君に幸福を。

空き缶文学

噂のお姉さん

「図書館にいる綺麗な受付の人、裏で男と寝てるって噂、知ってる? なんか、本を借りるときにメモを渡すと、時間と待ち合わせ場所を書くんだ、彼女持ち以外なら誰とでもヤるって」


 騒ぐ、根拠のない噂話を耳にしてしまう。

 くだらない、と内心一蹴してみたが、恋人なし、童貞、そもそも友達と呼べる人がいない。行動を起こしてみるのもありか。

 この霧がかかった気分、感情を晴らせるきっかけになるかもしれない。

 それに――スマホに反射した自分自身を見る、父親からの有難い遺伝でなかなか整ってる、と思う――。


 自信がない、わけじゃないんだけどな……。


 チャイムが鳴った。

 しまった、理科室に行かないと、教科書とペンケースを抱えて廊下に出ると、女子が何人か集まっている。

 軽く跳ねた悲鳴が沸く。

 誰か待ってるのか……――。




 ――噂に半信半疑を抱えながら図書館に歩み寄る。


 道中何度か分刻みで通知音が鳴った。


『どこにいるの』

『なにしてるの』

『まだ帰ってきてないじゃん』


 あぁしまった、連絡入れるのを忘れていた。

 図書館に寄ってから帰る、と返信。

 呼吸を整え、メモ代わりの紙切れをポケットにしのばせて図書館に入る。

 外以上に静かな空間が広がった。

 受付に、綺麗な女の人が座っている。

 下目に結んだポニーテールに、静けさが似合う表情。

 スラっとしていて、尖った輪郭、唇がぷっくり弾けそう……。

 ああもう、見惚れてないで本、借りろ、俺。

 受付に近い本棚から、簡単に読めそうな本を探す。

 純喫茶のメニュー写真がたくさんの本を見つけた。

 パフェとかプリン、カレーが載ってる、父さんみたくまだ調理は上手にできないけど、デザート系ならいけるかな。

 この本を借りよう。

 受付に持っていく、ノートの紙切れも添えて、


「お願いします」


 本を渡す。


「はい」


 受け取った本、紙切れの感触にピクリ、と動きが一瞬止まる。

 俺を静かに見つめる綺麗な目と良い匂いに緊張してしまう。


「学生さんですよね」

「は、はい」

「…………少々お待ちください」


 サラサラとペンが動く。

 本と一緒に紙切れが戻ってきた。


「貸出期限は二週間、延長もできます」

「わ、わかりました」


 体中を駆け巡る血液と、心臓の鼓動を感じてしまう。

 図書館を出て、やや早足になった。

 歩道の途中でポケットから紙切れを取り出す。


『何か事情があるなら話を聞きます、今日の夜七時過ぎ、公民館前で待っています』


 整ったどこか可愛らしい筆跡。

 噂は今のところ半分合ってる。

 『話を聞く』か、本気にされてないかも。

 紙切れを大事に折ってポケットにしまい込んだ――。

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