第5話 妹との夕食

 夕方、大輔はリビングのソファに座り、本を手にしていたが、ほとんどページをめくることなく時間だけが過ぎていた。頭の中では、今日の八坂稲荷神社での出来事が何度もリピートされている。




「おにい! ごはんできたよ!」




 台所から明るい声が響いた。妹の名前は葵。高校1年生で、長い髪を背中まで伸ばした姿が特徴的な、どこか大輔とは対照的に社交的で明るい性格だ。夕食の準備も彼女がしてくれている。




「おにい、早く来て!」


「はいはい、今行くよ」




 大輔はソファから立ち上がり、食卓に向かった。普段、お父さんは仕事で家にいることが少なく、夕食は二人だけで過ごすのが当たり前だった。お母さんがいないこの家では、葵が家庭のことをよく支えてくれている。




「今日は葵が全部作ったんだ。どう? 美味しそうでしょ?」


「うん、美味しそうだね。いつもありがとう、葵」


「でしょ? おにいがぼーっとしてる間に私が全部やってるんだから、もっと感謝してよね」


「だよな。片付けは僕がやるからさ。」




 葵と大輔は、食卓についた。大輔も箸を手に取り、二人で「いただきます」と声を合わせて食べ始めた。




 しばらくの間、無言で食事が進んだが、やがて葵がぽつりと話し始めた。




「ねえ、おにい。私、学校で仲の良い友達ができたんだ」


「そうなんだ。葵、さすがだな」


「おにいは? 誰かと仲良くなった?」


「えっ? いや、まあ…」




 大輔は慌てて箸を置き、少し考えてから答えた。実際、クラスにはまだ親しい友人はいないし、特に話す相手もいない。それを言うのは少し恥ずかしい気がした。




「あっ。そうだ。葵の意見を聞きたいんだけど良い?」


「えっ。なになに?」


「今日さ、同じクラスの女の子が3年の先輩から告白されるところをたまたま見ちゃたんだよ。」


「まじ?どうやったらそんな場面に遭遇するのさ。おにいってボッチ拗らせてない?」


「まあまあ。ボッチは置いておいてさ。そんで、その女の子は告白を断ったんだけどすごいストレスだったって。やっぱりそうなのかなってモヤモヤするんだよね。」


「そんなの当たり前じゃない。告白する方もそうだけどさ、されて付き合えば最高に幸せなんだろうけど、そうじゃないならすっごいストレスだろうね。悪女なら別かもしれないけど。」


「そんなもんかな」


「そうだよ。恨んできたりさ、暴言浴びせてくる人だっているんだよ」


「えっ。葵そんなこと言われたことあるの?」


「それはない。友達が言われたことがある。本当に最低だよ」


「そっか。確かにそれだとすごいストレスだな。」


「そうそう。ところで、おにいは、どこでボッチ飯してるのかな??」


「なんだよ葵。べ・別にどこだって良いだろ」


「ふふふ。まあ、気長にやんなよ。」


「まあな。変わる努力はするぜ。」




 大輔はため息をつきながら、妹の明るさに少しだけ羨ましさを感じていた。葵は自然と周りに友達ができるタイプで、彼とは正反対だった。




「おにいは焦らなくてもいいよ。無理して合わせる必要なんてないし、自分のペースでいけばいいんじゃない?」




 葵の言葉は、いつもながらに優しくて温かかった。彼女はいつも大輔を気にかけてくれる。




「…ありがとう、葵」




「うん。そういえば、今度私、仲良くなった友達を家に連れてきてもいいかな?」




 葵が突然話題を変えた。大輔は一瞬驚いたが、彼女の言葉にすぐ反応した。




「友達? まあ、いいけど…どんな子なの?」




「ふふ、来てからのお楽しみ。でもすごく可愛いんだから。おにいもびっくりするよ」




「いや、俺はそういうのに興味ないし」




 大輔がそう言うと、葵はニヤリと笑ってから茶化すように言った。




「うそつけー。おにい、絶対可愛い子に弱いでしょ!」




「そんなことない!」




 大輔が少し顔を赤らめながら反論すると、葵は楽しそうに笑いながら大輔を見つめた。




「まあ、冗談だよ。でも本当に、良い子だからきっとおにいも仲良くなれるよ」




「わかったよ、そん時には、すっごい陽キャになってるかもしれないぞ」


「ぷっ。ないない。そんなに簡単に性格変わるわけないじゃん。お兄いのペースで頑張れ〜」




 その後も夕食は和やかに進み、食事が終わると葵が片付けをし始めた。大輔は再びソファに戻り、本を開いたが、妹の言葉が頭に残っていて、全く集中できなかった。

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