出前先は事故現場

渡貫とゐち

出前先は事故現場


 アプリからの通知がスマホを震わせた。

 配達の依頼が入ったのだ。お弁当屋さんのお弁当を受け取り、依頼先の住所へ持っていくのだが……示された住所は工場だった。

 工場の中かな……。

 場所は近いけど、工場の中まで入っていかないといけないなら面倒だし、別の誰かに回してしまうか――――

 と考えていたら、詳細を見て決定を押した。


『工場内ではなく外の道路で待機しています』……らしい。


 入り組んだ住宅地でもなく、バイクを置いて配達するには遠いビルや施設内でないし、そもそも家を訪ねることもないならこれ以上にやりやすい依頼もない。

 前の道路で待機している、とのことなので向かえば自然と辿り着く。迷うことはなさそうだ。


 依頼を受けることにし、まずはお弁当屋さんに商品を取りに行く。

 ほかほか、出来立てのお弁当をカバンに詰め込んで、バイクを走らせ依頼者が待機しているであろう住所――道路へ向かう。


 見えてきた。


 パトカーが停まっていた……。青い制服の警察官が片側通行の案内をしているが、場所的に『ここ』なんだよな……。

 手を上げて停止すると、大破した車の影から男性が顔を出した。


「あ、配達の人?」

「あー、はい。お弁当なんですけど……」

「こっちです。どうもありがとうございます。迷いませんでした?」

「道路のど真ん中ですので、迷わなかったですけど……ええと、事故、大丈夫ですか?」


 車と車の衝突事故らしい。互いに大破した車が縦に並んでおり、警察が集まって事情聴取をしている。依頼者はほかほかの弁当を受け取りながら、


「怪我はなかったんで、安心してください。大破したのは車だけですから。……あー、やっときた。あ、配達員さんが遅かったわけではなくて、単純にこっちのお腹の調子という意味ですよ。警察の手続きも長いですし、きっとこれからも長いんでしょうね。弁当を食う時間どころか映画一本分を見ることができるんじゃないですかね?」


「さすがにそこまで長くはなりませんよ」

「『さすがに』……自覚はあるんですねえ。まあ、長くならないといいですけどねえ」


 割り込んできた警察官が肩を落として。仕事だと思うけど……お疲れ様です。

 警察官もお腹が空いている時間帯だろうに、依頼者は目の前でお弁当を広げていた。

 ほっかほかだ。

 俺までお腹が空いてきたな……。


「お兄さん、はいこれチップ」

「あ、いいんですか? ありがとうございます」

「それでエナジードリンクでも買って頑張りなよ」

「はい。……心配されるほどボロボロに見えますか?」


 これが配達一件目だし、しばらくは休憩するつもりだけど……全然働いてねえじゃん。


「見えるね。お兄さんは身よりも心がボロボロだよ。そう訴えているように見える」

「…………」


 車が大破している人に言われてもなあ。

 自分のことよりもあなたのことを心配してしまうよ。


「まあ、無理なく、頑張りますね……」

「おう。さて、おれは続きだった映画でも見ようかね」


 依頼者はスマホを横にして映画鑑賞を始めていた。

 映画を見ながら、男は警察官の質問に答えていて……。ちらり、と見えた映画は、今のところなんの映画かは分からない。洋画なのは分かったけれど、薄暗い部屋で男性ふたりが話し合いをしているだけなので、サスペンスなのかホラーなのかも分からない。

 アクションかもしれない。それともコメディか?


「なんの映画なんですか?」

「ワイル○・スピード」

「そんなもん見てるから事故を起こすのでは?」


 …了

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