す目的でここを訪れたと言っていた!」
「そうですね。確かにそう言いました」
「お前とその獣人の関係性は知らん。だが旅の中でアテもなくその少女を探していると言うことは、その獣人に大きく固執しているはずだ」
ストゥルトの目が射抜くように私を見た。
野生の獣のそれとは違う、もっと人間的な怒りと悲しみの滲んだ眼差しだった。
「……もしお前が俺と同じ立場だったら、何の迷いもなくその獣人の首を刎ねる事ができるのか!!? 」
言葉が一拍、沈んだ。
「――出来るというのなら、そこに愛も執着も無い!」
「……」
「1人孤独で穴倉に篭っていろ!!!」」
「………………」
ストゥルトの罵声が耳を焼くように残っている。
だが私はその熱を冷水で洗い流すように、ゆっくりと脳の奥で彼の言葉を解きほぐした。
――私の言葉は、果たして間違っていたのだろうか?
冷静に考えれば、この衝突の理由は明白だ。
私が「合理」を重視し、彼が「感情」と「理想」を振りかざしている。ただそれだけの違い。
ストゥルトの論は感情論としては理解できるが、理屈としては穴だらけだ。
要約するなら――「他人は殺してもいいが、俺の妹だけは見逃せ」という、身勝手にも程がある言葉なのだから。
もし私がこの村の長であれば、理屈で彼を論破し、多数決でその意見を叩き潰すのは容易い。
理屈で言えば、間違っているのはストゥルトの方だ。
……それでも。
彼の言葉の中に、一つだけ私を縛る刃がある。
――“もし同じ立場だったら、お前はエメアを殺せるのか?”と。
その問いに、私は即答する事が出来ない。
理屈で考えるなら、十を救うために一を切り捨てるべきだ。
だが――それが、エメアだったら?
喉の奥に、冷たい鉄の塊のような沈黙が詰まる。
答えが分からない……いや、違う。
回答は決まっている。
その答えは私が“彼の身勝手な主張に賛同する”事に他ならない。
……私がエメアを切り捨てると口にした瞬間、私の旅は始まる事すらなく、ここで終わりを迎える。
希望は徒労に変わり、進む理由は瓦解するのだ。
だから、どれほど合理的な答えがあろうとも――私は、彼を否定することはできない。
否定した瞬間、自身の行動原理が崩れてしまう。
私はひとつ息を吸い、まっすぐ彼を見た。
「ストゥルトさん、一つ質問です」
「…………なんだ」
私は一歩、前へ。
沈黙を裂いて、短剣を鞘から抜き放つ。
銀の切っ先が揺れ、寸分の迷いなく、彼の顎先にそっと触れた。
「回答次第では死ぬことになるでしょう、覚悟して答えて下さい」
「――ッ!?」
「なっ?!てめぇ、黙って聞いてれば――」
先程まで沈黙していたラックスが、まるで待ち構えていたかのように声を上げる。
私は微動だにせず目だけを向けた。
「その場から一歩でも動いたら、彼の首を刎ね、ここで眠っている魔障患者全員を皆殺しにします」
確固たる殺意を持って、私は男を一瞥した。
ラックスの足が止まる。
部屋の空気が張り詰め、誰もが息を呑む。
「くッ……」
「それで良いんです。物分かりが良い人は嫌いじゃないですよ」
目線をストゥルトに戻す。
剣の切っ先を受けながらも、彼の表情は崩れない。
呼吸すら整っていた。
「では、今から例え話をします。……もしも貴方と妹さん、2人揃って魔障に侵されたとしましょう」
――――――私は過去に、私自身の身勝手な願いを叶えるため、神に祈った。
そしてそれは無事に成就し、変わりに私は三度目の人生を歩むことになった。
「…………」
「そしてそこに薬を持った旅人が現れました。ですが薬は一つしかありません。その薬を飲んでしまえば、どちらかが確実に死にます」
……彼のその在り方は、過去の私を彷彿とさせる。
だからこの質問には、是非とも私が望む通りの言葉を返して欲しい。
「さて……貴方はその薬を――自分で使いますか?」
そして今一度、私は過去の合わせ鏡となる彼の言葉を飲み込み、再確認する。
これからの旅が徒労ではない事を。
「…………」
ストゥルトの眼差しが揺れる。
理想を貫くような硬さと、現実を直視する苦さが交錯していた。
「――当然だ。スフェレに使わせる」
「それで、貴方自身が死ぬことになっても?」
「ああ。……お前のような、孤独で壊れかけた人間には分からないだろうがな。
自分の命を省みず、ただ誰かを救いたいと思える心――それこそが、“愛”だ」
その言葉が、胸にしみ入るように届いた。
それが真実かどうかも分からない。
だが、そう信じたくなるだけの力があった。
――愛。
それは私にとって、まだ理解しきれないもの。
けれど死の間際、確かにその輪郭を感じ取っていた。
そして今のこの体では、その感触がどこか歪に薄れてしまった気がする。
だからさっき、彼を否定するような言葉が口から出掛かってしまった。
やはり――他人を想う心のなんと素晴らしきことか……!
彼やかつての私のように、自分を捨てて誰かを救おうとする決意。
それはきっと愛と呼ばれるものの、確かなカタチの一つなのだろう。
「ふふ……くふふっ……あはっ、あっははははは!」
私は笑った。
喉の奥から熱が沸き立つ。
短剣を手元に戻しながら、心の底から拍手を送りたかった。
「素晴らしい……なんて、素晴らしいんですか……ストゥルトさん!」
歓喜のあまりに頬が熱を帯びる。
これはきっと感動。あるいは悟りと言えるかもしれない。
「あなたのおかげで、私はまた一つ――忘れていた大切なことを、思い出すことができました!」
私は静かに身を翻し、床に横たわる彼の妹へと歩み寄る。
そして片膝をつき、眠りに落ちたままの少女の左半身に、右手の指先をそっと添えた。
「な、何をしようとしている?!」
「このくだらない論争は私の完敗で終わりました。謝罪の代わりと言っては何ですが、一つ……貴方の妹さんで試してあげます」
この挑戦は初の試みとなる。
……私の能力では触れることで、短剣や山菜を自身の空間へと収納する事ができた。
この力の全容は勿論まだ分かっていない。
今のところはモノ言わぬ物質を、収納出来るという点しか、力のナゾは解けていないのだ。
では――生命体、人間や獣人はどうだろうか?
もしくは人の体を侵食している魔障は……??
これは実験のしがいがあるはずだ。
『ちょっ!?馬鹿! 目を離した隙に何をしようとしてるの!』
「今こそ実験の時ですよ。神様」
『やめてってば! リスクが高すぎる……! それは、最悪――死に――』
神様の制止や周りの声が遠ざかる。
私は静かに……だが明確な意志を込めて、眠る少女の魔障へ意識と指先を沈めた。
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