第7話 再開の偶然

 日曜日の午後、城山家のリビングには、普段とは違ったにぎやかさが漂っていた。大輔は自分の部屋で読書をしていたが、妹の葵が友達を家に連れてきたようで、少し気になった。




「お兄、リビングに来て!」




 葵の呼ぶ声が廊下に響いた。大輔はしばらく迷ったが、結局リビングに向かうことにした。扉を開けると、葵が友達と楽しそうに話しているのが見えた。




「こちら、私のクラスメイトの夏川梨香ちゃん!」




 隣に座っていたのは、明るく元気な雰囲気の女の子だった。梨香は大輔を見た瞬間、目を見開いて驚き、口元を手で覆った。




「嘘…!」




 梨香は声が震え、涙が滲んでいた。彼女は何かを言おうとするが、言葉にならず、しばらく息をつまらせていた。やっとのことで、絞り出すように言葉を紡ぐ。




「…昨日、本当に…本当にありがとうございました!」




 梨香の目には涙があふれ、大輔に深々と頭を下げた。




 大輔は驚いて一瞬固まったが、昨日の出来事が頭をよぎった。駅前で、弟を救った時に泣きながら感謝してくれた姉――それが今、目の前にいる梨香だったのだ。




「えっ、あの時の…?」




 驚きを隠せない大輔だったが、梨香も驚いていた。




「まさか、弟を助けてくれたお兄さんが、葵ちゃんのお兄さんだったなんて!」


「そんなことあったの!?おにい、なんで言わなかったの?」




 葵が驚いて二人を見比べた。大輔は照れくさそうに肩をすくめる。




「いや、そんな大したことじゃないし…」


「そんなことありません!うちの家族で話してたんですけど、本当に感謝してて、改めてお礼をしたいって話してたんです!」




 梨香は少し身を乗り出し、目を輝かせながら話した。大輔は謙遜しようとするが、葵がすかさず突っ込んだ。




「お兄、さすがにお礼は受け取らないとダメでしょ?だって、まさか人命救助だなんて!」


「いやいや、そんな大げさな…」大輔は顔を赤らめて反論したが、梨香は笑顔のまま「大輔先輩」呼びを始めた。


「やっぱり“大輔先輩”がぴったりです!昨日、すごく頼もしかったんですよ!」




 大輔は困惑したが、梨香は軽やかに続けた。




「だって、私より年上ですし、昨日はまさにヒーローみたいでしたよ!」


 葵もその流れに乗っかり、「人助けするなんて、なんかラノベの主人公みたいじゃん!」とからかい始めた。


「ラノベの主人公って…そんな大げさな話じゃないってば…」




 大輔はますます顔を赤らめていたが、葵と梨香は楽しそうに話し続けた。




「ねえ、梨香、うちのおにいって普段はあんな感じだけど、昨日はどうだったの?」


「かっこよかったよ!すごい速さで弟を助けてくれて、まるでヒーローみたいだった!」


「ヒーローかぁ…ねえ、おにい、ヒーロー気分はどう?」


「もう、やめてくれって…恥ずかしいんだから…」




 大輔は困った表情で反論したが、梨香はふと真剣な顔をして言った。




「あ!そうだ、お礼の話なんですけど、本当に家族でお礼をしたくて。家の両親にも会ってもらえませんか?」


「親まで?そこまで大げさにしなくても…」


「うちの両親、本当に感謝してるんです。今度の日曜日か、次の週末にでも、一緒にお伺いさせてください!」


「いや、そんなに気を使わなくて…」と戸惑う大輔に、梨香はさらに真剣な表情で続けた。


「家の両親も気にしてて、きちんとお礼させてください」


 そのまっすぐな言葉に、大輔は断りきれずに頷いた。


「わかったよ…じゃあ、こちらに来てもらうのも気が引けるからさ。日曜日にでも葵とそちらのお家へいかせていただくで良い?」


「はい。じゃあ詳しくは葵に伝えておきますね。大輔先輩!!」


 葵がその様子を見てクスクスと笑った。「おにい、ヒーローって大変だね。これからも助けなきゃいけないよ?」


「いや、もうその話はいいってば…」


 大輔がため息をつくと、梨香が得意げに「また何かあったら、頼りにしてますね!」と微笑んだ。


「そんなに何度も頼られたら、俺がもたないよ…」大輔は苦笑いしながら答えた。


「じゃあ、夏川さん、そろそろ帰り…」


「ちょっと待って!」梨香が急に真剣な顔をして大輔を制した。「“夏川さん”じゃなくて、“梨香”って呼んでください!もう“夏川さん”はやめましょう!」


「えっ、いや、さすがに…」大輔は突然のリクエストに戸惑いながら、なんとか笑顔を作った。「夏川さん、それは…」


「だ・か・ら、梨香!」梨香は腕を組んでじっと大輔を見つめ、まるで子供のように強く主張した。


 大輔は困った顔をしながら、助けを求めて葵の方を見たが、葵はニヤニヤしながら状況を楽しんでいた。


「おにい、そろそろ“梨香ちゃん”でいいんじゃない?だってここまで言われてるんだし」


「いや、でも…」大輔は恥ずかしそうに顔を赤らめ、再び「夏川さん…」と呼びかけようとしたが、梨香は頑として無視する態度をとった。


「…もうわかったよ、じゃあ“梨香さん”でいい?」と、とうとう大輔は妥協することにした。


「うん、そうしてください!」梨香は満足げに頷き、笑顔を浮かべた。大輔は小さくため息をつきながらも、少しホッとしたような表情を浮かべた。


「ほんと、俺がもたないよ…」大輔は軽く笑いながら、再び梨香を見た。




 3人は笑いながら、楽しい会話がリビングに広がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る