【闇バイト】リサーチ馴

押見五六三

前編

「うちは闇バイトだから。そのつもりでね」


 のっけから正体をバラした中居なかいじゅんさん(仮名)は、「ブビッー」と大きな音をたてながらティッシュで鼻をかんだ後、机上に有った契約書を俺の前に差し出した。

 最初から怪しいとは思っていた。

 ネット掲示板の募集広告には『ホワイト案件』とか『短期間で高収入』とか、それと分かる如何にもな言葉がずらっと並んでいたから。

 それでも俺には今、お金がどうしても必要だった。


「それじゃあ、ここにサインして」


 指された場所には『決して仕事内容及び、組織の存在を他言しないこと』と書かれている。


「……約束を破ると、どうなるんですか?」

「うちは闇バイトよ。どうなるか想像つくでしょ?」

「仕事内容は?」

「サインしてから話すわ」


 俺は一瞬躊躇ったが、既に闇バイトだと向こうから名乗っている以上、サインせぬまますんなりとは帰してくれないと思い、震える手を抑えながら筆を走らせた。


「これで良いでしょうか?」

「オッケー。それじゃあ早速行きましょう」

「何処へ?」

「現地調査よ」


 そう言って馴さんは立ち上がると、もう一度鼻を勢いよくかんでから、スタスタと事務所の出口の方に向かって歩いた。


「ちょ、ちょっと待ってください。中居さーん!」

じゅんちゃんと呼んで」

「……じゅ、馴さん」


 馴さんは背が高く、凄くスタイルが良い。ブラウンのスーツに首には革紐ループタイ、そこに黒い手袋と黒いブーツという洒落たコーディネートがとてもよく似合っている。顔も驚くほど整っているので、それだけに終始鼻水を垂らしているのがちょっと残念だ。

 しかし、正直こんな端麗された女性が、闇バイト組織の一員だとは俄には信じがたい。だが、本人がそう言ってるのだから間違いないのだろう。


 俺は仕事内容も分からないまま、馴さんの後を追った。

 馴さんは車に乗り込むと、俺に助手席に座るよう促した。そして緊張しながら乗り込んだ俺に、車を走らせながら仕事内容の説明をしだす。


「今からターゲットの住居調査を行う。あなたには聞き込みや見張りをお願いするわ」

「住居調査?」

「その家の間取りや住居人数、何時頃に寝静まるかなどを調査するのよ」


 空き巣の為の下調べか?

 掲示板には組織名『リサーチ馴』と書かれていたが、その実態は侵入強盗を目的とする団体か?


「『寝静まる時間を調べる』と言っても、俺は高校生です。夜の十時以降は働けませんよ」

「大丈夫よ。うちは闇バイトだもん」

「…………」


 一軒目のターゲットの家に着いた。

 かなり大きい、立派な一軒家だ。

 俺の家とは違って……。


「本当に入りづらそうな家ねー。何がセ●厶よ。めんどくさいわねぇ」

「あのー……もしかして、不法侵入が目的ですか?」

「そうよ。あなたも見つからずに入れる侵入経路を探して」


 あっさり認めた。

 やっぱり犯罪組織だ。

 だが、仕事内容まで知ってしまった以上、もう後には引けない。俺は言われるがまま馴さんの調査の手伝いをした。


 一軒、二軒、三軒……午前中だけでも二十軒の家を調べた。

 時間が経つに連れ、俺の罪悪感は増して行く。


「馴さん。ここの家、『猛犬注意』のステッカーを貼ってますが、犬は飼ってません」 

「やっぱり。ブラフだったのねー」

「あのー……」

「何?」

「いったい何軒侵入する予定なんですか?」

「今年は一万軒かなぁ……ボスは、もっと入りたいみたいなんだけど、なかなかねぇ……私達、運ぶ側も限界あるからさぁ……」


 い、一万軒。

 思っていた以上の巨大組織だ。

 裏切れば即、東京湾行きだぞ。


「何震えてんの?」

「いえ、きょ、今日は、さ、寒いですよね」

「はあ? 寒く無いけど」

「けど、さっきから鼻を……」

「ふん。こんなの寒いうちに入らないわよ。日本の冬なんて寧ろ熱いぐらいよ」


 日本の冬?

 まさか国際犯罪組織か?

 確かに馴さんは日本人離れした見た目だ。


「日本もね、昔はもっと入りやすかったんだけどさぁー、最近セキュリティが厳しく成ったわよね。それでも世界基準じゃあ、まだまだ入りやすい方なんだけどね。日本の一番のネックは、相変わらず家が小さい事かな」


 ヤバい。

 これは、そうとう前から存在する国際犯罪組織だ。

 世界中の警察から指名手配されてる可能性がある。


 俺は応募した事を後悔しながらも、そのまま仕事を続けた。

 夕方に成り、やっと解放される時間が来たのだが、去り際に馴さんは俺の方に顔を近づけ「絶対に今日の事は人に喋っちゃ駄目よ」と、恐ろしく低い声で囁いた。その目は少しも笑っていない。鼻水は相変わらず垂れているが……。


「じゃあ、誠也君。明日も頼むね」


 俺は明日も同じ時間に事務所に来るように言われた。

 行かなければ成らないだろう。

 さもないと……。


 足取りが重いまま、俺は近くのスーパーに入る。そして半額シールが貼られたお弁当を二つ買ってから我が家に帰った。


「おかえり!」


 家に入ると、歳の離れた弟の晴也が出迎えてくれた。俺は弁当を温めてから、それを小さな卓上にお茶と共に置いた。


「ごめんな。今日もスーパーのお弁当だ」

「僕、このお弁当好きだよ」


 そう言って晴也はお弁当を貪りだす。

 よっぽど腹が減ってたのだろう。


「美味しいよ、兄ちゃん!」


 俺の家は母子家庭だ。

 しかも母さんは今、入院している。

 入院してから半年以上経つが、一向に病気は良くなる気配がない。

 昨日も役所の人が来て、そろそろ身の振り方を考えた方が良いと言われた。

 俺達には身寄りがない。

 つまり、役所からは施設に入る事を勧められており、それは家族がバラバラに成る事を意味する。

 俺は母さんの為にも、このままの生活を続けると言った。

 けど、流石に貯金は尽きかけていたのだ。

 そこで俺は……。


「兄ちゃんバイトどうだった?」

「あ、うん。いいとこだったよ」

「良かったぁ」


 母さんや晴也の為にも闇バイトを続けるしかない。

 家族が離れ離れで暮らすのは嫌だ。

 きっと母さんは回復する。

 それまで俺が稼がないと……。


「兄ちゃん、あのね……」

「なんだ?」

「ううん。何でもない……」


 晴也の言いたい事は分かっていた。


 先日、晴也の友達が携帯ゲームで遊び合ってるのを見かけた。

 晴也はそれを羨ましそうに眺めていた。

 ごめんな晴也。

 今、うちには携帯ゲームを買う余裕は無いんだ。

 けど、兄ちゃんがバイトでお金を貯めて、いつか必ず買ってやるからな……。


 冬の寒い夜は、そのまま暮れていった。

 俺を深い闇に誘うかのように……。


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