第10話∶少女説得中
てなわけで、ぐちゃぐちゃな部屋の中、俺はサイバルと対面して向き合っていた。
頭を悩ます俺に対し、彼女はただひたすらじっと顔を見つめてくるのみ。
どうしたものか、と悩んで横目で博士の方を見るも、博士は相変わらずテレビをいじっており、会話に混ざる余裕もなさそうだった。
まぁ、博士にはやらねばならない事があるから、仕方ないとして置いておこう。
兎にも角にも、話をつけて置く必要がある。
間違いなく。
しかし……この感じでは説得だけでは聞いてくれなさそうだな。
(どうしよっかなぁ……)
……と、いったところで昔、俺に剣を教えてくれた人と話したことを思い出す。
『は? 喧嘩した時? ……うーむ。取り敢えず、世間話からすればいいと思うんじゃが……てか、ワシに聞くな。そー言うことはだなぁ……──』
当時のロリババアの声が脳に響く。
ダメだ、あの人の話は一個も役に立った覚えがねぇ。
剣の腕前は確かなのになぁ。
しかし、他に当てがあるかと聞かれると、これと言って思い浮かぶはずもなく。
何かあったかなぁ、と考えつつも俺は口を開くことにした。
「あー……俺がいない間、そっちはどうだった?」
話題と言えば思い当たるのはこれぐらい。
ここから話を広げられるか……と思ったが、俯いたままのサイバルはこう答える。
「……寂しかった」
「…………ん?」
「会えなくて……寂しかった……」
…………いや、もう、ね。
うん。
返す言葉がない俺は、硬直し視線を逸らす。
進むかなぁ、と思った会話は完全にストップ。
一切の進展はなし。
(話が続かないのは非常にまずいし、そもそもこの空気感に俺が耐えきれない……)
なんでもいい、なんでもいいからと、俺はとにかく口を開く。
「さ、サイバル。お前どうやってA.ウェポンを切り抜けたんだ?」
「お互いに、ガスを突破して、捕まえるまでは、協力するって約束で……」
「あー……なるほど?」
まぁ状況が状況だ。
生存を最優先に考えるならば咎めることもできないだろう。
それにあの状況下、奴の兄弟が暴れている状態で、奴自身も混じって一緒に暴れる、なんてのは考え難い。
……R一人だけが暴れてるなら話は別だが。
ともかく、事情は分かった。
わかったが……しかし、話が進展しない。
……そもそも俺が聞きたいのはなんだ?
はっきりしたいこと、させたいこと……そうか、それなら最初からこう聞けばよかったんだ。
「……サイバル、お前は何がしたいんだ?」
「……え?」
「その身一つでこっちまで飛んできたんだ。なんかやりたいこと、やるべきことがあってこっちに来たんだろ?」
「私、は……」
顔を上げることなく俯いたままだったが、サイバルは少ししてから顔を上げた。
「……たい」
「ん?」
「一緒に、いたい……」
一緒にいたい、と。
俺が引退を選んだのは、そもそももうヒーローとしてやっていく必要性がないからだ。
やつ……あいつを監獄にぶち込んで、俺の目標は達成されたから、ヒーローを辞めた。
別に、かつての仲間たちが嫌いだったわけでも、一緒にいたくないわけでもない。
どちらかと言うと、彼奴等との日々は楽しかったほうだ。
まぁ、意味不明な仲間割れだったり、チーム決裂で殴り合いだったり、大変だったことのほうが多い気もしなくはないが。
……それでもだ。
追ってこれないようにしたのも、ヒーローを辞めるという意思の表れでだったしな。
ともかく。
そういうことならば、取れる手は一つだ。
「……わかったよ、一ヶ月。お前にもヒーローとしてやることがあるんだから、取り敢えず一ヶ月の間だけ、休業という形にしとけ」
「……!」
今、人手が足りなくて大変らしいが、多分何とかなるだろう。
いつもなんとかしてきたんだから、今回も大丈夫だ。
……多分。
サイバルは俺の発言に驚きつつも、顔を上げて赤く晴らした目元を拭う。
「う、うんっ、わかったっ」
取り敢えず話は決した。
一人、というのは望めなさそうだが、まぁサイバル一人程度ならば大丈夫だろう。
俺は立ち上がり博士の方を見る。
博士はテレビから作り上げた何かの機械を放置して、テレビをそこら辺にあったガラクタで修理していた。
テレビの中身はスッカスカだ。
「博士、中身スカスカだぞ」
「ふっ、前より高性能にしてやるわい」
「同じでいいだろ、どうせ出ていくんだから」
と言って散らかった部屋を見渡す。
部屋は……言葉にし難いほど酷い状況だ。
最初のサイバルの突撃、あれが主な原因ではあるが、それでも酷い光景である。
俺はそんな部屋に背を向けて、半壊するバルコニーに出ると夜明けを迎え始めた外の景色を見る。
そんな景色とともに、俺はこれからのことについて考えるのだった。
=====
夜明けを迎える海上。
そこでは別々の場所で二つの出来事が起きていた。
一つは海上凍結。
「うふふふっ。ノーネーム様、待っていてくださいまし……今すぐ、ワタクシが参りますわ」
そしてもう一人は無数の船による爆進であった。
「正義は我らにありっ!! 無名のもとへ、いざっ!!!!」
世界に目を向ければ、出来事は一つだけではない。
ハロワナの地下に目を向ければ、白衣が一人、口枷が一人。
「……食欲は治まったかね」
「まだだ。まだ、喰い足りない……ノーネーム、あいつの、あいつの肉がっ……」
「それは結構。常に食欲で満たしておくといいさ」
だが無名たちは知らない。
脅威は、それだけでは終わらないことを。
海上を移動する『無限』。
「進め」「進め」「海を」「越えて」「山を」「越えて」
「屍を越えて」
「「「「「「進み続けろ」」」」」」
星を観測する『不安』。
「あ、あ、あ、ほ、星が、星が傾いている!!! せ、せか、世界がっ!! 私がっ、なんとかっ、しなくちゃ!! 名無しが私を止める前にっ!!!」
偽りの感情で動く『廃棄』。
「あいタい、アいたイよ。わたシたチはなにモ、ワかラないけド、それデも、会いたい」
誰も知らない。
誰にもわからない。
されど確実に。
世界の歯車は周りだしていた。
一人の男を中心として。
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