第5話 『本家』の忌み子③

「―どうぞ」


 『本家』の部屋の扉を叩くと、扉の向こうから綺麗な声が帰ってきた。

 今も当主様と話している父上から許可をもらった俺は、一人ユミィの部屋と向かい彼女の部屋の扉を叩いていた。

 そうして、部屋の中から返って来たユミィの声に対して言葉を返しながら俺は扉を開く。


「ユミィ様、失礼いたします」

「あ、あなたはこの間の……」

「その節は大変失礼いたしました。改めて自己紹介させて頂きます。『ユーグ家』の『分家』の長男アシックと申します」


 扉を開くと同時に見えたユミィの驚く顔に向かい、俺は貴族らしい礼儀正しさで頭を下げる。すると、そんな俺を見たユミィが慌てたように声を上げた。


「ぶ、『分家』の方が……『本家』の私に何の用ですか?」

「はい。この度は、ユミィ様へぜひ報告させて頂きたいことがあり伺わせて頂きました」

「わ、私に報告したいこと……ですか?」


 あまり人に慣れていないのか、挙動不審になっているユミィ。

 そんな彼女を怖がらせないよう注意を払いつつ、俺は部屋へと足を踏み入れようとするが―


「そ、それ以上、近付かないで下さい!」

「おっと……」


 それを見たユミィが拒絶するように大きな声で俺を制した。

 ユミィはそんな俺を若干涙目で見ながら距離を置くように後ずさりすると、警戒心丸出しで俺を睨み付けてくる。


「ほ、『本家』の長女だからといって、私を利用しようとしても無駄です! 私など、この『本家』でもっとも立場の弱い人間なのですから! 例え私を人質にとったところで、『本家』を脅すことなど出来ません!」


 ユミィのあまりの剣幕に思わず驚いてしまう。もしかして、俺がユミィを誘拐するとか思われてるのか?

 あまりにも突然の事に驚いていると、そんな俺の様子に気付くことなく、ユミィは強い口調で言葉を投げつけてくる。


「ま、魔力が無いからと言って油断しないことです! これでも私は誇り高き『ユーグ家』の『本家』に生まれた長女なのですから! ぶ、『分家』のあなたに引けを取ることなどあり得ません!」

「ユミィ様、警戒なさらずとも大丈夫です。ご安心下さい、私はあなたの敵ではありません」

「う、嘘です! 『分家』の人間は私達『本家』を乗っ取る為、常に目を光らせていると父上も言っていました! 私は騙されません! そうやって私を籠絡して、『本家』を乗っ取ろうと考えているに決まっています!」


 籠絡って……また難しい言葉を知ってるな。

 さすがは『本家』の長女、教育が行き届いてる……と言いたいけど、『分家』のことについては偏見が酷い。

 まあ、俺に魔法の師匠を付けるだけで猛反発してきたあの当主様だし、仕方ないけど。


「そのようなこと、私を始め『分家』の人間は考えておりません。私達はただ、『ユーグ家』の繫栄と領地に住む人々の安寧を常に祈っています」


「え……? そ、そうなんですか……? あ、い、いえ、そんなわけはありません! ならば、あなたは父上が間違ったことを言っているというのですか!? この領地が繁栄しているのは全て父が居るからこそです! あなた達『分家』は父上に命令されて動いているだけではないですか!」


 残念ながら、君の父上の言っている事は全部間違ってるよ。ついでに言うと、領地のことは全部俺達『分家』に任せるようなダメ当主様だしな。


 しかし、今それを言ったところでユミィの警戒心を強めるだけだ。

 俺はそんな彼女を落ち着かせるべく、冷静な口調で言葉を返す。


「私の言葉に嘘偽りはございません。現に今、あなたの前に参じたのも『ユーグ家』の繫栄を願っての事なのですから」

「な、なら、余計に私などに関わらないで下さい! ち、父上に何を言われたのかは知りませんが……将来、私は『ユーグ家』の名を名乗る事すら許されていないのですから……」


 そう言って、まだ十歳にも満たないユミィは自分の将来を口にして涙ぐんでいた。

 そんな彼女を見ながら俺は父上から教えてもらった『本家』のことを思い出す。


(なるほど……父上の話していた通り、家族からもあまり良い扱いを受けていないみたいだな。将来は他の家に嫁がされ、『ユーグ家』との縁を切られる……と。そうすれば、『本家』に『忌み子』が生まれたって事実が無くなる。酷い話だが……まあ、さすがは性悪な『本家』様という感じか)


 とはいえ、それでは彼女があまりに報われない。

 だったら、実家である『本家』から追放されない理由を彼女に作ってやれば良いだけの話だ。


「ユミィ様」


 未だ俺を警戒するユミィに俺は優しく声を掛ける。

 『分家』とはいえ、俺にとっては親族だ。


 そして、俺と同じように「魔法の才能を持たない」と『本家』から酷い扱いを受け、さらに追放されかけている彼女を見過ごすことは出来ない。


「な、何ですか……?」


 俺が提案するのはそんな彼女を助ける為のものであり、同時にあの忌々しい『本家』の人間達を驚かせることも出来る。


 そうして俺は、彼女にとって無視することのできない魅力的な提案をした。


「今日、私がユミィ様の下へと参じたのは他なりません―俺と一緒に魔法の勉強をして、魔法を使えるようになってみませんか?」


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