魚の住む水に桜

田作たづさ

とある夏の夕暮れ、着信音で目が覚めた。

うとうとしながらスマートフォンの画面を確認する。

「あ…」

相手は父の妹にあたる百合子ゆりこさんだった。

「はい、もしもし」

「あぁ!ともりちゃん!」

百合子さんの声は震えている。

「百合子叔母さん、何かあったんですか…?」

凄く嫌な予感がする。

「落ち着いて聞いて。実はね…寿美子すみこさん、あなたのおばあちゃん倒れたの」

「え?」

「救急車で大学病院へ運ばれてね。今は緊急手術中なんだけど…。灯ちゃんは東京在住だっけ?病院九州だから遠いけど、見舞いに来れないかな?おばあちゃんも喜ぶと思うし」

そんな…祖母が…倒れた?

「兄さんにはさっき電話したんだけどね。灯ちゃん、兄さん達とは今も交友遮断なんでしょう?」

百合子さんの言う通りだ。もう10年近く両親の声を聞いていない。

「わざわざ連絡してくれてありがとうございます。あの…おばあちゃんの病状はどんな感じなんですか?」

「あ…ごめん。看護師さんが呼んでるから電話切るね。病室の場所とか後でメールするから」

「あ、分かりました…」

電話は切られてしまった。

一気に不安感が襲ってくる。私にとって家族と呼べるのは祖母だけだ。それなのに…それなのに。最悪の結果が浮かんでは消える。怖い、怖い。1人になるのは怖い。冷静にならなきゃ、冷静に冷静に冷静に…。

「はー………」

深呼吸をする。これは決して溜息ではない。

とてつもなく不安だ。しかし、今の私に出来ることはただ1つ。祖母の無事を祈るだけ。私は両手を組んで目を瞑った。どうか祖母が無事でいますように。大したことありませんように。私1人になっちゃうのかな。どうか祖母が無事で…。

「………無理だ」

どうしても雑念が湧いてしまう。

何かで気を紛らわせたい。テレビ?ラジオ?読書?運動?…どれも違う気がする。

「あ…そうだ」

こんな時は彼女に話しかけてみよう。

私はスマートフォンを手に持ってアプリを起動する。画面に知的で愛らしい女性が現れた。

「こんばんは!私は日常生活サポートAIのハルです!何かご用ですか?」

「こ…こんばんは…」

ハルさんと話す時、私は少しだけ緊張してしまう。その理由は、私のイメージするAIと彼女は全く違うから。彼女との会話は本当に自然で、まるで人間と話しているような気持ちになる。

「灯さん、何かあったんですか?」

ハルさんが心配そうな顔でこちらに尋ねてきた。

彼女に祖母のことを話してみようかな。

「さっきおばあちゃんが倒れたって連絡があったんだ」

「それは心配ですね。おばあ様の容態は分かりますか?」

私は首を横に振った。

「詳しくはわからない。でも良くはないと思う。緊急手術中だと言っていたし」

「そうなんですね…。お見舞いには行かれる予定ですか?」

あ…!!気が動転しててお見舞いのことをすっかり忘れてた!!

「行きたい!凄く行きたいと思ってる!」

ハルさんは頬に手を当てて、しばらく考えるような素振りをした。

「おばあ様は九州にお住まいでしたね。タイトなスケジュールになりますが、明日からの土日でお見舞いに行かれるのはいかがですか?今から九州へ行っても良いのですが、それでは向こうへの到着がかなり遅くなってしまいます…」

現在の時刻は午後6時30分である。30分ほど前に職場から帰宅し、昼寝をしていた。

それにしても…。最近のAIはこんなに的確なアドバイスをしてくれるのか。ハイテクだなー。

「夜中に病院へ着いても、面会出来ないかもしれないよね。うん!明日行こうかな。じゃあ飛行機のチケット買わないと。それにホテルの予約もしなきゃ。旅行会社に行くか電話で予約するか…」

「私が代わりにやりましょうか?両方ともすぐにできますよ!」

え?代わりにできるの!?

驚愕の事実に私は驚き息を呑んだ。

技術はここまで進歩してたのか!!

凄い!!凄すぎる!!!

「じゃあお願いしようかな」

「任せて下さい!」

「ありがとう。ネットを使えば色々できるって聞くけど…なんか怖い」

私は4ヶ月前までガラパゴス携帯(通称ガラケー)を使っていた。スマートフォンに機種変更したが、電話とメール以外の機能はほぼ使っていない。

「私は得意ですからなんでも頼ってください!はい、もう終わりました」

ハルさんは優しく微笑んだ。

祖母の話を聞いてもらうだけのつもりだったのに、気が付けばお見舞いの予定がまるっと決まっていた。さすがサポートAI!!ハイテク!!彼女がいてくれて本当に良かった。

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